番外編:朝霧簪

「頭がおかしくなるだろ、神なんていたら。……というか、頭がおかしくならないやつの頭がおかしい」


 彼は「結局みんな頭がおかしいんだ」とばかりの言葉を口にして、それからサイコロを振る。


「1と6か。この世はたくさんの乱数がある。適当にサイコロを振るのもそのひとつ……ランダムだから、スゴロクは楽しいんだ。仮に、好きな数字を言ってコマを進める遊びならスゴロクはつまらないだろう」


 彼は何度も何度も、つまらなさそうにサイコロを振り、サイコロの出目の数だけコマを動かしていく。


「けど、実際のところ、サイコロはランダムじゃない。この世にあるものなんだから、物理法則に則って、重さやら力やら熱やら電気やら……まぁ詳しいことなんか知らないけど、完全に同条件で完全に同様の振り方をしたら同じ目が出るわけだ」


 彼はコマを進めながら、飽きたように欠伸をする。


「んで、人間に関しても同じだ。所詮は脳やらなんやらなんて電気信号でしかないし、もっと言えば全ての原子やらもっと細かい何かやらの物質が完全に同一であればそれは同一の考えを持って行動するだろう。というか、人間に限らず全てのものがそうだ」


 息を吐く。


「人間の命は何よりも尊いってのは、人間に口が聞けるやつが人間しかいなかったのと、命を取り戻すことが出来なかったのと、人間がそれなりに強いからだ」


 サイコロを振って、サイコロを振る。


「神って奴がいたら、全部崩れる。自分と同じ存在がたくさん作れるなら、かけがえのない命じゃなくてかけがえのある命になるからな」


 彼は缶チューハイをくぴりと飲んで、ぷはぁと息を吐く。酒にはあまり強くないのか、大した量を飲んでいないのにもう少し酔っているように見える。


「今まで「かけがえのないもの」だったはずの自分や他者が売って買える程度のものになったなら、それを一瞬で理解させられれば、そりゃ、狂う。狂うのが正解だ」

「その言い方だと、君もおかしくなっているようだけど」

「そう言ってるだろ。神と会ったやつはみんなそれなりに狂っている。……お前もな、朝霧簪」


 男の目が私の方を向き「ふん」と気に入らなさそうに鼻を鳴らす。


「つまらないね。全員が全員でもないよ。私の好きな人は、たぶんさ「うーん、面倒になるなら神様斬れば良くない?」ぐらいに軽く考えてるよ。実際、たぶん出来るから」


 彼は少し考えてからまた気だるそうにサイコロを振る。


「彼氏の凄さでイキる女。なんか先輩の彼氏が出来て同級生の男子に偉そうになる女みたいで嫌だな……」

「ごめん」

「いいよ。それってアイツだろ、中ボス。会ったことないけど苦手なんだよなぁ」

「えっ、なんで? 優しいし、強いよ」

「男からしたら他の男が強くて優しいってのはあんまり気分いいもんじゃないだろ。守られたいなんて思っちゃねえしな」

「そういうものかな」

「そういうもんだ。俺からしたら、他人の優れたところなんて気に食わないところでしかない」


 サイコロを振り、コマのひとつがゴールに辿り着く。男の人は満足そうに笑ってから私に顔を向ける。


「ひとりでサイコロを振って楽しいの?」

「そりゃ楽しくねえよ。いやさ、サイコロの試験をしていてな」

「サイコロの?」

「そうそう。……このサイコロはDPで買ったものなんだけどさ、どれぐらいの精度だと思う?」


 サイコロはどうしても多少の重心のズレのせいで、若干だけ出やすい数字と出にくい数字が出来てしまうものだ。

 高いものほど全ての目が六分の一に近づいていくものだけど……。


「……市販品と同じぐらい?」

「それがな、普通に売ってるようなものよりも遥かに精度がいいんだ。個人で検証したレベルだが、ほぼ正確なんだよ。あと、このポテトチップスもさ、チーズが付いてるんだけど市販のやつよりも偏りがすくないんだよな」

「へえ……まぁ、神様が作るものだからかな」


 男はへらりと笑う。


「本当に愚かだよな。サイコロなんてちょっとぐらい偏ってた方が盛り上がるし、ポテトチップスもチーズが偏ってた方が美味いのに」


 ポテトチップスの袋を開けて男の人は「食うか?」私に向けるが手を振って拒否をする。


「それで……朝霧簪は、神様を倒したいと」

「うん。まだどこにいるかも不明だし、倒せる存在かも分からないけどね。でも、まぁ、このままだといつ世界が終わってもおかしくないし」


 男の人はため息を吐く。


「本音は? どうせ、さっきの話でも出た中ボスがほしいからとかだろ?」

「……それもあるけどさ、現実の話、どうにかしないとダメじゃんか」

「俺はめちゃくちゃになっても楽しいしなぁ。というか、アレを相手にして勝てる見込みがないだろ」


 ポテトチップスをパリパリと食べて、つまらなさそうにスゴロクを片付けていく。


「あるよ、倒す方法。実際に会えたら、たぶん、無理じゃない」

「……ふーん、で、神がいなくなったらどうなるんだ?」

「そこは追って調べないとね。そもそも、倒さないとダメとも限らないし、説得や交渉が出来たらそれが一番いいし」

「……神を見つけるための方法はあるのか?」

「ん、目処は立ててるよ」

「ふーん……ま、いいか。長いものに巻かれるのは悪くないし、わざわざスカウトしにきたのは気分がいい」


 男の人は立ち上がり、ボリボリと頭を掻いてこの場所を後にする。


「……神様なんていなければ、ダンジョンなんてなければ、ヨルくんは私のもののままだったはずなのに」


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