第十話

 食事を終えて、片付けをしながら手伝おうと隣にきた先輩に向けて呟くように話す。


「割といつものことだけど、大人になってから遊ぼうと思うと割と困るな」

「あー、そうだね。普段何してるの?」

「映画見たり、ゲームしたり」

「へー、かなり時間余ってそうだけど、そんなにたくさん見てるの?」


 まあ、アメさんの訓練に付き合ったり家事もあるので……と、普段の生活を思い返すが、別に訓練も家事もそこまで長い時間をかけてやっているわけではないし、娯楽作品に費やしている時間もそこまででもない。


「あれ? 俺っていつもどんな感じで時間使ってたっけ。えーっと、昨日は、朝起きて朝食を食べて洗濯物をして訓練をして、それから……」


 ……昼寝と称してツナとベッドの上で体を触り合っていたな、実際はほとんど寝ずにベタベタするだけだ。


 そのあとはアメさんのストレッチを手伝ってベタベタして、また家事と訓練をして、寝る前にも二人と体を弄りあったりキスをして……。


 …………もしかして、俺って普段、ちっちゃい女の子の体を触るのに一番時間を使っているのか……?


 いや、まさか……と考えてここ一週間を思い出すが、かなり頻繁にツナやアメさんと抱き合ったりスキンシップをしていたように思う。


「どうしたの?」

「……コミュニケーション。そう、コミュニケーションに時間を使ってるな」


 ともかくとして、まさか先輩を相手にツナと同じようにベッドの上で体を撫で合うような行為に耽溺するわけにはいかないので、何かしらの遊びを考える必要があるだろう。


「ヨルくん、大学生のときとかは何してたの?」

「割とちゃんと勉強してたぞ。合コンとか恋とかみたいなのにはあまり関心は持てなかったから、大学でつるんでいたやつとは微妙にノリが合わなくて遊んだりはあんまり」

「あー、合コンとか行っても好みの子いないだろうしね」

「誰がロリコンだ」


 俺がいつものように突っ込むと、先輩は皿を洗う手を止めて俺の方を見る。


「えっ、いや、そうじゃなくて……そういう場で彼氏を作ろうって感じの子は好きじゃないだろうなって……」

「……ゆ、誘導尋問を受けていた……?」

「勝手に一人で思考がそっちに誘導されてただけだよ。……ほら、彼氏彼女って関係というより、恋人って感じじゃんか、ヨルくん」


 彼氏彼女も恋人も同じ意味だろうと思うが、まぁ、なんとなく言いたいことは分かる。


「まぁ……普通の飲み会とかには時々参加していたな」

「へー、お酒飲むんだ。意外だね」

「一人では飲まないけど、一緒に飲む人がいれば付き合うぐらいかな」

「じゃあ、お酒も飲む? せっかく二人とも大人になったわけだしさ」

「あー、そうするか。昼だけど」

「いーじゃん、ふたりとも無職なんだしさー」


 先輩は楽しそうに笑い、俺はそれを見て少し変わったなと思う。


 うすらと記憶にあるのはもっと気難しい感じだった。

 それなりに人と関わってきたことでなのか、それとも俺に気を使ってのことか。


「……まぁ、そうだな。無職だしな」


 そう笑い返してからリビングに移動しようとしたとき、ポケットに入れていたスマホが鳴る。

 特に気にもせずに応答すると、聞き慣れたくないが聞き慣れた声が聞こえてくる。


「うーっす、ヨル。出張でそっちの引越し先の近くにきたから寄っていいか?」

「ダメだ」


 水瀬と名乗りもしない電話を切ろうとするが、待て待て待てと引き留められる。


「ほら、変なことしないから、な? な? それに俺だけじゃなくて白木もいるからさ」

「踊り子もいるのか。むしろ会いたくなさが増したんだけど」

「なんでだよ」

「胸に手を当てて考えろよ……。というかさ、なんで一緒にいるんだ」

「ああ、最近配信の収入がないとかで、ヨルのせいで。それでウチで宣伝担当みたいにな」

「あの子、俺に嫌がらせをする以外の収入なかったの……?」


 あと俺のせいではなくないか……?


