第三十五話
翌日、朝食を食べ終えてアメさんとの朝稽古とシャワーを終えたあと。
時計を見て口を開く。
「そろそろソラさんの様子を見にいくけど、誰か一緒に行きたいか?」
たぶん、ツナがついて来るだろうなと予想しながら声をかけると、意外なことに手を挙げたのはアメさんだけだった。
……ショックを……ショックを受けるな。俺。
「ツナは来ないのか?」
「んぅ実は……いや、これはまだ語るべきときではない」
「思わせぶりなことを……」
まぁおおよそ俺の誕生日のことだろう。別に祝う必要なんてないのに……。と、思うも、普通におめでとうと言われたら嬉しい気もする。
「ヒルコは?」
「闇の暗殺者は馴れ合わない」
「ソファで腹出しながら寝てるやつの言葉か……? それは……?」
「出してない」
「いや、出てるからな。ほら、ちゃんと隠しなさい」
ちょっと前まで借りてきた猫のようだったのに、完全にもう自分の家と認識してだらけきっている。
「じゃあアメさん、コンビニで何か買ってからいくか」
「はい。あ、帽子とってきますね」
アメさんはパタパタと部屋に向かい、麦わら帽子をとってきてカポリと被る。
「ん、どうしたんですか? ジッと見て」
「いや、麦わら帽子なんて持ってたんだな」
「この前実家に帰ったときに持ってきました」
ああ、子供のときに被っていたものか。
それにしても……と、アメさんの格好を見る。
膝を隠す程度の丈の白いワンピースに、麦わら帽子から伸びる綺麗な黒髪。
剣を握っていないときのアメさんは楚々とした雰囲気の可愛らしい女の子なのもあって、なんというか、こう……清楚な美少女のイデアが具現化したのではないかと思わさられる。
外に出てしばらく、ふと気がつく。
「そう言えば、今日は刀持ってないんだな」
「んぅ、持ってたら使いたくなるので」
……うん、やっぱりアメさんはアメさんだな。
「な、なんですか、その生暖かい目は。どうかしましたか?」
「いや……アメさんはその……いい子だな、と、思って」
アメさん、なんでこんなに好戦的なんだろうな……。
他の部分は普通に……いや、普通以上に真面目で優しく思いやりのあるいい子なのに、武術とか戦いに対しては異常なまでの積極性がある。
本当に妖刀に呪われているのでは……。
と、考えていたところで、ソラさんのダンジョンについて、その裏口からソラさんの部屋に向かい、扉をノックする。
「ん、誰だ?」
聞こえてきたのはソラさんの声ではなく、男の声だった。
俺が一瞬警戒するも、アメさんは気にした様子もなく「あ、結城というものです」と返事をする。
「結城……? ああ、中ボスの。入っていいぞ」
中ボスってあだ名で覚えられてるの、そろそろどうにかしたくなってきたな。
と、考えながら中に入る。
ソラさんと同年代、俺よりも少し年上の男が、眠っているソラさんを見ながら口を開く。
「……看病にきてくれたのか。悪かったな」
「いや……まぁ、友人だしな」
煙草の臭いを薄く感じる。
俺が置いてあったものとは違うスポーツドリンクやちょっとした軽食が机の上にあるところを見ると看病していたらしい。
となると……昨日、ソラさんが話していた、出ていったここの副官か。
「有馬……さんでいいですか?」
「呼び捨てでいい。せっかく社会から離れられる立場なんだ。敬語なんて使ったらもったいない」
まぁ、俺も社会が苦手なのでそれはよく分かるけど。
なんというか、妙な雰囲気の男だ。
強いか弱いかなら弱いだろう。賢いか愚かならどちらかというと愚かそうだ。
だが、俺を前にしてここまで警戒心を出さないやつも珍しい。
あえて言うならハッタリが効いた雰囲気の男だ。
「……あー、看病する人がいるなら、あまり邪魔してうるさくするのも申し訳ないか。これ、よかったら」
