第三十話

 ……風邪も拗らせれば死ぬことがあるしな。

 ダンジョンの中で病死したらどうなるのかもよく分からない。


 死んでも復活すると言っても、例えば虫歯が治るわけでもなければ、昔からない腕が生えてきたり風邪が治るわけでもない。


 治癒魔法も同様で、どういう基準かは不明だが……何でもかんでもいい感じに治せるわけではない。


「……心配だし看病するけど、四人だと手狭だし、ダンジョンを放置もしておけないからな」

「えっと、誰が残りますか?」


 まぁ……看病とか出来なさそうなアメさんは戻ってもらうとして、ツナとヒルコの二人に任せるのは帰り道に何かあったとき危ないのでダメだから……。


「俺と……まぁツナかな」


 と、俺が言うとツナは少し迷ってから首を横に振る。


「えっと、本音を言うと片時も離れたくはないですし、ソラさんも心配ですけど……。私がいたら裏がありそうに感じてソラさんも落ち着かないでしょうし、やらないとダメなこともあるので」


 …………ツナが……俺から離れる!?

 ソラさんの迷惑を考えてのことだろうが……えっ、俺なにか変なことをしたか……? してないよな。……いや、いつもしてるけど……!


 と、混乱してから自分の誕生日がそれなりに近いことを思い出す。


 ……なるほど。


「あー、じゃあ、流石に女性の家に俺ひとりなのは不味いからヒルコも残っておいてもらえるか?」

「…………別に不味くはなくない?」


 …………別に不味くはなくない!?

