第三十三話

 俺という人間は、まぁあまり褒められた人格をしていない。

 本質的には臆病で、下手に腕っ節があるせいで表面上はそう見えないだろうが、腕っ節ではどうにもならない他人の目を気にしてばかりいる。


 だから、ツナとの関係に関して堂々としていられないし、別の人に好意を持たれても拒絶しにくい。


 ……さっきのヒルコの行為は、ちゃんと叱っておかないとダメだったよなぁ。

 一応ダメだとは言ったけど、言い方が軽すぎたように思う。


 でも、まだ心は傷ついたばかりで、そんな時に強く怒るのも……たぶん、嫌な夢を見て、寂しくなって会いにきたという感じだろうし……。

 性的な目的ではないと思う。


 正直、ヒルコの立場だと同学年のアメさんや子供のツナには甘えにくいだろうから、年上の男であり事情も分かっている俺に甘えにくるのは当然だし……。


 普通に、風呂の外で話をしようと提案したらヒルコもそれに乗ってくれた可能性は高かったように思える。


 俺が異性だと意識しすぎたせいで上手くコミュニケーションが取れなかったのかもしれない。


 なんというか、いつもの人間関係における優柔不断さによってとんでもないことをしでかしてしまった感じがする。


 ……今回だけのことならいいが、ヒルコの様子からしてたぶんまたあるよなぁ。

 寂しがり屋なので、甘えるタイミングを見つけてはまた同じようなことになる気がする。


 いっそ、ヒルコも一緒に寝るようにした方がいいのだろうか。


 一人だと寂しかったり色々なことを考えてしまったりして、このような行動をとってしまったのだろうし、夜の寂しさが緩和されたら落ち着くかもしれない。


 ……いや、でも……未成年の女の子三人と同衾というのはどうなのだろうか。人として。


 ゴロリと寝転がってツナの寝顔を見る。

 ……ツナが俺をダンジョンの外に出したがらなかったのも、今となっては完全に正しい考えだったな。


 ……なんというか、申し訳ない。


 なんとなくツナの頬をぷにぷにと触ってその感触に感動していると、ツナの唇が動いて俺の指先を咥える。


 ちゅっちゅと指を吸われて、意図せず寝ているツナに変なことをしている感じになってしまった。


「……かわいいな」


 と、俺が零してしまったからか、ツナの目がうとりと開き、寝ぼけた表情のまま俺の指を唇で食む。


「ん、んんぅ……ヨルさん……? ……な、何か変なことしてました?」

「してない」

「で、ですよね。……で、では、その……わ、私は何も気が付かずにそのまま寝ていますので……」


 ツナはそう言って顔を赤らめながら目を閉じる。

 ……間違いなく、寝てるツナに変なことをしようとしたと勘違いされてる。


 ツナはチラチラと薄目を開けて俺の方を見て、パジャマの端をつまんでわざと少しお腹を見せたりする。


 スッとパジャマの裾を戻し、掛け布団をかける。


「……今は寝ているので何してもバレませんよ?」

「……しません。寝なさい」

「してた癖に……」

「してないから……ほら」


 ツナの隣で横になってぽすぽすとお腹を撫でる。


「……ツナは、俺との関係がおかしいとは思わないか?」

「んぅ? まぁ、ちゅーしかしてくれないですし、不満に思ってますけど」


 ツナは目を開けて不思議そうな顔をする。

 まぁ、ツナは俺みたいに色々と意味のないことで悩んだりしないか。


 そんなことを考えていると、ツナはきゅっと俺の手を握って、それから誤魔化すように笑いかける。


「冗談です。ヨルが何を言いたいのかぐらい、分かってます」


 ツナの口から出るとは思っていなかった言葉。暗い部屋の中で、幼い瞳が笑いかけるように俺を見つめる。


「……色々な人と、関わるようになったので。他の人の目が気になるのは、分かってしまいます。色んな人に、あまりよく思われないということも、情報としてではなく実感として分かりました」

「……ごめんな」

「いえ……ごめんなさい。「大好き」だなんて、いつもワガママを言って」


 でも、と、ツナは少し眠たげな瞳をとろりとさせながら続ける。


「正しかったと思っています。だってヨルは、私のこと大好きですから。ちょっとぐらい強引にいかないとずっと好きな気持ちを押し殺してしまいそうです」

「……そうかもな」

「あと……自分がちょっと考えが変わったりして、ヨルが不安になるのも理解出来ました。「大人になったら俺のことが好きじゃなくなるかも」って、遠慮する理由も」


 ツナは俺の身体にぎゅっと、子供が甘えるようにへばりつく。


「ヨルが私に気づかれないように、料理に細かくしたニンジンを入れてること、気づいてますよ」

「バレてたのか」

「気づいても食べられるようになりました。前はすごく苦手だったけど、嫌いじゃなくなって。好きな食べ物も増えて、以前好きだったものがそれなりになって……。だから、ヨルが不安になるのも分かったんです。私は、まだ子供だからか、移り気で」

「……ああ」

「でも、ヨルのことはずっとずっと、大好きです。安心していいです」


 よしよし、とツナが俺の頭を撫でる。

 ……いつのまにかツナも成長している。……まぁ、子供なんてそういうものか。


「……俺も、好きだよ。大好きだ」

「えへへ、お揃いです。……髪、湿気てますけど、シャワー浴びたんですか?」

「あ、あー、その風呂入った」

「どうしたんですか? 気まずそうに」


 ツナはこてりと首を傾げて……じっと俺を見る。


「……いや、その……寝汗を落とすために風呂に入っていたら、ヒルコも同じ目的で入ってきたというか……」

「…………ヨル」

「いや、聞いてくれ。違うんだ。変なこととかしてないからな」

「……変なことをしたかより、ヨルがどう思ったかが、私にとっては重要です」


 ツナは「どう思いましたか?」という視線で俺を見つめる。


「あー、いや、まぁ……その……」


 じとーっとした目を俺に向けて、それからぽかぽかと俺の胸を叩く。


「えっち、ばか」

「ご、ごめんなさい」

「そういうことしたいなら、私にしたらいいのに」

「いや……わざとじゃないし……。たぶん、ヒルコも下心なかっただろうし」

「…………いや、下心はありますよ。どう考えてもえっちな目的です」

「いや……普通に、寂しかったとかじゃないかと」


 俺がそう言うと、ツナは俺の頬をむにむにと摘まむ。


「どう考えても性欲目的です。間違いないです。普通、男の人が入ってるところに入ったりしません」

「いや、それはそうなんだけど……」

「ヒルコさんは思春期なのでそういう欲望が我慢出来ずに暴走したのだと思います」


 いや……そう……なのか?

 ヒルコは俺を性的な目で見ていた……?


 ツナはプンスカという表情で俺を見る。


「もうダメですからね。今回だけは許してあげますけど」

「ああ……うん。でも、裸を見たいとかなら、ヒルコの場合はいくらでもバレずに出来ると思うけど」

「……肌を見せたい方かもです」

「裸を見せたいとか、そんなやついないだろ……」


 俺はツナと何の話をしているのだろうか。……まぁ、普通に寂しかったからだろうから、そういう方向で対応していこうと思う。

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