第十七話

 嬉しそうに花束を抱えているツナを見つつ、本格的に降り出した雨音を聞く。


 これは道とか水没しそうなレベルだな……。


「そう言えば、その白銀の街ってダンジョンのやつはどうやって他のダンジョンマスターを集めたんだ?」

「動画投稿サイトですね。正確には動画がバズって人が集まったから国を始めたという感じかと」

「そんな冷やし中華みたいな」

「冷やし中華……食べたいですね。マグロ以外の食べ物を」


 ……そうだな。いや、マグロ美味しいけどな。

 せめて、冷凍庫に入りきらずにいる分だけでも食べきらないと……。


「おほん、おそらく、仮称ダンジョン国は原始的な議会制とでも言えるた体制で、あまりこのダンジョンマスターの実権は強くないでしょうね」

「……実際、成り立つのか? さっき言ったのは最低限も最低限だろ?」

「……実のところ、多くのダンジョンの寄り集まりはすぐに破綻します。うちの組合が成り立っているのは、ソラさんによるものです」

「そんなにリーダーシップはないと思うが」

「あのダンジョンはとても弱いです。ヨルさんなら三時間もあれば、他の人でもダンジョンマスターなら一月はあれば攻略が可能で、ダンジョンコアを奪ったり拘束して傀儡にすることが可能です。でも誰もそれをしない、という、信頼によってうすらとした協力関係が成り立っています」


 ……ソラさん、すごい言われようである。


「バズっている動画を元にして集まった人達が……どこまで信頼し合えるのか、です。動画からということは地域もバラバラでしょうし、互いに顔を合わせず、手札を伏せながら協力することになります」

「難しいか?」

「……私はひねくれものなので、私には出来ないですね。でも、反対に言うと参加自体は簡単です。スピード感からしておそらくマトモに審査とかしてないでしょうし。最悪、そこら辺の普通の人がイタズラでダンジョンマスターを名乗って参加していてもおかしくないですよ」

「イタズラで参加したやつが真顔で会議とかに参加してたら笑うな」

「まぁ流石にそんな人いないですよ。あ、私もちょっと参加したいってメッセージ送ってみますね」

「大丈夫なのか? 声をかけやすいのに声をかけられてないなら敵対的に見られている可能性があるんじゃ……」

「現状なら、仮に参加した全員が私たちと敵対の意思を持っていても堂々と入り込めますよ」


 いや、全員一致で敵対してるなら無理だろ。

 と言うも、ツナは花束を抱えてぺたりと座りながら首を横に振る。


「現状、スピード感がありすぎてマトモに議会が成り立っていないと見えます。仮に全員一致で「練武の闘技場に入ってほしくない」と思われていても、意思の照らし合わせが出来る状況ではない以上は全会一致にはならないのです。一部の人の意見で現状の方針を変えてダンジョンの参加を認めなかったら後の確執になるのは間違いないので、全員と敵対していても入り込めます」


 ……マジでそんな荒技出来るのか?


「入るだけならただですし、この混乱してる機会を逃すと難しいどころか、目立っている分仮想敵にされかねないので参加しちゃおうと思います。まぁ、おそらくは小さいダンジョンの寄り集まりだと思うので間違いなくほとんどからいい顔はされませんが」


 んな無茶な……。


「……今からか?」

「そのつもりですけど、問題ありましたか?」

「ああ、いや、今日は道場も開けられないから、久しぶりにツナとゆっくり過ごせるかと思って」


 前にもらったツナの下着も返したいし……。


 そう考えていると、ツナは花束を抱えながら笑って「ヨルは本当に私のことが好きですね」なんてことを言う。


「まぁ、そんな面倒くさい手続きはないはずなので、連絡だけ取ってみますよ。参加するメリットはあまりありませんがしない場合のリスクがあるので」


 ……まぁ、それぐらいは仕方ないか。そう思っていると、ツナはタブレット端末をいじる前にまるでぬいぐるみでも渡すかのようにアメさんを俺に押し付けて、それから真面目な表情で画面と向き合う。


 ちょっとアメさんの扱いが雑なのではないだろうか。


「あ、これ、アメさんの分の花束」

「ど、どうもです。……ん、無理に一緒にしなくても大丈夫ですよ?」

「……まぁ、アメさんは花よりも木刀とかの方が喜ぶかと思ったけど」


 正直、アメさんの考えがよく分からない。

 俺とツナがひっついていても嫌そうな表情はしないし、そういう演技が出来る人とも思えないが、普通なら目の前でツナといちゃついていたら嫌だろう。


 めちゃくちゃ心が広いのか……?