 いや、不味いだろ。どう考えても歳の若い男女が二人なのは健全ではないだろう。


 だが感じる、ヒルコからの厚い信頼。

 ……やっぱり、誠実を心掛けてきたからだろう。

 個人的にはあまり誠実になれていない気がするけど、ヒルコは評価してくれているのだろう。


「ヨルくん、どうしようもないロリコンだし……」

「……ああ、うん。そういう……。まぁ、でもちょっと残っていて、俺は変な気にならなくても、ソラさんからしたら気まずいかもだし」


 ソラさんの様子を見ておくのをヒルコに任せて、アメさんとツナをダンジョンの外まで送り、ついでに近くのスーパーで適当に買い物をしてから戻る。


 ダンジョン内の移動でそれなりに時間がかかったからか、ソラさんはまた目を覚ましてぼーっとしていた。


「ぁ……ヨルくん」

「ズカズカ入り込んで悪いな。ああ、台所借りていいか? うどんとか雑炊なら食えるか?」

「……みかんのゼリー」

「買ってこいと……? あー、フルーツが色々入ってるのなら買っといたからそれでいいか?」


 ソラさんは熱に浮かされてぼーっとした様子で俺からゼリーを受け取り、思い出したように「隣の部屋にキッチンがあるから」と口にする。


 ああ、スプーンね。とそっちに行ってからコップとスプーンを取って部屋に戻る。


 もぐもぐと食べている姿はぼーっとしているものの辛そうで、普段の様子とは違って見える。


「……一応、薬買ってきたんだけど……そもそも風邪なのか? ソラさん、ほとんどダンジョンから出てないだろ。ウィルス性のものじゃないんじゃ……」

「あー、この前、ウチの副官が風邪で寝込んでたから、それかなぁ」

「……風邪移しといてどっか行ったのか」

「移ってることを知ってたら、流石に治るまではいてくれたよ」


 ……まぁ、会ったこともない奴なので悪く言うものでもないか。


「それに、この子……」

「闇の暗殺者です」

「闇の暗殺者がいてくれたから平気だよ。……えっ、闇の暗殺者が枕元にずっといたの?」


 あまり食欲はなさそうだが、一応ゼリーを食べてスポーツドリンクを飲んで少しだけ表情がマシになった。


「ほら、薬飲んでまた寝てろよ」

「いや……でも、せっかくきてくれたのに、悪いしさ」

「気にしなくていい」


 ソラさんは弱った笑顔で俺に笑いかける。


「それに、また寝て、起きたときに誰もいないのは……ちょっと、寂しくて」

「……帰りにくくなるな。はあ……起きていてもいいけど、でも、大人しくしてろよ」


 ソラさんはコクリと頷いてぼーっと俺たちを見てから小さく口を開く。


「仲良くて、いいね」

「……見たこともないけど、仲悪かったのか? てっきり、ダンジョンマスターと副官は相性がいいのが選ばれるのかと思っていたけど」

「んー、そもそも、私と相性がいい人はいないよ」


 そんなことはないだろ……。と、思ったが、まぁ今の弱っているソラさんはまた別としても、普段の彼女は他者を必要としている様子がない。


 そういう意味では相性のいい相手は少ないのかもしれない。


「……どんなやつだったんだ」

「……彼は、子供好きな人だったよ。「子供には未来と希望がある」って、よく言ってたっけ」


 ……俺と同じだな。


「ヨルくん「俺と同じだな」みたいな顔してるけど全然方向性が違うと思うよ」


 ヒルコさん、心読んでツッコミ入れるのやめて。


「他にも「大人になっても大抵つまらないやつになるのに希望に溢れてるの不思議だよな……。子供ってアレだよな。レアの封入率の低いガチャほど射倖心煽られるのと同じ現象が発生してる」って……言ってたっけ」

「子供が好きな理由がカスのそれなんだよな」

「ああ「子供、射倖心ジャブジャブ」ってよく言ってたっけ……」

「子供の将来をソシャゲのガチャ扱いするな。……子供好きという情報からここまで好感度下げれるんだ」


 ヒルコが「そこに関してはヨルくんは何も言えないのでは……」という表情を向けてくる。

 自覚してるからやめてほしい。


「……まぁ俺からの好感度は最悪になってるけど、ソラさんは別に嫌いじゃないんだろ。なんで出て行ったんだ」

「ダンジョン性の違いでね」

「そんなミュージシャンみたいなノリなんだ」


 ソラさんは飲み物を口にしてから、吐き出すように口を開く。


「ウチのダンジョンには奥の手……というか、だいぶアレな必殺技があってね」

「必殺技……?」


 必殺技という語感に誘われたヒルコが少し食いつき、ソラさんが赤い顔を苦笑させて頷く。


「ダンジョンによって、高いものと安いもので結構差があるでしょ? ウチの場合は大抵のものが高いんだけど、ダンジョンの地殻変動に関しては激安でね」

「……あー」


 極夜の草原の巨大ゴーレムもどきのようなものか。あそこも広さが売りのダンジョンなので性質としてはそれなりに近いのだろう。


 そう考えていると信じられない言葉がソラさんから続けられる。


「例えば東京の地下に、突然地盤がなくなったら、大穴が開いて、みんな落っこちるでしょ。で、その落ちた先にあるダンジョンで死んだら、DPがたくさん手に入って、地盤が無くなったらリスポーン位置も変わるけど、また手に入ったDPで地盤をぶっ壊せば……。って感じで、日本を丸ごと沈めて、全部DPに変換することが出来るんだ」

「…………いや、それは……本当か?」

「うん。まぁもちろん全員死んじゃうだろうけど。DPは膨大になるから、あとは海外にも伸ばして大都市から順にやっていけば、全部水の底に沈むけど、ルール上の勝利は出来るだろうね」


 いや……それは……。

 ない、と、言い切れない。


 それほどまでにこのダンジョンやら神は大雑把だ。


「まあ、日本を沈めるのはまた別としても、私の副官だった有馬くんは「身の安全を守るためには」都市部の一部ぐらいはって、直接の死人は出ないしね」


 いや……直接は死ななくとも、突然都市部が潰れたら機能不全でとんでもないことになるだろう。


「……彼としては、力を手に入れて私を助けたかったんだと思う。けど、私は受け入れられなくて」

「…………かなりやばい奥の手だと思うんだけど、話してよかったのか?」

「……うん。まぁ、しないからね。平気だよ」


 ……まぁ、そうなんだろうけど。

 とんでもないな……このダンジョンの奥の手も、それを実行しようとした副官のやつも。


 地面ごと無理矢理ダンジョンに引き込んで落下死でリスキルしまくるか……。無茶苦茶だな。

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