第三十一話

「神さまはきっとさ、人よりも多少優れているだけで全知でも全能でもないんだろうね」


 ソラさんはベッドの上でポツリとこぼす。


「…………私って、結構信心深くてさ。助けてほしいって、毎日祈ってた。特別不幸ってわけじゃないことを知ってたのに」


 ヒルコの目は同意するように微かに揺れる。


「神さまに選ばれて、珍しくはしゃいじゃったのに、全然状況は変わらなくて。夢を掴んだはずなのに、実態は思っていたのと違って」

「……まぁ、よくある話だな。五月病だろ、ただの」


 俺の言葉を聞いたソラさんは「優しいね」なんて笑う。人の悩みを吐き捨てるような言葉だったのに。


「苦しいのは減ったけど、不幸じゃないから幸せ……なんて、当然のことに最近気がついて。結局、捨ててばかりだと幸せにはなれないのかもね。……私のことを助けたいって思ってくれる人すら、捨てて」


 いや……流石に大勢死人が出たり、治安が極端に悪化するようなことになれば討ちにいく必要が出てくるのでソラさんの選択は身を守るという意味でも正しかっただろうが……。

 そういう後悔ではないか。


 本当に弱っているんだな。まぁ、見たら分かるほどの高熱だし当然だろうか。


「……ダンジョンマスターになんて、なるんじゃなかった」


 ヒルコは黙ったままソラさんの手を握って、少し微笑む。


「自分のした選択まで、切り捨てる必要はないと思います」

「……というか、色々言ってるけど喧嘩して出て行っただけだろ? それに元々そこまで家に寄りつくタイプでもない男みたいだし、しばらくしたら戻ってくるんじゃないか?」


 なんだかんだ言っても、痴話喧嘩の亜種みたいなもののようだし、案外あっさり帰ってきてもおかしくない。


「そ、そういうものなの? 男の人って」

「いや……揉めたって言っても、ソラさんの身を案じてのことだろ? 普通に頭が冷えたら戻ってくると思う」


 ソラさんは少しだけ心が軽くなったように「そっかぁ」と口にする。


 ……結局、痴話喧嘩をしたところで風邪を引いてしまって参ったというだけのことなのだろう。


 心配して損した……とまではいかないが、半ば惚気を聞かされただけのような感覚がある。


「それにしても……世界を滅ぼす方法があるなんて無茶苦茶だな」

「その点に関してはヨルくんに言われたくないよ」

「俺って世界滅ぼせると思われてるの……? まぁ、でも、そうだな。誰もが少しずつ、何もかもを無茶苦茶にする力を持っているけど、その選択をせずにみんなで守っているのが世界というものなのかもな」

「いやそういう道徳的な話ではなくてパワーの話で」


 そこまでパワフルではない。


「ソラさんが精神的にここまで参るなんてな。そこまでのやつなのか?」

「有馬くんのこと? んー、どうかな。ダンジョンマスターとか副官とかに選ばれる下限ぐらいだと思うよ。特技も賭け事が得意ってぐらいだし。……まあ、けど、なんて言うかさ、自分の方が強くても、守ってもらいたくなるときってあるからさ」

「あるかぁ?」


 ヒルコの方を見るとなんとなく分かっていそうな表情を浮かべていた。

 そんなものだろうか。


「案外さ、神様の目的もそれなのかもね」

「それって?」

「守ってくれる人が欲しいみたいなさ。そうでもないと、説明つかないでしょ。これだけの力があるのに、わざわざ人にやらせる理由なんてないだろうしさ」

「そんな婚活みたいな……」

「でも、ほら、ダンジョンって攻略する側も、マスター側もなんか恋愛関係みたいなの生まれがちだしさ」

「……否応なしに接触が増えるのは確かだけども。それにしても血生臭すぎるだろ、もっとやり方あるだろ、なんか」

「こうする理由があるんじゃない? 人が倒れないとDPが手に入らないとか。まぁ、そうじゃなくてもさ、たぶん、守ってくれる人が欲しいのはさ、みんな一緒だと思うよ」


 人が倒れたらDPが手に入るのも……あれってあれでエネルギーが発生しているだけではなく報酬的に渡されているだけなのではないだろうか。


 死ぬところを回復させて外に追い出したらエネルギーが手に入るというのは何か変な感じがするし。


 いや、まぁ……人智を遥かに越える存在の理屈など分かるはずもないけど。


「ごほっ……」

「平気か? 話しすぎたな」

「ん、ごめんね。……ありがと、もう平気だよ」


 薬で熱が下がってるだけだと思うが……。

 ツナやアメさんも心配だし帰るか。アメさんは料理以外の家事は卒なくこなす家庭的なところがあるけど、趣味がダンジョンで辻斬りなので若干不安になる。


「まぁ、一回帰るか。明日も様子見に来るけど、何か欲しいものとかあるか?」

「いいよ。平気」


 それは来なくてもいいという意味か、それとも必要なものはないという意味か。


 確かめたら、来なくてもいいと答えられそうだから黙っとくか。

 たぶん、ソラさんもそうしてほしいからぼかした言い方をしたのだろうし。


 立ち上がって帰ろうとしたところで、ソラさんに引き止められて、何かの鍵を渡される。


「反対側の端っこに勝手口があるから、そこから出たら、その鍵で締めといて」

「……あー、了解」


 そういう意図ではないだろうが、合鍵か……ヒルコに手渡して、スッと布団を直してから立ち上がる。


「食欲ないだろうけど、なんか食べろよ? 身体は冷やさないようにな。……あー、いや、あんまりとやかく言うもんでもないか」

「ふふ、ありがと」


 廊下に出て、言われた道を進むとエレベーターがあり、乗ると民家のような場所の中に出る。


 普段はこっちで過ごしているのか? と思ったが、こちらもこちらで生活感がない。

 よく分からない人だな……ソラさんは。


 まぁでも、風邪引いたら弱るところは人間味があったな。


「……ヨルくん」

「ん、どうした?」

「ダンジョンが出来てから始めてマトモな人と話した気がする」


 ヒルコは感動したように言う。……うん、まぁ、分かるよ。分かるんだけど、俺のこともマトモじゃない判定になってない?

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