第三十四話

 朝になり、朝食の用意をしていると申し訳なさそうな表情のツナがキッチンの方までやってくる。


「……ヨル。非常に、非常に申し訳ないんですけど……誕生日プレゼント、大したものを渡せないかもしれません」

「えっ、ああ、まぁなんでもいいというか、一緒にいてくれるだけで充分だぞ」


 というか、まだそれなりに日にちがあるのに用意出来ないって……。何を渡すつもりだったんだ?


 ツナは悔しそうに拳を握る。


「ヨルが大好きな催眠アプリの開発が上手くいかなくて……。申し訳ないです……」

「誕生日プレゼントに催眠アプリはやめろ。……というか、俺が催眠アプリが好きという誤解まだ解けてなかったの……?」

「ヨルの「夢」を叶えてあげたかったです……!」

「俺の夢ってそんな不純なものだと思われているんだ……」

「でも、お好きでしょう?」

「いや、嫌いじゃないけど……。ツナを道具で無理矢理言うこと聞かせるのはちょっと……」


 倫理観というか、道徳心というか……。仮にそれらを加味しなくても、拒否感が強い。


「わ、私に使うつもりなんですね。……ダンジョンの力を使えば作れると思ったんですけど、甘かったです」

「いや、そりゃな……」

「副産物のエッチなことが分かるスカウター機能のある眼鏡なら出来たんですが……」

「エッチなことが分かるスカウター機能のある眼鏡!?」

「あ、はい。……いや大したものじゃないですよ? 催眠するために相手の情報を知る必要があったのでそのデータを収集するというだけの機能です。簡単に言うと、魔術的なアレで対象の脳波や瞳孔の大きさ、血流の流れなどから相手がどれぐらいエッチな気持ちになっているかを測定するというもので……。ちゃんとしたテストをしていないので精度や信頼性はかなり微妙です」


 ツナは不思議そうな表情でこてりと首を傾げる。


「興味ありますか?」

「うぇっ!? い、いや……まぁ、ほら、単純に、すごい技術だなと。エロ目的ではなく、学術的にな。あくまで学問として」

「んぅ、元々人間が発情したらどういう反応するかは知られていますし、計測機器を魔法で小型、遠隔、高速化しただけなので大したものではないですよ。私がしなくても数年もしたら実用化されてるレベルのものです」

「エッチなことが分かるスカウター機能付きの眼鏡が実用化される未来は嫌だな……」

「いえ、医療機器として簡易的な検査に使われるという意味です」


 ああ、そういう……と、考えていると、ツナからじとーっとした目で見られる。


 ……開発に数年もかかるようなものは、現実的には実現不可能だろうな。

 数年もこの社会は成り立たないだろう。


「興味あるようですし、とりあえず持ってきますね」


 ツナはとててて、と走って部屋に向かい、眼鏡を待って戻ってくる。

 一見何の変哲もない眼鏡だが……と思いながらかけてツナの方を見る。


「ま、迷わず私の方を……。ん、んぅ、いいですけど」

「あ、ごめん。……36.7?」

「それは体温測定モードですね。右耳の後ろのところを捻るとモードを変えられます」

「普通に便利そうな機能もついてる……。というか平熱高いな」


 むしろ発情測定機能がない方が使いやすそう……。もう少ししたらソラさんの様子を見に行く予定だけど、そのメインの機能がなければ便利グッズとして持っていけそうだし。


 と言いながらも好奇心からモードの切り替えをすると、ツナの横に数字が出る。


「……9って出てるけど、これ、何段階評価?」

「0から100までですね。んぅ……説明するのも照れるのですが、9は普通のリラックス状態ぐらいです」


 普通のリラックス状態か……いや、まぁそういうものか。

 別に変な空気になってないしな。


「異性の仕草や部位に反応すると30前後ぐらいで、50ぐらいでエッチな気持ちになっていて、70で目の前のものに夢中、90を超えると興奮で頭がちゃんと回ってない感じです。ちなみにヨルさんを測定したときは60を下回ったことがないです」

