第二十話

 次の目標は決まったが……ことの本筋はそこではない。


 大々的に自分の存在をバラしていくダンジョンマスターが現れた……ということだ、しかもこの日本から。


「平気ですよ。現段階で、ダンジョンは人類には勝てません。ダンジョンはこれからしばらく「人から嫌われたところが潰れていく」時代になります。一時的なものではありますし、次の段に上がっているのも確かですが、多少は平和です。……ダンジョンと既存の勢力の力関係が逆転するまでは、ですが」

「それは平気とは言えないだろ。スゴロクで6の目が出てはいけないときに、3の目が出たようなものだ。後回しになっただけで」


 いや、そんなことツナも分かりきっているだろう。……ただ、俺が不安なだけだ。


 今は個人の力でどうにかなっているが、これからは少しずつ通じなくなってくるだろうし、病気を負う可能性もある。


 ……数年、十数年や何十年も先の未来のことを不安がるなんて意味がないとは分かっているが……保証が欲しい。俺の大切な人が、笑っていられていると。


「……ヒルコがビビらせたダンジョンマスター、今日一日空いたのなら会いにいってみるか。増水しててもあの道は平気だろうし、一度ダンジョンに戻ってヒルコの様子も見に行きたい」

「えっ、イチャイチャしたいんじゃないですか?」

「……いや、流石にアメさんの実家だしな。……ダンジョン国家のこともあるし、早め早めに行動した方がいいだろ」

「まぁ、いいですけど……。むぅ……水瀬さん、抱えるリスクを負いたくないので仲間という呼び方をしていないだけで、実質的には仲間になってますし、それによる利益は莫大ですよ。道を歩いていたら非課税の一億円が落ちてたみたいな幸運です」


 一億円が落ちてたとしても税金は取られるだろ。


「水瀬さんと話したのは初めてですが、私の「リスクを負うのが嫌だ」という方針をあっさりと見抜いて「仲間ではない」という建前に乗っかってくれたりと、新設組織の副官という価値以上のものがあります。性格もあってあまり裁量は渡したくありませんが」


 ケツ持ちをするのならいい相手ということか。

 ……まぁ、俺よりかは頭もキレそうだしな。


 一度帰宅するための荷支度をしながら、ツナの方に目を向ける。


「……俺はツナの役に立つか? 今までは、個人の力が通用する場だった。だが、これからは一箇所守れても仕方ない状況になっていくだろ。あまり頭が働く方でない俺が、出来ることはなくなっていく」


 俺の言葉に、ツナは一瞬「何を言ってるんだ」というばかりの表情を浮かべ、それから真剣な表情に変えて俺の方を見る。


「前提として、私はヨルに役立ってほしいとは思っていません。役に立つとか立たないとかの観点からあなたを見たくはありません」

「……知ってるよ」

「私はヨルのことが好きなのは、あなたがあなただからです。それを前提として、ヨルがいないと今後立ち行かなくなります」


 ツナは指を立てて、自分の座っている畳を指差す。


「私がダンジョンの外に出られるのは、何があっても私を守ってくれるヨルがいるからです。これから、ダンジョンマスターや有力な人間と関わるようになる際、直接会う必要が無数にあるでしょう。そのとき、ヨルがいなかったら暗殺されておしまいです」

「……そうか」

「そもそもヨルがいなくなったら生きていても意味がないです。……知ってますか? 私は、ヨルだけでいいんです。この世界、全部」

「……ツナの愛の重さ、若干引くことがある」

「ヨルの方も相当ですからね?」


 まぁ、確かにそうか。こうやって気楽に他のダンジョンマスターに会いに行こうという話が出来るのは俺がいるからだ。


 アメさんの母親に伝えてから、車を停めている地下道に向かう。

 それほど距離があるわけでもなかったが、雨足の強さから結構服が濡れてしまっていた。


 二人の方を見ると、びしょびしょというほどでもないけど少し濡れているのが見えたので車に入って暖房を付ける。


「……風邪をひいてはいけないからとか言って脱いだ方がいいですか?」

「そこまで濡れてないだろ」

「それはそうなんですけど、お約束かと……」


 ……もし仮にここで俺が「脱いだ方がいい」と言ったら脱いでくれるのだろうか。

 いや、言わないけど。……言わないけど。言わない。言わない。


「…………」

「んぅ? どうしたんですか? 出発しないんですか?」

「ああ、いや、うん、出発するな」


 ……あと何日ぐらい、俺は我慢出来るのだろうか。


 アメさんのことはツナも許してくれているが、たぶんツナよりも先にそういうことをしてしまったら一生引きずられることになってしまう。


 ……我慢出来なくなるタイミングがアメさんに誘惑されたときだったらまずいので、もういっそのことツナともう一歩進んだ方が良いのではないだろうか。


 俺が我慢しているようにツナにも我慢をさせているわけだし、それに日本の法律でも誠実な付き合いをしている婚約者同士なら多少若くてもセーフみたいなものがあったはずだ。


 結婚してるなら尚更問題はない気がする。


 などと、頭の中で言い訳がたくさん出てきながら車を走らせる。


「……国家って名乗るってことは、法律とかあるんだよな」

「まぁその段階ではないと思いますが、どうしたんですか?」

「結婚とか諸々の法律、年齢のところちょっと下げられないか」

「ヨルって本当に法律とかそういうのにこだわりますよね。よほど状況が膠着しない限りはそんなところに手が入らないので、制定した頃には今の日本の法律でも大丈夫な年齢になってますよ」

「法律は普通気にするだろ……。というか、人と協力するためには何かしらの価値観の共有は必須だろ。遵法意識とか、あるいは……宗教感とか」


 そう言ってから、ふと黒木の最後を思い出す。

 神と名乗り、俺やツナをダンジョンに誘ったソレは、確かに神の名に相応しいだけの力を持っていた。


 全能に近いと、そう思わされた。


 ……神、か。


 全能に近いだろう。人智を超えているのも分かる。

 だが、あのときの、神と出会ったときのことを思い出し、助手席で楽しそうに座っているツナと後部座席にちょこんとアメさんを見て、思う。


 「俺なら斬れる」と。あの化け物が敵対し、ツナの前に立ちはだかるなら、倒せるという確信があった。


 そんなことを考えているうちにいつもの家に戻り、部屋の様子を見る。


 特に散らかしたりはしておらず綺麗なもので、少し心配になる。


 たぶん、ヒルコは元々そんなに丁寧に生活をしていたわけでもなさそうだし、俺たちがいない間も綺麗に保っているのはおそらく「人の家」と思っているからだろう。


 ……旅に出ていくのはもう少し後にした方が良さそうだな。

 帰るところがない旅はしんどいだろう。

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