第十八話

 いや、これ……どうするんだよ。

 ダンジョン国家自体はツナが本物と確信しているので本物なのは間違いないだろうけど、思ったよりも100倍はガバガバ組織だ。


 参加するメリットよりもデメリットの方が大きい気がしてきた。


「あのなぁ、ボウズ。いや、ヨル。きっとヨルは今「どうするんだよ。これ」と思ってることだろうよ」

「思ってるよ。どうしたものかとマジメに考えてるよ」

「……俺の方が「どうするんだよ。これ」って思ってるよ。俺はこれからどうしたらいいんだ」


 間違いなく自業自得である。


「いや、マジで、ヨル。一度冷静になって客観的に考えてくれ。……ただの一般ハードボイルド男性が、多くのダンジョンの機密情報を握ることになってしまったんだぞ。……何も後ろ楯がないのに、情報だけ持ってるんだぞ……!?」

「すごく危ない立場だな。頑張ってくれ」

「助けて……」

「助けてほしいのはこっちだよ。あと、情報抜かれた奴らと主催のダンジョンマスターたちだよ」


 誰ひとり……! 誰ひとりとして、幸せになってない。

 関わる人間が全員被害を負っている。


「というか、そもそもどうやって騙したんだよ……」

「シブヤ・ステーション・ダンジョンのファッションリーダーって名乗ったら納得されたんだ……!」

「納得するなよ……! 裏取りを、裏取りをしろ……っ!」

「俺が入ってからはちゃんと裏取りしてるぞ」

「お前はむしろちゃんとしちゃダメだろ。なんで真面目に仕事してんだよ」


 俺は再び項垂れて息を吐く。



「頼むよ……。ほら、人を見捨てたら後味が悪いだろ?」

「別に……」

「ヨルは、人を見捨てたあと笑うことが出来るのか? 俺にはヨルがそんなやつには思えない」

「お前は俺の何を知ってるんだよ」

「ヨルは朝に目を覚ましたら思うんだ「ああ、俺は水瀬を見捨てたんだな」と。飯を食べてるときも、恋人と語り合っているときも、罪の十字架を感じるんだ」

「感じないが」

「アイドルのライブに言っても俺の顔がチラつく、握手会に行っても、チェキ会や撮影会に言っても、ラジオを聴いていても、ずっと俺を見捨てたことを思い出してしまうんだ」

「俺のことドルオタだと思ってる?」


 そもそも助けると言ってもなぁ。

 もはや組織のナンバー2に収まった水瀬を救う方法などないように感じる。


 諦めてダンジョン国家の副官として生きてほしい。


「そういや、隣のちっちゃいお嬢ちゃんはなんだ?」

「あ、はじめまして。結城キヅナです。夫がお世話になっております」

「……」

「……」


 再び沈黙が訪れる。

 まるでそれは、騒がしい昼間と静かな夜中が交互に来るかのように感じられた。


「……ボウズさぁ」

「あ、あー、ほら、俺、水瀬、たすける。その話、しよう」


 水瀬は言葉を続けようとして、それから首を横に振って俺の話に乗っかる。


「そうだな! 未来の話をしよう。その方が建設的だ」


 水瀬がカス野郎で助かった。

 俺が客観的に見てカス野郎なのをツナの前で指摘されたら、ツナからの好感度が下がりかねない。


「でも、状況的に詰んでないか? 流石に誤魔化すのはキツイだろ」

「そこをどうにか出来ないか? 天下の中ボスさんなんだろ?」

「中ボスは天下取れてないから中ボスなんだろ。天下取ってたらラスボスだ。……つってもなぁ。殴ってどうにかなるかというと、まぁなるんだけど」

「なるんだ」

「けど、それはこっちの立場が悪くなるからなぁ」

「それはよくないか?」

「シンプルにカス」


 こちらの手間があまりかからない範囲となると……匿うぐらいの選択になるが、一応は外で働いているらしい水瀬には少し取り難い選択肢だろう。


「水瀬が抱えている情報ってどんなもんなんだ?」

「大したものじゃないけど、住所氏名連絡先ダンジョンの名前と特徴DPで安く買えるもの……ぐらいの乗った名簿だな」


 まあ、それぐらいなら……と考えていると、ツナは渋い顔をする。


「……後ろ楯なく抱えるのは厳しいですね。欲しい人は喉から手が出るほどほしいでしょうし」

「そうか? あんまり役に立ちそうにないが」

「ダンジョンマスターの連絡先というだけでかなり重要アイテムです。ヒルコさんなんて、連絡を取るために色んなダンジョンの最深部までいってるんですよ。ダンジョン国家が発生したのも「連絡先が分かりやすい」というのが一番でしょうし」


 ……まぁ、大会社の社長直通の電話番号のリストみたいなものと考えるとかなり有用か。


「それにDPで割安なものを知れたらおおよそのダンジョンの方向性や弱点も分かりますし。あと、名前も大きいです」

「名前……なんて、知って意味あるか?」

「あります。ですよね、水瀬ショウゴさん」


 なんで水瀬に話を振ったんだ? と、考えていると、水瀬は驚愕したような表情でツナを見る。


「……ダンジョンマスターってのは、見た目通りの年齢じゃないのか? 随分と、まぁ……。あー、そうだな、名前は重要だ。何せ多くのダンジョンマスターはそれになる以前に「何かしらの結果」を残している」

「……まぁ、優秀な人間から選ばれてるはずだからそりゃそうだろうけど」

「縁が切れる、というんだろ? 親族とかからさえいなくなったことが気にされなくなる呪い。……結構な数がネットで名前を調べれば出てくるのに、急にパッタリと情報がなくなって連絡がつかなくなり、なのにそれを気にされない。名前さえ知ればその人物が本当にダンジョンマスターであるかを調べることが出来る。まぁ、全員が全員でもないが」


 ……なるほど、そうやってダンジョンマスターかイタズラかを確かめたのか、水瀬は。


「その情報はどこから?」

「白銀の街のダンジョンマスターからいい感じに聞き出した」

「なるほど」

「……情報は有用です。元の専門がわかるのも大きいですし。……でも、だからこそ、情報を抱えるリスクがあります。下手に力を持ってしまうと無駄に目立って狙われることになるので」


 どちらかというと水瀬を匿いたくないというような反応だ。


「ツナも微妙な反応だな。まぁ、厄介な人が厄介なものを抱えてる状態だしな……」

「マイナス×マイナスでプラスになるかもよ?

「そうはならないだろ」


 どうしたものか……。やべえおっさんだからもう見捨てたい……。


 しかし、アメさんは水瀬に謎の仲間意識を持っているし冷たく見捨てると俺の好感度が落ちてしまいそうだ。


 ……この囚われのおっさんを救う方法はあるのだろうか。

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