「たぶん壊れてるよ、それ。……悪用とかあるかもしれないからこの機能は外して便利な体温計にした方がいいと思う」


 というか勝手に測定するなよ……。と言いながら眼鏡を外そうとしたとき、扉が開いてそちらの方を見てしまう。


 昨夜の出来事のせいで眠れていなかったのか、くしくしと眠たそうにしているヒルコと目が合う。


「あ、ヒルコさん、おはようございます」

「お、おはよう」

「……おはよう」


 76……? 見間違いかと思ってもう一度ヒルコの方を見ると77という数字が見える。


「ふ、増えてる……」

「何が? というか、なんで眼鏡かけてるの?」


 ヒルコはいつもとそこまで変わらない表情で首を傾げるが、そこには堂々と78という数字が浮かんでいた。


「いや、ツナが作ったおもちゃというか、なんというか……」

「エッチなことが分かるスカウター機能付きの眼鏡です」

「へー………え、えぇっ!? や、やめてよ」

「い、いや……ちゃんとテストとかしてない信頼性に問題があるやつだから」


 と言っていると、ヒルコの近くに浮く数字がどんどん上がっていき、85まで到達する。

 何故……見られていると分かると上がるんだ……。


「えっと、ど、どんなことが分かるの?」

「どれぐらいエッチなことを考えているかですね。でも、サンプル数が少なすぎて精度が微妙なのは確かです」

「へ、へー」


 チラチラとヒルコがこちらを見て恥じらうように目を伏せる。……数字が微増していっている。


「……ツナ、これ、壊れてるよ。なんかやたらと高い数字が出るし」

「むむう……失敗しましたか」

「朝から変なことに巻き込んでごめんな」


 そう言いながら眼鏡を外すと、ツナがそれを受け取って部屋に戻っていく。


「……か、考えてないから、エッチなこと。昨夜のことも、全然意識してないから」

「ああ、うん。朝飯……パンとご飯、どっちがいい?」

「……パン。……本当だからね?」

「分かってるって」


 たぶんアメさんはご飯だろうし、ご飯に合うものも用意しとくか……と考えていると、ヒルコは俺の隣に着て水を注ぐ。


「……ヨルくんは、その、意識……した?」


 ヒルコは下から見上げるように、けれども恥ずかしいからか目線だけを上げるような形で俺を見つめる。


 赤らんだ頬と、所在なさげにもじもじと動く手先。


 ……せ、正解が分からない。


 意識していると答えたらこれからの共同生活が気まずくなるし、意識していないと答えたらまた昨夜みたいなことが発生してしまうかもしれない。


「……ヨルくん?」

「……いや、まあ、ヒルコは今は気にしなくても、将来的に「あれは良くなかったな」と思うときがくるかもしれないから、やめといた方がいいと思う」

「……なんか子供に言い聞かせるときみたい。キヅナちゃんのときの言い訳を流用してない?」

「……してない。たぶん」


 ヒルコの目から逃げながら朝食の用意をする。

 今日の予定はソラさんの様子を見にいくぐらいか、ツナが俺の誕生日プレゼント用に変なものを用意しないように早めに帰りたいな。


 ……いや、ツナを連れていったら平気か。

 本当に様子を見るだけだし、もしも体調が悪化していたらツナがいた方が色々といいだろう。

 ダンジョンはアメさんとヒルコがいたら大丈夫だろうし。


「そう言えば……今日、アメさん遅いな」

「あ、そうだね」

「昨日は普通にグッスリ寝ていたけど……。最近、辻斬りを頑張ってるから疲れてるのかな。……少し労った方がいいか」

「私も手伝った方がいいかな」

「いや……ヒルコはエンタメ性に欠けるというか……パーティメンバーがひとりひとり音もなく消えるというホラージャンルになるから……」


 あと普通に見つかったときが危ない。

 直接的な戦闘に関しては素人で、正面からぶつかればウチにくるような探索者には太刀打ち出来ないだろう。


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