第十二話
ベッドの上で仮眠をとっていると、扉が小さく開いてコソコソと小さな人影が俺の顔を覗き込む。
「おきてますかー?」
小声で、起こそうというよりも寝ていることを確かめるような顰めた声色。
小さな手を俺の目の前でぱたぱたと動かしてから「うへへ」と笑ってベッドに潜り込み、それから俺の顔を見ながら細い指を俺の首に這わせる。
「しめしめ」
しめしめって本当に言うやついるんだ。
などと思っていると、チュッと俺の頬に口付ける。
それから顔を真っ赤にして抑えたあと、モゾモゾと動いて息を潜めながらもう一度キスをする。
柔らかくて小さな唇の感触。こそばゆいけれども気持ちのいいものが、小鳥が啄むように何度も俺の頬に触れる。
「……ツナ」
キスに耽溺しているツナに声をかけると、ツナはびくぅっと身体を震わせて硬直させる。
「お、起きちゃいましたか?」
「そりゃな……。あんまりよくないぞ、こういうのは」
「……よい、と、まかりなりませんか?」
「まかりならないな」
俺がそう返すと、ツナは「むう」と俺に引っ付きながら首を横に振る。
「ヨルはまだ勘違いしているようです。私たちはすでに人の法やルールから外れた存在です。すでに人の常識に意味はなく、私とヨルの二人の中の認識こそが答えになるのです」
「……なんか面倒なこと言って寝込み襲ったのをうやむやにしようとしてない?」
ツナは俺の言葉を無視して話を続ける。
「すでに刑法199条「人を殺したらダメだワン」などの法令は意味を持ってないんです」
「殺人罪、そんなアニマルでカジュアルな条文じゃないだろ」
「私達二人のルールこそが、この二人だけの狭い世界では守らなければならない決まりなのです」
「……じゃあ「人が寝てる時にキスするのはダメだニャー」というルールを追加で」
「いやです」
コイツ……。
「いや、ツナも寝てる時にキスされたら気になるだろ?」
「……してくれても、いいんですよ」
顔を赤らめながらそういうツナに首を横に振る。
「とにかく、常識を守れ。やっちゃダメなことはやっちゃダメだ」
「むぅ……」
と言いながらツナは俺の寝ている横に寝転ぶ。
「寝てるところ起こしてごめんなさい」
「いや、そっちじゃなくてキスを謝る方が……いや、まぁいいけどさ」
ふたりで並んで寝ていると、ツナは落ち着かない様子でもぞもぞと動く。
「……最近、俺のところまでたどり着く探索者増えたな」
「んー、探索者が増えたのはありますが、単純に年々探索者も強くなってますからね。自然とそうなるものです。とは言えそろそろ模様替え……といきたいんですけどうちの目玉はヨルなのが難しいところですね」
人を商品みたいに……とは思うと、まあそれは事実だ。
「けど、まぁダンジョンに人気が出たら俺の負担が大きくなって、俺の負担を減らす……俺に挑みにくくしたら人が減るかもしれないってのは仕方ないだろ」
「……いえ、多少なんとかは出来るかもです」
俺を抱き枕にするようにぎゅっと抱きしめたツナは上目遣いで俺を見つめる。
「結構、真面目に探索してる人の方が割合は多いんです。そもそもダンジョン攻略配信者って全体の割合からすると極一部なので」
「……ああ、訓練目的とか?」
「それもありますけど、普通に生活収入のためかと。アメさんは稼ぎが足りないって嘆いてましたが、アレはアメさんがフロアごとに設置されてる宝箱を全部スルーしてるのとモンスターを核の急所狙いで倒すから、一番値段が安定してるモンスター核がほとんど手に入ってないからですね」
「ああ……やってそう」
「まぁ他のダンジョンよりも渋いのは事実ですけど、防寒着とか暑さ対策とか、そういう別の出費がない分だけ渋くても収支は悪くないはずなんです。なので、案外普通の探索者もいるんです。そこで、一本道を変えようかと」
ツナは気に入った位置を見つけたのか、満足そうな表情で抱きつきながら言う。
