第二十一話

「ヒルコー、いるかー?」


 と言いながら部屋の中を見回していると、奥の方の扉からヒルコがひょこりと顔を出す。


「あれ、早いですね。何かあったんですか?」


 数日離れただけで少し他人行儀に戻っているな……。


「あっちの方、大雨ですごいことなってるから道場も休みだ。ヒルコの様子を見に来たのと、あとついでにヒルコが侵入してビックリしてるダンジョンマスターに謝りにいこうと」

「……ごめんなさい」

「いや、気にするようなことじゃない。けど、暇なら一緒にくるか?」


 ヒルコは「行ったほうがいいのかな?」という表情をするが即答はしない。


「あー、いや、怯えてるなら直接会うのはやめといた方がいいか。ちょっとしたら出るけど、ほしいものとかあるか?」

「……甘やかされてる」

「まぁ、俺からしたらヒルコもまだまだ子供って年齢だしなぁ。甘やかしたくもなる」


 ヒルコは小さく「子供……」と呟いて、自分の手を見る。


「まだ高校生ぐらいの年齢じゃないのか?」

「17歳ですけど。もう大人と変わらないかと」

「いや、17歳は子供だろ。留守番ぐらいなら任せるけどさ」


 ヒルコの視線は俺にへばりついているツナの方に向かう。


「子供……」

「……あのな、ヒルコ。人間は理性だけの生き物ではないんだ。ヒルコからしてみれば、自分よりも大きく歳下のツナとそういう関係になっておきながらヒルコを子供扱いするのはどうなってるんだ頭おかしいのかコイツぐらいに思えるかもしれない」

「そこまでは思ってませんけど。アメちゃんも小学生とかですし、度を超えたロリコンさんなのかとは」

「アメさんは16歳だし……ギリセーフな雰囲気がある」


 俺が言い訳のように目を逸らしながらそう言うと、アメさんは「あっ」と声を上げる。


「もう17歳なので、ヒルコさんと同い年ですね。学年は一緒か分からないですけど」

「……えっ、同学年……? えっ、本当?」


 いつ誕生日がきたのだろうか。お祝いしてないぞ……。


「背が低いから子供っぽく見られがちですけど、来年には成人ですよ」

「同い年……全然見えない……」

「俺のロリコン疑惑は晴れたってことでいいか?」

「それは据え置きだけど……」

「なんで……?」

「むしろなんで晴れると思ったんです……? えっと、ツナちゃんとヨルくんは」

「ツナは言いたくないって言って教えてくれないから不明だ。俺は……言いたくない」


 ソファに座ると、いつもとは少し違う匂いがする。

 俺は不思議そうな表情をしているヒルコから全力で目を逸らす。


「えっ、なんでですか?」

「……よく考えてくれ、ヒルコ。年齢を言わなければ、俺が何歳かは不明なわけだ。つまり、ツナとの歳の差も分からないからセーフの可能性があるんだ」

「ないでしょ」

「……ヨルさんは四大卒で、そこから二年と少し経ってるので」

「やめるんだアメさん。その計算は誰も幸せにならない」


 ヒルコは「思ってたよりも歳上だ……」という表情を俺に向ける。やめてくれ。


「……あのな、ヒルコ。俺とツナはプラトニックな関係なんだ。邪な欲望を向けているわけではないんだ。たまたま運命の相手と年齢が離れていた、それだけなんだ」

「アメさんは?」

「たまたま運命の相手がふたりいた、それだけなんだ」

「……」

「やめて、俺を見ないでくれ。俺だって好きでロリコンになったんじゃないんだよ。普通に……あと十年ぐらい経った後にツナと結ばれる感じが良かった」

「ツナちゃんと結婚するのは確定なんだ」


 それはそうだろ。そこは年齢とかの問題ではない。


 俺がロリコンになってしまったのは、二年もの間、ずっとツナに誘惑されたり無防備な姿を見せられたりしたからだ。


 毎日、かわいい女の子とふたりきりで過ごして「好き」と繰り返し言われて、肌や下着を見せられたり、体を触り合ったりして……そっちに目覚めない男なんて存在するだろうか。


 いや、いない。


 俺が悪いのではなく、あくまでも状況が悪かった。これは神の仕組んだ陰謀なのだ。

 神が俺にロリ趣味を目覚めさせたのだ。


 くそ……神のやつめ、許せねえぜ……!


