第二十九話
高い知性を誇る我々は、スフィンクスの試練を通過し、ダンジョンの中にあるピラミッドの中に入って中を歩いて進む。
「……ウチのダンジョンの近くなのにあんまり荒れてる様子がないな」
「まぁ、基本的に目的のダンジョン以外にはそこまでいかないものですし。それに、うちのダンジョンはヘビーユーザーが多いだけで人数自体はそこまででもないですよ。あと探索者ではない人も多いですし」
「探索者じゃない人も多い場所はもはやダンジョンじゃなくてレジャー施設だろ」
まぁ、さほど迷惑をかけていないのはよかった。
「それなりに世話になってるしなぁ。……いや、あんまりなってない気もするような」
「直接は分からなくても、他の近隣のダンジョンと揉めずにいられてるのはソラさんの人徳のおかげですよ」
前々から思っていたが、ツナはソラさんを結構高く評価しているよな。
まぁ、彼女のような我欲のない調整役のリーダーというのはある種理想的なものだ。
一致団結して、だとか、まとまって行動する、というようなものには向いていないかもしれないが、ふんわりと敵対しないようにするだけなら最高と言ってもいいだろう。
そもそもツナはなんだかんだと他人を高く評価するところがあるので特別というわけでもないか。
何にせよ、ツナが仲良く出来ている人がいるのはいいことだ。
そう思いながら進んで居住区に入り、いつもの会議室を訪ねるがソラさんの姿はない。
「……あれ、珍しいな。ソラさんが遅刻なんて」
「いつものスフィンクス以外のモンスターには襲われなかったので、ちゃんと私達がくるってモンスターには伝えているはずなんですけど……。少し席を外したんですかね」
なんでスフィンクスは命令を無視して襲ってくるんだろうか。
ポケットからスマホを取り出して時間を確認すると約束の三分前……少し待つか。
会議室のパイプ椅子に腰掛けて、ふと、冷房が効いていないことに気がつく。
ソラさんは四六時中何もない会議室でぼーっとしている謎の人なので冷暖房はしっかりしているはずだが……。
少ししてもやってこず、眉を顰めながら口を開く。
「何かあったのか? 特に連絡もきてないよな」
「はい。うーん、忘れてるかもしれないですね。ちょっと連絡を入れてみます」
ツナがぽちぽちとスマホを弄って呼び出しを待つが反応がない。
不思議そうにツナは首を傾げる。
争った形跡はなかった。だけど、少し心配にはなるな。
「……病気で倒れている可能性もある。少し見てくるか」
「そうですね。……ちょっと申し訳ないですが」
会議室を出て、オフィスの廊下のような場所を歩く。
こういう、ダンジョンの中の居住区画は本当に性格が出る。
ウチの場合は家で、みなものところは旅館だった、古いダンジョンのやつは座敷牢。
ツナは人並みの生活や人肌に飢えていて、みなもは多分のんびりと過ごすのが好きなのだろう。昔のダンジョンのやつはそこしか知らなかった。
……人もいないダンジョンの中に、たくさんの人間が働けるような設計のオフィスを再現する意味なんて何があるのだろうか。
道も分からないので、適当に歩いて扉があったら開いてと繰り返すが、誰もいない真新しい様子のオフィスがあるだけだ。
「……うーん、いないですね。それにしても……こんなにパソコンを買って意味があるのでしょうか」
「何かあるんじゃないか? こだわりとか」
年齢を考えると俺よりも少し上程度なので、あまり社会人として長いわけでもないだろうから謎だけど……。
「うーん、いませんね。モンスターのいない居住区なのにやたら広いですし……。生活感がないです」
ツナは困ったように首を傾げて、それから俺の方をチラリと見る。
「会社のオフィスって寝泊まりするようなところってないんですか?」
「宿直室とか、あるところはありそうだが……。俺自身そんなに詳しくないし、会社によっても変わるだろうしなぁ」
「うーん、でも、ヨルは会社には詳しくなくても女の子には詳しいですし」
「そっちはもっとよく分からないよ……。まぁ、多分、端の方だろうな。人が大勢いる想定だろうし。ヒルコ、人の気配とかないか?」
「……空調の音がうるさくて分からないかな。……匂いも薄いし。ひとりの匂いしかないから人が来て喧嘩したみたいなこともないと思う」
少なくとも近くにはいないか。
揉め事でやられた可能性が低いならまぁ安心出来るか。
「……あれ、一人?」
「うん。犬とかじゃないから、昔のは分からないけど最近通ってるのは若い女の人が一人かな」
「そこまで分かるんですね……。私はヨルの匂いしか分からないです」
「ヨル臭があると仕方ないよ」
「……えっ、俺ってそんなに体臭きついの……? というか、それよりも、一人って……」
ダンジョンマスターなんだから、当然副官がいるはずで……。いや、まぁダンジョンマスターとは違って別に縛られているわけではないが。
少し歩いて、ヒルコがぴくりと動いて端の扉を指差す。
「誰かいる」
その扉の前に行き、軽くノックしてから扉を開ける。
シンプルな部屋だ。狭く、ベッドと机と椅子と冷蔵庫ぐらいしかものがなく、冷蔵庫がなければ独房か何かのように見えたことだろう。
そのベッドやら何やらも属人性を感じられないもので……なんというか、自分が住むためのものとして選んだ感じがしない。
仕事でどうでもいい他者の部屋を作ったような、殺風景な……。
そんな簡素な部屋で、ソラさんはうなされていた。
どこで売っているんだとばかりの簡素な寝巻きで顔を苦痛に歪ませて赤らめている。
「……あー」
どう見ても風邪である。
これで寝込んでいたから反応がなかったのか……。と、考えていると俺たちが入ってきた音のせいか、苦しそうにソラさんの目が開いて「うあ……」とうめき声と共に目を開ける。
瞳の端に溜まった涙を拭ったソラさんと目が合い、数秒。
「う、うわぁ!? ど、どど、どうしたの……」
「ああ、いや……時間になってもいなかったのと、連絡しても反応がなかったから、平気かと心配になって」
「あ……えっ、ご、ごめん」
ソラさんはもぞりと動いて枕元に置いてあったスマホを見て「あちゃー」と声を上げる。
「……えっと、起きなくても平気ですよ。そこまで大切な用事でもないですし。すぐに退散しますから。えっと……あれ、副官の方はいないんですか?」
ツナが尋ねるとソラさんはつらそうにしながら首を横に振る。……風邪で、だよな、辛そうなのは。
すぐにまた眠ってしまったソラさんを見て、頬を掻く。
三人の方を見て、まぁみんなそれぞれ心配はしているようだ。
パッと見でもかなり辛そうなのは見て分かるし、一人きりなのは……放っておけないよな。
……勝手にしたことは後で謝るとして、看病ぐらいするか。
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