 ツナの方は……たぶんアメさんといちゃついていたら嫌がるよな。


 でも、アメさんとふたりきりになるタイミングなんてないのに三人のときにツナばかり優先しているのもな……と、考える。


 ……もしかして、ハーレムというのは気を遣ってばかりで全然楽しいものではないのではないだろうか。


 そんなことを考えながらアメさんの手を握ったりしていると、ツナが俺の方に目を向ける。


「あ、ヨルさん。連絡つきました。早速ビデオ通話で面接したいようです」

「……早くない?」

「やっぱりスピード優先ですね。競合他社が出ることを警戒してるんだと思います。そもそも、前例が一切ないことをしているから時間をかける意味があまりないという判断かと」


 ……面接かぁ。嫌だなぁ。

 就活してたころ、面接で落ちまくったからなぁ……まぁそのおかげでツナと出会えたわけだが。


 ツナが部屋にある机の上にタブレットを立てかけて、俺とアメさんをちょいちょいと呼ぶ。


「顔が売れている二人がいる方が都合がいいので」

「ああ……まぁ、ツナひとりだとイタズラと思われそうだしな」

「そうですね。まぁ実際イタズラも多そうですしね。この面接も白銀の街ではなく他のダンジョンのマスターが代理でやってるみたいです」

「色々雑だな……本当に大丈夫か?」

「間者、スパイがいたらスパイごと取り込むという方策でしょうね。まぁ私達も似たようなものなのでありがたくは思いますが。国に所属するというよりも、他のダンジョンと知り合うのが目的ですし」


 ツナは中心を俺に譲りながらそう言う。

 まぁどこのダンジョンも人手不足だろうし、スパイを省くなんてことは事実上不可能だろうことを考えると雑でも早く動いた方がいいのかもしれない。


 上手くいくかは微妙に思うが……。


「これで面接官がダンジョンマスターじゃなくてイタズラで忍び込んでるやつならどうする?」

「いやー、流石に人手不足とかスピード優先と言ってもそこはちゃんとしてると思いますよ」

「まぁそりゃそうか」


 そう言いながらタブレットを操作してビデオ通話を開始すると、画面には精悍な顔立ちの中年男性が映っていた。


 至極マジメな表情をしている男性で……俺とアメさんの表情が固まる。


「……」

「……」

「……」

「……」


 四人の誰もが、画面の方を見たまま口を開かない。

 それもそのはずである。……めちゃくちゃ見たことのある顔がそこにあった。


「……よし、では、面接を始めさせていただきます」

「いや待て。水瀬だよな。何やってるんだお前」


 ビデオ通話先の彼……それは、練武の闘技場でアメさんと三人でダンジョンファイターズというパーティを組んだ、アーマーゴーレムを着込んだヤベエ男だった。


「ダンジョンファイターズ〜………おー!」

「おー!」

「仲間意識で誤魔化そうとするのはやめろ。アメさんも乗らなくていいから。……えっ、マジで何なんだ。水瀬、ダンジョンマスターじゃないよな、練武の闘技場によくいるし」


 そもそもツナの調査で外で経営者をやっているみたいなので、「縁」が切れていないのは間違いなく、ダンジョンマスターや副官ではないのは間違いない。


「落ち着け、落ち着くんだ。ボウズ。……ダンジョンファイターズで一緒に戦った仲だろ?」

「ダンジョンファイターズの仲だから信用出来ない相手だと分かってるんだ。えっ、なんで水瀬がそっち側にいるんだ。こわ」


 水瀬は画面越しに俺の方にじっと視線を向けて「これには深いわけがあるんだ」と口を開く。


「……面白そうと思ってイタズラで電話したら、めちゃくちゃいい感じに中に入り込めてナンバー2にまでなれた」

「劇的に浅いっ! 新しい国の二番手がイタズラで電話かけてきたおっさんなのどうかしてるだろ!」

「おいおいボウズ……ツッコミまくってるけど、俺からしたら一緒にダンジョン攻略してたやつが運営側だったんだからこっちもびっくりだからな」

「……っ! ……。…………いや、まぁ、それはそうなんだけど」


 それはそう。それはそうなんだけど。


 イタズラで世界初のダンジョン国家のナンバー2になった男にだけはツッコまれたくない。

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