 俺が神の陰謀を憎んでいると、ヒルコは少し考えた様子をしてから頷く。


「……謝りにいく」

「無理しなくてもいいぞ?」

「平気です」


 ……まぁ、本人が行くというならそれでいいか。ダメな理由もないし、連れていこう。


「あ、ヨルさん、来てもいいそうなのでそのまま向かっちゃいましょうか」


 すぐ近くのダンジョンだしさっさと行って面倒ことを済ませるか。


 外に出てから四人でぞろぞろと徒歩で向かう。


 雨はあちらに比べて強くないが、ツナが傘を持ったまま俺に少しでもくっつこうとするためツナの持った傘が肩に当たってしまっていた。


 ……まぁ、いいか。


 雨のおかげか人の少ないダンジョン。

 確か……名前は【影の寄り道】だったか。


 初めて入るダンジョンだが……変わっているな、と感じる。


 一見して、普通の街中に非常に近い。多少薄暗くはあるが、むしろ普通の昼の街よりも過ごしやすい程度だ。


「……普通の壁じゃなくて全部家とか店とか塀とかフェンスなんだな」

「【影の寄り道】……というダンジョンは日本の地方都市近くのベッドタウンに似通った作りになっています。環境の特徴としてはアスファルト舗装の歩きやすい道、モンスターが入り込みにくい家屋が大量にあること、次の階層に向かうには数日おきにランダムで切り替わる、どこかしらの建物の中にある下り階段を見つける必要があること……と、過ごしやすく安全に探索出来ますが、極めて攻略が難しいダンジョンとなっています」


 ……この広がる建物のどこかにか。人海戦術じゃないとかなり厳しいだろうな。


「モンスターは小型で隠密性が高いものが多いですが、これはおそらくこの地形のようなダンジョンのテーマが理由ではなく、長時間の探索を強いる仕組みと、発見の難しさから終始気を張っていなければならず、精神的な負担をかけることが目的でしょう」

「……それ、探索者が来なくて厳しいんじゃないのか?」

「腕に自信がない探索者や、あとは……まぁ食料がそこそこ落ちていることと、住居があることから半分住み着いてる人がいるみたいです。モンスターと接敵しなくても精神を消耗するので、DPの効率は良くて中堅どころのダンジョンというところでしょうか」

「……広くて建物が多いか。……ヒルコのこともあるけど、うちに協力を打診してきたのにも意味がありそうだな」

「近辺のダンジョンだと相性は一番いいですね。闘技場の周りに飲食店や宿泊施設などをたくさん並べたりしたら過ごしやすさが上がってDPの収益もウハウハです。……それに何より、国家というか、人を集める段階までいくと、過ごしやすい街並みが安いDPで大量に用意出来るのは強いです」


 ……だから白銀の街のダンジョンマスターもリスクを侵してまで国家を名乗ったのだろうか。


 動画見た感じ、ヨーロッパの観光地みたいな街並みだったしな。ツナと同じ考えだったのかもしれない。


「まぁ……とは言っても、ヒルコが味方になった以上は直接の原因はなくなったわけで、保護を求める理由も減っただろうな。というか、こっちの差し金と勘違いして怒ってるかも」

「事前にヒルコさんのことは話していますし、怒ってたらダンジョンに招待なんてしませんよ。少なくとも友好的です」


 ツナがそう言いながら歩いていると、俺たちの前にちょこりとした尻尾が二股の猫がとてとてとやってくる。


 ただの動物……ではないよな。


「か、かわいい……にゃ、にゃんこ、にゃんこですよ! ヨル!」

「……かわいいな。けど、気をつけろよ。モンスターだぞ、一応」

「こんなにかわいい子が危険なはずがないです。きっと案内のためにやってきてくれたんです!」


 いや、まぁ、案内員ではあるんだろうけど。

 ツナほどはしゃいではいないが、アメさんとヒルコもでれでれとしている。


「この子、闘技場のダンジョンでは出せないんですか?」

「どうでしょう。あんまり高くて強そうじゃないモンスターは確認してないので……後で確認します。ああ、かわいいです」


 二股尻尾の猫を見た三人が「かわいいかわいい」とはしゃいでいると、猫がその小さな口を開く。


「せやろ? かわええやろ?」


「……」

「……」

「……」


 沈黙が流れる。


「あんまり可愛くないかもです」

「……普通のねこさんのほうがいいですね」

「…………」


 ツナとヒルコが明らかにテンションの落ちた言葉を口にして、アメさんはショックのあまり固まってしまった。


 ……モンスターって、なんで関西弁率が高いんだろうか。

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