第十六話
花束……なんて、俺が渡すには似合わないだろう。
けれども、たぶんツナには似合うだろうな。なんて思いながら持ち帰ると、部屋でアメさんとツナがわたわたと変な踊りを踊っていた。
「……えっ、どうしたんだ」
「と、とと、とんでもないことに……!」
そう言いながらツナは手に持っていたスマホを俺に見せる。
そこには「ダンジョンマスターが国家の設立を宣言」という見出しがあった。
「……なんだ、これ」
「そのままですよ! 数名のダンジョンマスターが手を組んで大々的に「ダンジョン」を国として運営すると発表したんです」
「んな無茶な……」
ダンジョンは確かに多くの物資やエネルギーを産むが……色々と足りないものが多すぎる。
人にインフラに食料に日用品に土地に金……と、どう考えても現段階では不可能だ。
俺がそう考えていると、ツナは戸惑いがちに俺の方を向く。
「……国に必要なものは、四つです。国民、主権、土地、他国からの承認。国を作ろうとした際にネックになるのは土地と他国からの承認です。地球上のあらゆる場所は大概がどこかの国家に属しているので、そこを手に入れようとしたらその国と揉めることになりますし、規模が小さければ誰も認めません。子供が旗を揚げて国を名乗ったとしてもそれは国家足り得ません」
「小難しいことは分からないけど、そりゃそうだろ……」
「逆に言えばそんなものです。ダンジョンは採算が合うなら攻めて来られる方が都合がいいですし、ダンジョンで生み出される魔法の道具を欲しがり取引したがる国もあるでしょう」
ツナは慌てていた様子から一変、落ち着き払った表情で俺の方を見る。
「つまり、これは国です。設立も内情もガバガバでしょうが、ギリ……ギリのところで、国です」
「ええ……」
「手としては悪くないですよ。リスクは大きいですがリターンもあります。取引は先行者利益を得られますし、仲間が増えたときには発言力も強くなります。最高なのは、軍が出てくれることですね。ダンジョンはDPの問題で少数精鋭の方が苦手で、大人数はダンジョン側が圧倒的に有利です。まぁそこそこの大きさのダンジョンなのが前提ですが」
大量に入ってきて大量に倒して大量にDPを手に入れる……なんてことが出来たら確かに美味そうである。
「じゃあいい感じなのか?」
「いえ、早すぎますし、遅すぎます。おそらくもうすでに多くの国は協力しているダンジョンぐらいあるので遅すぎますし、ダンジョンの力はまだ弱く国相手に勝てるレベルではありません。特に、軍隊を投入するみたいなミスは望めないでしょうし」
じゃあ失敗するのか。少し同情はするが、関わる必要もないだろう。
そう考えていると、ツナは「むう……」と考え込む様子を見せる。
「どうしたんだ?」
「……たぶんこの記事のダンジョンマスター、ひとりではないです。かなりの数のダンジョンが集まっているのではないでしょうか。表に出てるのは一人でしょうけど」
「それはまたなんでだ?」
「色々なところと取引したいとあるので。みなもさんのゴブの湯のゴブリンや温泉のお湯が顕著ですが、ダンジョンによって同じ品物でも高い安いがあります。聞いたことのないダンジョンですし、取引することに優位性を見出しているのは小さなダンジョンが寄り集まっているからと考えるのが自然です」
それだけで判断出来るのか……。
ツナはそう言ってから腕を組んで唸る。
「むむむ……でも、他のダンジョンに比べてウチは接触が図りやすいはずなのですが、声をかけられてないです。……ちょっとまずいかもですね」
「……敵対されている可能性があると?」
「そこまでではないと思いますが、あまりよくは思われてなさそうです。それに、手当たり次第ではなく強豪を意図的に省いているとしたら、……野心があるのかも」
「まぁ、こんな大々的に発表したんだからそりゃな。白銀の街……だったか」
「場当たり的ではありますが、人を集める能力には長けているようです。私にはない能力です」
ダンジョンマスターの存在もハッキリと公になってしまったようだし……これから荒れそうだな。
窓の外、まだ雨も降っていないが、雲の上からゴロゴロと獣の唸り声に似た雷の音が響きはじめていた。
大雨、その気配がする。
「………と、それより、なんでずっと手を後ろに回してるんですか? なんだか花束でも隠し持っていそうな感じですけど」
「えっ、あっ、バレてたのか。アメさんが話したのか?」
別にサプライズというつもりでもなかったが、言い当てられると恥ずかしいなと思いながら背中に隠していた花束を前に出してツナに見せる。
「へ? え、よ、ヨルが……」
「なんだよ……。別にいいだろ。……後で絶対に調べられてからかってくるだろうから先に白状すると、恋とか愛とか、そういう花言葉のから選んできてるから」
「……今、人生で一番びっくりしてるかもです」
なんでだよ……。
そりゃ、俺はあまりそういうことしてきてないけど……と考えていると、ツナは花束ではなく俺の方に抱きついてギュッと後ろに手を回す。
「えへへ、嬉しいです。ヨルがお花をくれるなんて」
「そんなに花が好きなのか?」
「ヨルが好きなんです。大好き」
先程まで色々考えていたら賢そうな雰囲気から一変して、恋する少女とばかりの表情を俺に向ける。
俺はツナから目を逸らして、照れを飲み込んで、恥ずかしさを覚えながら頷いて答える。
「俺も、ツナのことが好きだ。……あまり、口説くみたいなことを控えていたからプレゼントとか全然送ってこなかったけど……これからは少しずつ送っていく」
「えへへ、私からもプレゼント……は、一昨日したんでしたね。はっ、まさかそのお返しですか」
「違う」
まぁ、喜んでくれてよかった。
ツナにはバレバレだったが、以前は好意……恋愛対象の異性としての好意を隠すためにプレゼントやら言葉やらは控えていたが、もうそこを我慢する意味もないので増やしていこう。
……ちょうど、道場も開けない天気になりそうだしな。
少し、ゆっくりと過ごすか。
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