第十九話

「んぅ……ヨルさん、可哀想ですし、なんとかなりませんか?」

「可哀想なのはこのおっさんの悪ふざけでせっかく国を作ろうとしたのにめちゃくちゃになった別のおっさんなんだ。このおっさんは加害者おっさんで、被害者おっさんは別にいるんだ」

「……でも、泣いてますし」


 3倍近い年齢差のあるおっさんの涙に同情するな。


 まぁアメさんが優しいのは知ってるけど……そのおっさんは邪悪……人の迷惑を鑑みずに自身の愉悦を選んだラスボスみたいな闇おっさんなんだ。


「んー、そもそも、私達の機密も知ってるわけなので、助けを求めるのが筋違いという以上に、助けを求めるのよりも命乞いをするべき状況なのでは? だいぶ、不都合ですし」

「こ、こわいこと言うなよ……。奥さん、旦那さんも怖がってるぞ」

「奥さん……。奥さんに見えますか? ヨルの」

「そりゃあもう、へへ、美男美女の誰もが羨む夫婦にしか見えやせんぜ」

「んふふ、まぁ私は優しいので見逃してあげましょう」


 奥さん呼びに負けたな……。まぁ、元々わざわざ処すつもりはなかっただろうけど。


「……まぁ見逃すのはいいけど。助けるのはまた別だぞ? 正直なところ、そこまでリスク取るのは無理だしな」

「面接ぐらいしてくれよ……?」


 さっきまでこちらが面接する側だった気がするんだけど……いつのまにか立場が全く逆転していた。


「人手は足りてないけど……水瀬、邪悪だからなぁ」

「そんなことないぞ。「学生時代はボランティアに励んでいました」って就活では言ってた」

「就活で言ってただけかよ。実際にボランティアに行け」

「冷静に考えてくれ、ボランティアはいいことだとわかっているんだ。つまり、善悪の区別がついてる」

「善悪の区別がついてるのに悪に走るから邪悪なんだよ。……まあ、話を聞くぐらいなら……」


 ダンジョンを日本の半分を横断するほどに伸ばしたので、匿ったときに住む場所には困らないだろうし、今更人一人分のコストなんてほとんどないのと変わりないが……水瀬の存在自体がリスクである。


 話ぐらいは聞くが、やんわりと断りたいと考えていると、ツナが姿勢を正しながらタブレットの画面を見る。


「ふむ、では、志望動機から教えていただけますか?」

「企業面接か? 志望動機は死にたくないからだろ」


 俺が突っ込むも水瀬は無視して「はい!」と元気よく返事をする。


「御社の理念に共感いたしました。私もこの会社の一員として、地域社会に貢献したいと考えたのが志望理由です」

「ウチに理念なんてねえよ。あと会社でもないし、地域社会に貢献もしてない」

「御社が第一志望です! 自分を物に例えるなら潤滑油です!」

「聞かれてないのに自分を物に例えるな、めんどくさいタイプの女子か」

「動物に例えるとうさぎさんかな?」

「はっ倒すぞ」


 アメさんは「就職活動ってこんな感じなんですか?」と俺に聞くが、こんな感じのはずがない。


 というか、俺は就活で全部落ちたのにこのおっさんは普通に社会活動を行えているのがおかしいだろ……。


 俺の方がマトモだろ……。いや、まぁ、ツナと結婚しているのは……まぁそこは抜きとして。


「ほら、俺これでも大卒だぞ」

「うちは学歴関係ないからなぁ」

「ヨルは大卒、アメさんは中卒、私はほい卒ですね」


 ヒルコも多分年齢的に中卒か……。たしかアメさんの一個上だし。

 全体的に年齢が低いせいで学歴が酷い、特にツナ。


「まぁ、実のところ水瀬さんはこちらで調査いたしまして、どんな人物なのかは理解しているんですよね」

「あー【ダンジョンの入り口作成券】、やっぱり俺のところに来たのは仕組まれたのか。まぁ、俺も分かって乗っかったけど」


 あ、あのツナが話してたアクセスのいい駅前に入り口を増やす作戦は成功していたのか。


 作戦だけ聞いて結果をあんまり聞いてないからなぁ。

 ツナが事前に「こういうリスクとリターンがある」と話していてそれから外れたことはないので。


「あの日は結構露骨だったからな。出てくるモンスターは弱かったし、ボスは秋刀魚だったし。あれだろ? 掲示板とかでボスが秋刀魚だった、みたいなのが話題になってたけど、あくまでもあれは「渡したいアイテムがある相手に渡すために弱いボスがいることを認知させる」みたいなもんだろ」