「迷路みたいにするのか? すぐにマッピングされて終わりだと思うけど」
「いえ、入り口の大広間から別の一本道を作ります」
「別の一本道? 意味あるのか?」
「最奥は行き止まりにして、宝箱か何かを設置するんです。簡単に言うと、実質攻略不可能な攻略ルートと、現実的に稼ぎになるルートで分けるんです。宣伝のために誘致したい配信者とかは攻略ルートでヨルに倒してもらって、その配信とかで得た知名度で稼ぎルートの方に行ってもらう感じですね」
「……ああ、配信で広告収入がある探索者は俺のところに来た方が旨味があるが、それ以外はもう一つの方が旨みがあるようにするのか」
確かにそれなら……本気で攻略しにかかるやつと配信者以外はメリットがなくなるか……。
「悪くないな、探索者も不満には思わなさそうだしな。けど、アメがそっちに行ったらどうするんだ? DP収入減るだろ」
「稼ぎルートの方に罠のひとつでも設置してたらいいんじゃないですか?」
「ああ……確かに。じゃあ、それでやってみるか」
「はい。……でも、今日はおやすみしましょうか」
暖かくて小さなツナの体が俺に引っ付く。
軽く抱き寄せながら布団をかけるとツナは嬉しそうに「えへへ」と笑う。
小さな手が俺の手を握り、心底幸せそうに、俺の脚に細い脚を絡める。
布団の中で混じるように体を寄せ合いながら、ゆっくりと口を開く。
「……そういや、居住スペースの方は広げる予定ないのか?」
「そんな余裕はないですよ」
「いやあるだろ。…………まぁ、別にないってことでもいいけどな」
「んぅ? 変なことを言います」
「……居住スペース広げて、寝室を分けてもこうして入ってくるだろ」
「もちろんです」
「元気よく言うことじゃない……。まぁ、どっちにしろ一緒に寝るなら「寝室とベッドが一つしかないから仕方ない」って言い訳がある方がいい」
ツナは先程までの理知的な表情をなくして、年相応に子供っぽく不思議そうに俺を見つめる。
「言い訳がないとどうなるんですか?」
「必要もないのに二人で寝てるとなると、羞恥で悶える」
「……もうひとつ寝室作るのもありですね」
「やめてくれ……」
俺がそう言うとツナはくすくすと笑う。
「立場が逆転しちゃいましたね」
「……ツナはさ、ダンジョンマスターになったことを後悔してないか?」
「んぅ? 急にどうしたんですか?」
「ツナを……幸せにしてやれるのは俺だけだから、ツナの味方は俺だけだから、心配になって」
ツナはぎゅっと俺を抱きしめる。
「そんな風に言われたら「ちゅーしてくれないと幸せじゃない」って言っちゃいますよ?」
「……本当にそうなら、キスぐらい何度でもする」
何がきっかけかは分からないが、ツナの俺を触る手つきが少し色めいたものになる。
わざとやってるわけでもないだろうが、生物としての本能的なものがあるのかもしれない。
まるでスイッチが入ったようにツナの手が俺の身体を確かめるようにまさぐり、求めて甘えるように小さな体を押し付ける。
自分の行為の意味が分かっているのかいないのか。
俺はそんなツナの異変を誤魔化すようにぎゅっと抱きしめると、次第に落ち着きが戻ってくる。
「……ん」
眠たくなってきたのかウトウトとしはじめているツナの頭を撫でとこてんと寝落ちする。
こうして寝ていてくれたら……可愛いんだけどな。
そう思いながら体を横にしてツナの愛らしい寝顔を見ていると、不意に「寝てるときにキスをしてもいい」というツナが出したルールを思い出す。
さらさらとした細く長い髪を撫であげて、それからフニリとした頬を撫でて、そこにキスをする。
柔らかい肌の感触。……何やってるんだ、俺は、と頭を掻いて目を閉じる。
……親が子にするような、親愛のものだからセーフだ、セーフ。
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