第十一話
「おー、ここが中ボスの家かぁ。なんか普通だね。もっとマグマとか骸骨とかあるかと思った」
「雷とか降ってないんだな。ヨルの家って」
どういうイメージを持たれてるの? 俺。
リビングに二人を連れてくると、朝霧先輩と水瀬が少しお互いを見合ってから俺を見る。
「えっ、友達ってこの人?」
「友達ではなく知り合いな」
今考えると別に家に連れてこずに居酒屋とかでもよかったか。
ツナとアメさんはぺこりと頭を下げて軽く挨拶をしてから、奥の部屋に引っ込んでしまう。少し配慮が足りなかったかもしれないな。
そりゃ、それほど親しくない大人がやってきて酒を飲む感じになっていたら一緒にはいにくいか。
「ヨルくん、この二人と仲良かったんだね」
「いや全く仲良くないが……? とりあえず、先輩と白木は初対面だろうし、自己紹介からするか。こっちは俺の中学生の頃の先輩の朝霧簪さんで、この人は俺に嫌がらせをするのが趣味の白木キロさんだ」
「帰り路って書いてキロです。気楽に踊り子ちゃんやキロたんって呼んでね!」
朝霧先輩は微妙そうな表情で俺を見る。
「……どういう関係?」
「イジメの被害者と加害者……? まぁ、別に親しくはない」
「えー、私と中ボスの仲じゃんか」
ほとんど話したこともないだろ。
と、考えながらも気まずいのよりかはマシかと思い、さっさとグラスと酒を取り出して机に並べる。
「とりあえず飲むかぁ」
「乾杯とかするか?」
「いらないだろ。特に何の集まりってわけでもないし。ツマミとか適当に追加で用意するから先に飲んどいてくれ」
と俺が言ってその場から立つと、近くに座っていたヒルコと目が合う。
「ヒルコはどうする? ジュースでも飲むか?」
「うん」
「無理に話に入らなくてもいいし、別の部屋にいってもいいからな。もしアレだったら、いつでも三人とも追い出すから」
俺がヒルコと話していると、演技くさい表情で拗ねたように水瀬が割って入る。
「おいヨルー。随分とその子に甘いじゃんかよー。俺とその子、どっちの方が大切なんだよ」
「ヒルコ」
「…………白木をオマケにつけた場合は?」
「ヒルコ。というか、ヒルコにそういう雑な揶揄いはやめてくれ。……これに関しては本気だからな」
「えー、あー、オッケー」
ヒルコはまだ精神的に弱っていて療養中のようなものだ。
水瀬のような都会の大気のような存在が近くにいるのはあまりよくないように思える。
ヒルコの頭をぽすぽすと撫でてからツマミを用意していると、ヒルコは無言で俺の近くに立っていた。
そのまま机の方に運ぶとついてきて、俺が座るとその隣に座った。
「何か話してたか?」
「んー、自己紹介ぐらいかな。あと、白銀の街でのことを少し」
「ああ、なるほど。……まぁ、普通に気になるよな。あそこのダンジョンマスターとかどこに行ったか不明だし」
「ちゃんと生きてるよ」
それはそうなんだろうけど……。
朝霧先輩はそこのところをどうなっているのか教えてくれないせいでなんとなく気持ち悪い。
どうやって不正魔導を倒したのかも不明だしな。…………いや、案外、そうでもないか。
「……不正魔導、あの場では俺を除けば群を抜いて強かっただろ。実際に戦ったところは見たことがないが、雰囲気からしてたぶん直接的な戦闘能力はアメさんと同程度、魔法使いなのを考えると本業の後ろの方での火力要因としてならそれ以上。……あの場で勝てるとも思えない」
「どうかな。楽しくない話しだし、別の話題にしない?」
「先輩もあまり疑われたままなのも気分悪いだろ? ……それに、不可解なところとして、そもそも先輩は殺したくはなかっただろう、俺に嫌われる可能性があるのは避けたいはずだ。加えて……仕方なくそれしか出来なかったとしても、不正魔導じゃない方を共に殺す必要はなかった。それに見せしめみたいな首吊りもおかしい。……総じて、朝霧先輩がしたには不自然だ。というか、ダンジョン内じゃ死なないのにわざわざ外に出てやってるしな」
俺の言葉に朝霧先輩はくぴりと安いチューハイを飲む。
「……うーん、じゃあ犯人は誰?」
「あの場で不正魔導を倒せる奴は不正魔導しかいないだろ」
「じゃあ、計画性を持って暴れたのに突然自殺したってこと? めちゃくちゃな推理だね」
