二十二話

「猫又のジロ。こう見えてもお前らよりも歳上やねんから敬えよ?」

「ダンジョン発生から二年しか経ってないだろ」

「人間、一年で百を学ぶ人もいれば百年で一を学ぶ人もいるやろ。俺はこの二年で「世界」ってやつを知ったんだ」

「人間ではないだろ。あと、ダンジョンの外に出れないだろ」

「……兄ちゃん。正論じゃ人は救えない」

「雑なマウントとってくる猫が言っていい言葉ではないだろ。……にしても、言葉が流暢だな。頭も良さそうだ」


 つまらないことを言ってはいるが、コミュニケーションを取れる能力があるモンスターは使い道が多そうだ。


 俺の評価に照れたような様子を見せる猫又は着いてこいとばかりに尻尾を揺らして歩き始める。


「うちのボスのところまで案内してやる」

「ああ、助かる」

「……ボスは少し臆病なところがあるから、あまり脅かさないでやってくれよ」


 猫にそう言われて、軽く頷きながら着いていく。


「……そう言えばヨルさん。ダンジョンの壁って斬って進んじゃダメなんですか?」

「ダメってわけじゃないけどダンジョンのめちゃくちゃ硬いから無理だろ。俺でも力づくは相当時間かかるぞ」

「あのおっきいゴーレムを斬ったときみたいな協力技ならいけませんか?」

「……あー、まぁ、ある程度までなら貫けるか。けど、アレの直後ってふたりとも一時戦闘不能になるからリスクがな」


 まあでも、ダンジョンの性質によっては壁をぶち抜くのもありだな。


 そんな話をしていると猫が「やめろよ?」みたいな表情を浮かべて何度もこちらを見てくる。


「そういや、ヒルコは簡単に攻略したんだよな。どうやったんだ?」

「普通に、歩いていたらその反響で地形がなんとなく分かるので、それで階段を見つけたら降りるという感じですけど」

「……参考にならないな」


 まぁヒルコは「元ダンジョンマスターの副官」なわけで、客観的な評価としては俺と同格なわけだし、それぐらいは出来てもおかしくないか。


 ……今から会うダンジョンマスターも、ツナと同格か。そう考えると油断は出来ないな。数階降りるとビル街に出て、そのビルの一つに入り階段を登る。


 人の気配のないビルの一室。

 猫又がその前で止まり、一応の弾除けのために俺が扉を開けて中に入る。


「失礼。【練武の闘技場】のものだ」


 中に入ると簡素な長机とパイプ椅子の並んだ会議室のような場所。

 電気は通っていないのか薄暗く、その中でひとりの女性が座っていた。


 ……少し運動不足の目立つ太り方。化粧をしていて判別しにくいが、30代半ばだろうか、少なくとも俺よりも歳上に見える。


 今まで会ったことのあるダンジョンマスターだと最年長だな。


「【影の寄り道】の代表、山川アケビです。本日は申し訳ございません。こちらからお伺いした方がよかったと思ったのですが……その、ダンジョンを空けるのは不安で」

「ああ、いや、新しく仲間になったやつが以前に迷惑をかけたことを謝りに来たので、こっちが出向かないと……。すみません、手土産もなしに」


 思っていたよりもまともそうな人だ。

 今のところダンジョンマスターって癖の強いやつしかいなかったのでなんとなく新鮮だなぁと思いながら席に着く。


「あ、その……お茶も用意しようかと思っていたんですけど、出さない方がいいですよね? あ、歓迎してないとかそういうのではなく、他のダンジョンマスターへの警戒というか、そういう」

「ああ、お気遣いなく。勘違いなどはしないので。えっと、結城ヨルです。こちらから、ダンジョンマスターの結城キズナ、夕長アマネ、高橋ヒルコです。すみません、うちの高橋がご迷惑をおかけいたして」


 俺に合わせてヒルコとツナが頭を下げて、アメさんが遅れて慌てながら頭を下げる。


「あ、いえいえいえ、全然、全然大丈夫です。本当に、その、むしろありがとうございます?」

「……?」

「あ、ありがとうはおかしいですよね。すみません、すみません」

「あー、いえ、怒っていないのは伝わりました」

「よ、よかった……。あ、すみません、どうぞどうぞ座ってください」


 とりあえず怒ってはなさそうだし、本当に事情を疑ってもいなさそうだ。

 まぁ揉めることはないと思っていたが、一安心だ。


 俺がそう考えていると、ツナはおほんと喉の調子を確かめてから口を開く。


「では、今一度、経緯の方を説明させていただきます。私達のダンジョンの仲間である高橋ヒルコが山川さんのダンジョンの深部にまで侵入し、山川さんの心の健康に害を加えました。誠に申し訳ございません」