 水瀬はもちろんとして白木とも会いたくはない。……ので、本来なら了承する意味はないが……。


 なんか、その……このふたり、やたらと一緒にいないか?


 いや、まぁ趣味(俺への嫌がらせ)が一緒なのとか、仕事で一緒なのとか、まぁ理由はあるが……だとしても大人の男女の割に距離感が近いような気がする。


 変な意味ではなく、全くもって純粋な出歯亀根性でふたりの関係性が気になってしまっている。


 知り合いのゴシップとして、すごい気になるし何ならこちら側から揶揄える材料になりそうなのもいい。


 だが、それはそれとして遠くから来てくれている先輩に悪いので断るかと考えていると、朝霧先輩はツンツンと俺の袖を引き、通話に混じらないように潜めた声で尋ねる。


「お友達がくるの?」

「いや、断るよ。せっかく先輩が来てくれたわけだしな」

「えー、いいよ。ヨルくんの友達と会ってみたいしさ」

「……いや、アレを友達と思われたくないというか、一応先輩とも面識があるというか……」


 と、話していると、こちらの会話が聞こえたらしい水瀬がウキウキとした声を出す。


「おっしゃ。じゃあそっちの人もオッケーみたいだし決まりだな。どこら辺に行ったらいい? 案内してくれ」

「……いいけどさぁ。今どのあたり? ……えっ、そこ? いや、普通に遠いな。まぁ細かい場所まで伝えてないからそりゃそうだけど」


 ため息を吐いてからアメさんを見て、少し考えてからヒルコを見る。


 「先輩を見ていてくれ」と目で合図すると、ヒルコは横目で了承する。


「じゃあ迎えに行ってくるからちょっと待っといてくれ」

「んー、ヨルくん達のDPでお酒買ってもいい?」

「結構甘えてくるのな。まぁ、適当に頼む」


 車で水瀬達を迎えに行くと、出張と言っていたのにラフな格好をしている水瀬と白木が既に酒を飲んで出来上がっていた。


「おー、よるー、いえーい」

「中ボスいえーい」

「なんだそのノリ……。というか、仕事って言ってたのにそんなんで大丈夫なのかよ」

「もうまとまったから平気だぞー」

「……それに、仕事の関係なのに旅行みたいな感じなのはどうなんだ。水瀬の立場もあるし、誤解されないか?」

「誤解って? あー、愛人って思われるとかかな。中ボスのエッチマンめ」


 俺はエッチじゃない。

 出来上がってる白木と水瀬にバンバンと背中を叩かれる。


「う、うぜえ……」


 俺があまりの鬱陶しさに眉を顰めていると、俺の背中を叩こうとした白木と水瀬の手がちょうど触れ合ってしまう。


「あ……」

「ご、ごめん。どうぞ」

「い、いえ、こちらこそ。……そ、その、中ボスの背中を叩くの……好きなんですか?」


 ……人の背中で、本屋で同じ本を取ろうとして手が触れてしまうタイプのコテコテのラブコメをするな……!


 マジでなんなんだコイツら……! 増えたことによって足し算ではなく掛け算の鬱陶しさがある。


「……とりあえず、しょうもない寸劇はいいから車に乗れよ」

「おー、ほら、会社のみんなに買ったお土産もあるからこれをツマミにしようぜー」

「それは会社の人に配れよ。……というか、出張でこんなのいいのか?」

「へーきへーき。旅行もついでにしようってことで今は休暇中だ」

「出張中に有給で旅行するってルール的にセーフなのか? それ。……仮にセーフでも、男女で来ていてそれは誤解されそうだから気をつけろよ? 仲良いのはいいことだけどさ、今時コンプライアンスとか色々あってな」


 俺が呆れながらそう言うと、水瀬はきょとんとした顔で俺に言う。


「あれ、ヨルって社会人としての経験ってあったっけ」


 …………たぶん、普段とは違って悪意はないんだろうな。

 悪意はない……だからこそ、効く言葉ってあるよな。

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