「まぁ、白銀の街のダンジョンダンジョンマスター権限による
水瀬が珍しく真剣な表情で茶化さずに俺の方を見る。
「それで話は少し変わるが……あー、その、先輩が俺のことを好きすぎるだろう」
真剣な表情をした水瀬が、真剣な表情のまま「コイツ俺が真面目なときに限ってふざけやがる……」と呟く。
ヒルコは何故が俺のふとももをつねる。
「いや、真面目な話として俺の記憶の戻り方と朝霧先輩の記憶の戻り方に差がありすぎる。先輩にはメモ帳や多くのダンジョンマスターと知り合いというアドバンテージがあったが……それにしても、差が大きい。加えて、あの人物リストも出来が良すぎる。記憶があるとしか思えない」
「全然違う話だね」
「ああ。まぁ、つまりはだ。記憶を取り戻すにはコツがある。……いや、技能と言ってもいいか。神に奪われた記憶を取り戻す領域外技能を持っている。……で、それを不正魔導に使った。それで不正魔導が狂って仲間を殺して自殺した」
「……うーん、飛躍してるね?」
俺は頷く。
「ああ。……特になんで自殺したのかとかな。けど、朝霧先輩が元々不正魔導と知り合いだった可能性は十分にある。日本にあるダンジョンは300程度で、ダンジョンマスターと副官はその倍の600人。リストには100人超いたので、5人に1人程度は顔見知り、かつ、あの集まり自体それなりに近い場所で集まってたから、より可能性は高いだろう」
朝霧先輩の方を見て話を続ける。
「まぁ、自殺理由は……例えば「自分が大切に思っていた人がダンジョンマスターになっていた」とかか? 相手が自分のことを捨てられる程度に思っていたことを、記憶を取り戻したことで知って絶望とか。……あるいは」
あまり考えたくない、胸糞の悪い話。
「……ダンジョンが出来る以前に不正魔導と仲良くしていた人物もダンジョンマスターになっていて、記憶がない故にそうと気づかずに不正魔導が殺してしまった、とかな」
朝霧先輩は押し黙る。
「ダンジョンの初期位置は元々いた場所の近くにされるようだし、知り合いがダンジョンマスターや副官に選ばれていて近隣のダンジョンに配置されることはままあることだろう。……それから殺し合いになることも。不正魔導のボスが、その「敵」を殺すように指示することも、なんらおかしくない」
俺の言葉に朝霧先輩は口を閉じたまま何も言わない。
「大切な人と気が付かずに戦って殺していた。……それを朝霧先輩の手によって思い出さされて絶望……とかな。先輩からしたら、自分のことを思い出してもらって知己の関係であることを思い出してもらって戦いを止める程度のつもりだったのかもしれないが…………そうなった」
「……的外れかもね、その推理」
「ああ「的外れだ」じゃなくて「的外れかもね」か。つまり、先輩も答えを知らないわけだ。俺に伏せていたのは……ハッタリのためと、俺が記憶を取り戻すと多少の不都合があるからか」
……まぁ、今この場で考えついただけの可能性の話だ。
とくとく、とヒルコが俺に酒を注いで、俺はそれを飲んでから、礼を忘れていたことに気がついてヒルコに礼を言う。
「……好意的だ。私には「彼が死んだのは事故だった」不正魔導くんは「ダンジョンの被害者だった」みたいな、まるであの場に悪人がいなかったみたいな……悪者を作りたくないみたいな、そんな願望が透けて見える推測だ」
「そんなつもりはないけどな」
朝霧先輩は少し笑って、それからお酒を口にする。
「白銀の街の人がいない件はどう説明するの?」
「単に、雲隠れするにはいいタイミングだったんじゃないか? 責任を追求されるのよりも死んだふりでやり直した方がいいとか。まぁ、そこはどうでもいいよ。朝霧先輩が捜査の撹乱のために失踪を頼んだとかの可能性もあるし。……生きてるなら、まぁいいだろ」
朝霧先輩はくぴくぴとチューハイを飲む。あまり楽しくはなさそうだ。
「……なんで死んだのかは分からないよ。本当に、急だったから。けど、他は正解。わたしと彼は知り合いだったし、そういう領域外技能を持っていた、だから、うん……そうした」
彼女は目を伏せて、こくりと頷いたのだった。
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