「い、いや、大丈夫、全然、気にしてないから、謝らないで? ね?」


 小さい子に頭を下げさせていることが耐えられないように山川は首をブンブンと横に振る。


 ツナは少し申し訳なさそうな表情をしながら顔を上げる。


「すみません、続けさせていただきます。ここからは言い訳のようなものになるのですが……。高橋ヒルコは他のダンジョンの副官をしており、そのためそのダンジョン以外に身寄りがない立場にありました。……そのダンジョンが悪漢に襲われ、家族のような関係だったダンジョンマスターの手で逃がされたものの、ダンジョンは奪われ家族を亡くし、頼るあてもない状況になってしまっておりました」

「そ、そんな……」


 ……改めて聞くと酷い状況だ。

 俺も思わず眉を顰めながら話を聞く。


「ダンジョンの副官になったため外に頼ることは出来なかったため、助けを求めて色々なダンジョンに声をかけにいった……というのが、今回の騒動です。その後、私のヨルが保護して今はこちらのダンジョンで療養しているところです」

「ひ、ヒルコちゃん……苦労したんだね……。ごめんね、あのとき、話を聞いてあげられなくて……ぐす」

「……いえ、ご迷惑をおかけしました」

「怖かったよね、悲しかったよね。おばちゃんでよければ力になるよ……?」

「今は仲間がいるので」


 山川は本当にヒルコを心配するような様子で涙ぐんだ目を向ける。


 普通にいい人でなんだか拍子抜けだな。


「それで……その、元のお話である「より強力なダンジョン同士の連帯」の動機はなくなってしまったのですが」


 保護を求めてきたと言ったら角が立つからか、ツナは連帯という言葉を選んで話を続ける。


「今回の脅威自体は勘違いによるものでしたが、けれどもお互いに協力出来る部分は多いように思います」

「えっ、いいの? その、てっきり断られるものかと」

「どういう風に協力するかは後日に色々と擦り合わせていく形になりますが、協力自体はお互いのためになると思います。特にダンジョン国家というものも生まれ、おそらくダンジョン同士の協力が活発になっていく流れのようなので、お互いに身を守るためにも協力していきましょう」

「そうだね。キヅナちゃんは小さいのにいっぱい考えていて偉いなぁ」

「ど、どうも、です。あれ、こちらのダンジョンの副官はご不在ですか?」

「あ、うん。色んなダンジョンを見てまわって参考に出来そうなところを調べてもらってるよ」


 なんというか、全体的にマトモというか真っ当な感じがするな。

 これといった特徴も感じられないが、やるべきことはちゃんとしているという感じだ。

 堅実と言い換えてもいいかもしれない。


「あ、そうだ。その副官から聞いておいてって頼まれたことがあって」

「聞いておいて、ですか?」

「うん。たぶん、私が雑談するのが苦手だから、話題作りのために頼んでくれた感じだと思うからそんなに真面目な話でもないんだけど」


 山川はゆっくりとたどたどしい口調でその話をする。


「……トロッコ問題って知ってる? 止まらないトロッコがあって、このままトロッコが走ると五人引かれちゃうけど、レバーで線路を切り替えたら一人だけで済む。そのとき、レバーを切り替える? 切り替えない?」


 どう考えても雑談で振る話題ではないだろ。

 ……何か見定めようとする気配を感じるな、と思いながら、ツナ達が口を開く前に俺が答える。


「切り替える」

「おお、即答」

「……ひとりのときなら話は別だが、仲間が隣にいるなら「切り替えない」の選択や「沈黙」は、他の人にそのレバーを握らせることになる」


 似たようなこと、この前あったな。


 ヒルコの仇を俺が代わりに討った。……それが正しい選択とは思えないが、けれども、そうしなければヒルコが手を汚していただろう。


「なら、そのレバーを握るべきなのは俺だ。だから即答もする。他の誰かが「誰を殺すか」を決めるよりも前に俺がそのレバーを握る」


 俺の答えを聞いた山川は少し考えてから頷く。


「あの子と気が合いそうです。また今度、紹介しますね」

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