「そうですね。探索者の実力と、外の世界への影響力は一致しないので。アイテムを渡したい人にアイテムが渡せるように「ランダムで弱い敵が出る」という風に見えるようにしてます。射幸心を煽るというのもありますが」


 ああ、あの秋刀魚って意味があったんだ。ギャグだと思ってた。


「それで、俺は使えると思うのか?」


 タブレット越しに水瀬は「失礼」と断ってからタバコを口に咥えてふかす。


「……。そうですね。いままで声をかけていないのが答えですね」


 ツナは珍しく冷たい言葉でそう述べる。


「だよな」


 水瀬は分かっていたとばかりに頷く。


「評価出来る点は多いです。特に行動力と、それを支えてくれる知り合いが多い点。だから、私の計画通りに動いてくれるだろうという読みがありました。反面、考えが浅く合理や利益以上に楽しめるか、スリルがあるかを優先する傾向がある」

「めちゃくちゃ辛辣に評価されてる……」

「なので、そこの方が居心地がいいでしょう?」

「……」


 ツナはそう言ってから、軽く頷く。


「提供出来るのはふたつです。最悪の場合の逃げ道と、普段使い出来そうな魔道具」

「……代わりに何がほしい?」

「とりあえず、ダンジョン国家には入れてください。あとその組織の方針はダンジョンの外との関わりよりも、ダンジョン同士の商取引を中心にするように誘導してください」

「商取引……間に入ってちょろまかすのか?」

「そんな小銭はいりません。中立で誰もが納得出来る誠実なやり方でお願いします」

「それ、そっちに得はあるのか?」

「あります。平和な時代が長続きするという、最大のメリットが」


 水瀬は分かったような、そうでないような表情で頭をかく。


 おそらくツナのことを「甘い考えの子供」と思っているのだろうが、半分は外れだ。


 ツナは平時において非常に優秀で、世界が荒れなければ一人勝ち出来るだけのポテンシャルがある。


 それにこれから成長すれば今まで以上の能力を発揮出来るだろう。


 世界が平和なら勝てる。という確信があるから、ツナはそれを引き延ばそうとしているのだ。


「まぁ、命の危険さえないなら楽しそうだから別にいいけどな。要求はそれだけか?」

「あ、あと、ダンジョン国家のリーダーにも会いたいですね。白銀の街でしたっけ?」

「あー、近いうちに人を招けるだけ招く予定だ。サシでは忙しいからあんまり時間がなぁ」


 マジで補佐役やってるな……水瀬。


「ふむ、白銀の街……結構小さなダンジョンでしたよね。ダンジョンマスターなんて招いて大丈夫なんでしょうか、裏切りとか」

「あー、それは大丈夫だと思う。あそこにしか出てこないモンスターのユニコーン、めちゃくちゃ強いみたいで」


 ユニコーン? そんなダンジョンマスターに対抗出来るほど強いモンスターなのだろうか。


 そんなことを考えながらビデオ通話を切り、ツナの方を見る。


「ふむ……白銀の街のユニコーン……。性経験のない女性にしかなつかない、一角を持つ白馬ですね。白銀の街で出るのもその通りの性質だったはずです」

「強い代わりに襲わない相手がいるみたいなデメリットがあるって感じか」

「ちなみに、ネットで見た限りかなり機械的な判別らしいです。漫画を読んでてヒロインが他の男と仲良くしてるだけで嫌な顔をするヨル判定よりもだいぶゆるいですね」


 俺をユニコーン呼ばわりするな。純愛が好きなだけである。


 ……白銀の街での集まりがあるまでは、ユニコーンの存在を理由にしてツナの誘惑を回避出来そうだな。

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