第三十二話

 ヒルコとダンジョンに帰るとツナとアメさんがひょこりと出迎えてくれる。


「おかえりなさい。大丈夫そうでした?」

「あー、まぁ、結構しんどそうだけど普通に治る範囲だと思う。明日も様子を見に行くよ」

「了解です。えっと、お疲れでしょうから今日は私がご飯作りますね」


 ツナがやる気なのは嬉しいけど、普通に不安……。

 いや……まぁ、失敗してもいいんだし任せるか。どうやらアメさんも一緒にするようだし、怪我はしないだろう。


 あまり過保護すぎてもな。

 ツナとアメさんが料理をしている間に、俺も引越しのための荷物の整理をしたりしていく。


 それなりにちゃんと出来た料理を食べて、またいつものように寝るが……。

 少し、夢見が悪かった。


 内容こそ覚えていないが、ツナと喧嘩するもので……深夜に起きて、全身から汗が噴き出ていた。


 ……風呂入るか。

 シャワーでもいいけど、少しゆっくりしたいので、湯船を入れてゆっくりと浸かる。そうしていると、脱衣所の方の扉が開く音が聞こえた。


「あれ、誰か入ってる?」


 今は……たぶん二時半ぐらいだったはずだ。

 夜遅いのにヒルコも起きたのか。


「あー、すぐに出るからちょっと待ってくれ」

「ゆっくりでいいよ」


 ヒルコは耳がいいし俺の物音で起こしてしまったのだろうか。

 申し訳なく思っていると曇りガラスの先でとしゅるしゅると衣擦れの音が聞こえて、ぼやけた半透明のガラスの先に白い肌色が映る。


「……入るね」


 想像もしていなかった自体に反応が遅れてしまっていると、薄手のフェイスタオルで前を隠したヒルコがちょこちょこと小さな歩幅で入り、無表情だがほんの少し顔を赤らめさせながら椅子に座る。


 タオルの大きさは幅は30cmほどで身体の中心を隠しても横は見えてしまうほどで、長さも1mもなく、比較的背の低いヒルコの脚のほとんどは見えてしまっている。


「……どうしたの?」

「いやダメだろ……」

「何が?」

「何がって、混浴はまずいだろ……」


 せめてツナのときみたいに水着を……いや、そういう問題でもないか。視線を彷徨わせながら迷っていると、ヒルコは不思議そうにこてんと首を傾げる。


「……ヨルくんはロリコンなんだから、別に問題なくない……?」

「問題なくはないだろ……」

「あんまり待つのも嫌だし、気を使わせて早めに出てこられても申し訳ないし、ついでにお話しも出来るしさ」

「俺はこの状況でマトモに話は出来ないよ。というかロリコンじゃないからな」


 ヒルコは片手で白いタオルを抑えたまま蛇口をひねってシャワーを浴びる。白いタオルが濡れて肌に張り付いてその奥の肌の色や輪郭がハッキリ見てとれる。


 気まずさに目を逸らすと、ヒルコは俺の方を向く。


「実際、私で変な気持ちにならないでしょ?」


 いや……流石に、裸で目の前にいられたら平常心ではいられないというか……。

 だが、既に裸になっているヒルコを目の前にしてそうは言いにくく、言葉を探していると「ほらー」と自慢げに言う。


「そりゃさ、変なことになっちゃうなら不味いけど、そうじゃないなら友達とお風呂に入るようなものだよ」


 そうか。いや、そうなのか……?

