第二十五話
夕飯のマグロを四人で無表情になりながら食べて、咀嚼しながら考える。
まぁ……ダンジョンマスターの件はいずれにせよバレていた話で、顔が知れているアメさんが多少話題に登るのも分かっていた。
問題がないというのも、探索者以外からの嫌悪は二年前のことで強いが、ダンジョンの実態を多少は知っている探索者からすれば「あの災害は一部のダンジョンのこと」ぐらいに思っているからだろう。
アメさんが有名なのはあくまでも探索者やダンジョンに興味を持つ者の間だけ……つまり、そもそもアメさんのこともダンジョンのことも大して嫌っていない、あるいはどちらのことも好意的に見ている者にしか知れ渡っていないのだろう。
世間一般からすると「人間を裏切った敵対者」かもしれないが、探索者からするとまた別の印象を抱くのだろう。
視聴者の属性の偏りのおかげか……。
「どうかしましたか? ヨルさん」
「……いや、なんでもない」
あとは、アメさんめちゃくちゃ可愛いので、可愛い女の子を叩くのは気が引ける的な心理も働いていそうだ。
俺ならこの子の悪口をネットに書き込めないし。
となると、問題はやはりまたパーティメンバーの男か……。
そもそもなんでこのタイミングなんだ? アメさんが楽しそうにしていたから? 有名になったのを知って売名に使った?
……いや、アメさんの性格を知ってるなら、売名をするならむしろすり寄る方がいいことは分かるだろうから売名ではないか。
昔、自分を袖にした女の子が憎い……というのは間違いなくありそうだが、それだけとも思えない。
考えられるとしたら……。極夜の草原を潰そうとしたダンジョンマスターが唆した……とかか。
俺の戦闘を間近で見て、脅威になると判断されて搦手で潰そうとしている可能性も高そうだ。
食事を終えたところで、アメさんの母に「今日は何もしてないので食器洗いぐらいさせてくれませんか?」と頼むが断られてしまう。
今日は一日道場のことも出来ていないからなんとなく気まずいな。……アメさんとツナがお風呂に入っている間にでも掃除しに行くか。
そう考えて、小雨の中、ほんの少しだけ外を歩いて道場に入る。
よく見ると道場の床の板は、一枚一枚木に統一性がなく、どこかチグハグな印象を受ける。
たぶん、自分達で修理したのだろうと思われる床を丁寧に拭いていく。
……なんというか、アメさんの親父さんは、アメさんの父親だなぁという感じだ。
責任感が強く、好戦的で、面倒見がよく、人から呆れられて、変に好かれていて。
親子というのは、やはり似るものなのだろうか。
……父親のことを思い出した。
「……ヨルさーん? あ、いました」
「あれ、アメか。風呂早いな」
「結構長湯しちゃったと思うんですけど……」
アメさんは小雨の数メートルだけなのに、自分用の傘だけではなく、俺のためにも一本傘を持ってきていた。
律儀だな、と、少し笑ってから床の掃除をしていた手を止める。
「あー、考え事していて、掃除しながらぼーっとしてた。やっぱり、ここはいい道場だな」
「えへへ、ありがとうございます。何を考えていたんですか?」
アメさんが話しながら手伝おうとするが、せっかく風呂は入ったのに汚れてはもったいないと掃除する手を止めて道具を片付けていく。
「あー、父親のことを思い出して。まぁ、ダンジョンの不思議パワーであっちは俺のこと忘れてるだろうけど」
「……どんな人だったんですか?」
「んー、まぁ、いい人だし、いい親だったよ」
俺がそう言うと、アメさんの目が気まずそうに揺れる。
俺はアメさんの持ってきてくれた傘を差して外に出ながら笑う。
「どうしたんだよ。普通にいい親だったんだぞ?」
何も気まずくなることはないだろう。という俺の言葉に、アメさんは控えめに言う。
「……ヨルさんは他の人に紹介するとき、ツナちゃんのことも、僕のことも、そんなに褒めないです」
俺の差した傘に、道場の屋根を伝った大きな雨粒が落ちる。
トトト、と、傘が音を鳴らす。
雨足は弱いけれど、日中の雨水ははけきれずに残っていて、足下の土がぬかるんでいて、足に嫌な感触を覚えた。
「……ヨルさんは、身内と思った人を外の人に話すときはそんな素直に褒めないです」
雨の音に声は掻き消されなかった。
俺の隣で少しボロボロになった子供っぽい傘を差したアメさんは、ペコリと頭を下げる。
「……嫌なことを聞きましたか?」
「……アメさん、俺のこと好きなんだろ。そりゃ、知りたいとぐらい思うのは普通だと思う。俺も、アメさんのことは知りたいしな」
「……聞いてもいいんですか?」
「まぁ、普通にいい親だったしな。特に隠すようなことでもないし」
同じ敷地内の道場と家屋、10メートルもないような帰り道、夜の小雨の中で電柱に照らされて白い雨の線が降ってくるのを見つめる。
「あー、人の説明って難しいな。……まぁ普通のサラリーマン……いや、割と裕福な家だったから普通よりかは高給取りのサラリーマンだったな。卒業式とかの行事にも顔を出してたし、子供の頃は車で連れ出したりしてくれてたし……たぶん、世間一般的な理想の父親だったのだと思う」
「……苦手だったんですか?」
「義務でやってるな、とは思ってた。たぶん、母親との結婚とかも「マトモな大人なら結婚する時期だ」ぐらいの感覚でしてたんじゃないかな」
「……愛されてなかったんですか?」
「分からない。たぶん、好きでも嫌いでも同じように接するだろうからなぁ。真面目なんだよ。「子供にはこうして接するものだ」というルールに従ってる感じで」
「……アウトローなヨルさんとは合わなかった感じですか?」
「アメさんよりかは遵法精神があるから……。まぁ、それだけだな。……あんまり本音で話したこともないから、少しアメさんの家族が羨ましくて」
「……もうヨルさんの家族でもあるんだから羨ましがる必要はないのでは?」
「もう俺の家族でもあるんだ……」
いつのまに俺は夕長に吸収されたのだ。
この場合、ツナの苗字はどうなるんだ……? 夕長になるのか……?
「ダンジョン側になる前に、一回酒でも奢ればよかったなって、ちょっとだけ後悔してる」
「……はい」
ただそれだけのつまらない話、アメさんはただ静かに頷いてくれて、それがありがたかった。
それから俺も風呂に入り、昼にシャワーを浴びたので、軽く汚れを流すだけで終えて部屋に戻る。
既にツナが眠そうに船を漕ぎながら俺を待っていたので、布団を敷いていつものように三人で川の字になって目を閉じる。
わりと寝付きのいいツナはすぐにすーすーと寝息を立て始め、アメさんもそろそろ眠りにつく頃かと考えていたが、なんだかもぞもぞと動いてなかなか眠る気配がない。
車の中でちょっと眠っていたからだろうかと考えていると、アメさんの吐息が俺の首元に触れ、そのままスーと匂いを嗅いでいく。
……さっきまでいい感じだったのに、アメさん、欲望に対して忠実すぎる。
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