 何か違うような……。ヒルコも恥ずかしいのか顔を赤くしてるし……。というか、ヒルコに好かれているものかと思っていたが……気のせいだったのだろうか。


 ……歳下の女の子の考えていること全然分からねえ。


「ヨルくんっていつからロリコンなの?」

「いや、だから、ツナが好きになっただけでロリコンじゃないんだって……」

「ツナちゃんが好きならロリコンなのでは……?」

「いや、例えば、彼女が太っている男がいたら、そいつはデブ専と言えるのか? 違うだろ。好きになった相手がそういう特徴を持っていただけなんだ」

「……いや、でもアマネのことも好きなんでしょ」

「それはそうなんだけど、別にアメさんはヒルコと同学年なわけで……」


 たぶん、ヒルコは寝汗を落としにきただけで、昨晩のうちに身体は洗っていたのだろう。

 一通り体を流し終えると、小さなタオルで前だけを隠したまま湯船の縁に座って足湯のようにする。


 一応、タオルでギリギリのところは隠されているものの、見えてはいないとまでは言い切れないような……。

 小さな身のよじりで全部見えてしまいそうなぐらいだ。


「何にしても、一緒に暮らしてたら気を使わないぐらいの方が気楽だと思う」

「気を使わないどころの話ではないような……」

「ラッキースケベみたいなものだと思って」


 偶然発生したようなものではないような……。

 ……あまり騒いでヒルコと気まずい感じになるのも嫌だし、このまま見ないようにするか。


「今日は口説き落とせなくて残念だったね」

「俺をなんだと思ってるんだ……。まぁ平気そうでよかったよ。……引っ越しは少し延期だな」


 俺の言葉を聞いたヒルコは、イタズラのように脚をあげて、ぴちゃんと俺の顔にお湯をかける。


「なんだよ……」

「今日、聞いた話とさ、似たような必殺技を持ってるようなところってあるのかな」

「さあ……まぁ、ダンジョンも多いし、神は雑だしあるんじゃないか」

「……なのに、平気そう。不安にならない?」

「別にダンジョンがなくとも、突然大地震が起きてめちゃくちゃになるかもしれないし、隕石が降ってくるかもしれないし、核戦争やら宇宙人やら。……どうしようもない終末ぐらいあるだろうしな」


 ヒルコはまたぱちゃぱちゃと脚で俺にお湯をかける。


「……黒木がおかしくなったの、少し分かる。自分の力が及ばず、届かず、自棄になるのも。……今でも憎くて、死んでいるのに殺したい人に、自分が近いことに気づく」

「似てないだろ。全然」

「……似てるよ、だから、今、こうしてる」


 冷えた声色に、思わずヒルコの方を見ると、ぱちゃっと顔にお湯が当たる。


 俺がヒルコの方を向いたからか、ヒルコは脚でお湯をかけるのをやめて、温まって赤くなった顔を俺の方へと向ける。


「ずっと寒いよ。急に大切なものがまたなくなりそうで。日を浴びても、厚着をしても、お風呂に入っても」

「……そうか。世界旅行、急がなくてもいいぞ」

「……うん」

「出ていけとは言わないからな」

「うん。ありがと。……じゃあゆっくり入るね」

「いや、風呂からは出てけよ?」


 ちゃぽん、と、ヒルコは湯船に身を沈めて、透明なお湯の中でヒルコが手で抑えている白いタオルがふわりと揺らぎながら泳ぐ。


 ヒルコが入ったことにより湯船から溢れたお湯が溢れていく。


「いてもいいって言ったから」

「風呂の話ではなく。あー、それに、ソラさんが言ってたの、本当に成功するかは微妙だぞ? リスキルし続けたらいけるって話だったけど、DPの入る量はダンジョンで死んだ人間のの強さによるだろ、リスキルされまくって絶望して無抵抗になった奴らが最初と同じ強さとして扱われるとは限らない」


 案外呆気なく連鎖が止まる可能性はある。

 それに……そもそもダンジョンのシステムを運営している神の力不足で出来ないという可能性もある話だ。


 あくまでもソラさんの概算であって、試してみたら案外出来ないという可能性はある。


 ヒルコの脚が俺の脚に触れる。


「……ヨルくんってダンジョンで死んだことある?」

「いや……ないな」

「……死なないのとか、怪我が治るのとか、治癒魔法とは違う感触がするというか。そういうのを食べられているような感じがするの」

「食べられてる? 何を」

「なんというか「死」を食べられてる、みたいな。回復するとかとは、ちょっと違う感じがする」


 初めてそんな話を聞くが……ヒルコの感覚は何よりも信用出来る。


「……死を食べる、なぁ」

「人間とは逆だね。……羨ましいよね」


 そうだろうか。

 ……それよりも俺はこの状況をどうするべきなんだろうか。ヒルコは少しずつ遠慮がなくなって脚を伸ばしてくる。


 立ち上がって風呂場から逃げるのも、現状少しまずい。


 どうしたものかと悩んでいると、ヒルコの脚がまた伸びてきて俺に触れてからビクッと反応してから戻り、湯船の中で縮こまる。


 それからヒルコは慌てて立ち上がり、タオルを抑えながら逃げるように脱衣所の扉を開ける。


「ま……また入ろうね」

「勘弁してくれ……」


 ……ヒルコは何を考えてるの全然分からないな。


 ヒルコは突然の崩壊を恐れているけど、俺は人間関係の方が怖いよ。

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