「ん? おー、買ってきてくれたのか。ありがとう。せっかくだ、少し話をしていこうぜ」
と、言いながら有馬はポケットからカードを取り出す。
「トランプ?」
「そそ、子供じゃないんだ。何か作業でもしながらでもないと知らない人と仲良くおしゃべりとはいかないだろ」
「……まぁ、それはそうか」
断る理由も……まぁ早く帰れるなら帰りたいぐらいしかないし、少しソラさんも心配なので、この人の人となりを知るぐらいの雑談をするぐらいならいいだろう。
「何やる? ポーカーとかでいいか?」
「賭けとかはしないぞ」
「分かってるって。素人相手にカモったりはしないさ」
アメさんの方を見ると、こそりと俺に言う。
「僕……ポーカーのルール分かんないです」
「えー、マジ? あー、何なら分かる?」
「この前一緒に七並べやったからそれなら大丈夫のはず」
「七並べかぁ……格好つかないな。まぁいいか」
有馬はパラパラとカードを配っていき、俺とアメさんは寝ているソラさんの様子を見ながらカードを手に取る。
「おっ、ラッキー、スペードの七だ。俺の番からな」
「ああ、それで、何の話をするんだ?」
「んー、特に思いつかないや、なんかない」
「何もなしに誘ったのかよ……」
そう言う俺も特に思い浮かばずアメさんの方を見る。
「ん……あ、ソラさんとは恋人なんですか?」
アメさんの言葉に有馬は少し考えるような表情をして答える。
「枯田がそう言ってたのか?」
「いえ、そうじゃないですけど」
「じゃあ、違うんだろ」
「じゃあってなんだよ……そんなハッキリしないことがあるか?」
有馬はへらりと笑ってカードを机に置く。
「割とあるもんだ」
「……俺が言うのもアレだが、不誠実だな」
アメさんは俺と有馬のやり取りの意味が分からない様子で首を傾げながらカードを置く。
「ダンジョンマスターってのはさ、それなりに孤独なもんだ。家族も友達もいないし、仕事もない。……というか、まぁ、今までの全部を捨てるようなやつだからな。元々人間関係が壊滅的だったようなクズか、あるいは大切だった人間関係をあっさり捨てるクズか」
「……個々の事情があるだろ」
カードを置こうとしたが、置けるカードが一枚もない。
「まぁそうだな。結城は看病までしにきて、随分といいやつっぽいしな」
「……パス」
「ふーん、運が悪いんだな」
有馬は何か含んだようにそう言いながらカードを置く。
「実際のところ、結城の知り合いのダンジョンマスターとか副官もそういうの多くないか? 人間関係で失敗してるやつとか、変わり者とか」
「……そこは否定しないけど、別にクズではないさ」
「生真面目だな。まぁ、何はともあれ、街に繰り出して友達なり恋人なりを見つけるのは好きじゃないってのが基本だ」
……まぁ、それは……否定出来ない。ちょうどツナもそんな感じで、今いる人間関係を守ることに優先的だ。
「そんなわけで、色々と身近で済ませとくのが効率いいだろ。友人も恋人も家族も。なんとなくのなぁなぁだけどな」
「退廃的だな……」
「人間関係が少ないのは楽でいい」
……まぁ、ツナと俺の関係もそこまでではないがら少し近しいものがある。
七並べは続いていき、あまり話についてこれえいない様子のアメさんが口を開く。
「つまり……すごく仲良しって、ことですか?」
「それは違うと思う。まぁ、それなら喧嘩とかやめとけよ。結構落ち込んでたぞ」
「分かってるって。まぁ、そんなんだから、結城みたいなのはかなり希少だよ。人と新しく知り合うことに臆病でもないし、知り合いの体調が悪いと知れば看病しにくるぐらい人がいいのは。ダンジョンの人間はもっと偏屈なものだ。能力があるくせ、人を避けるような奴ばかりで」
アメさんがカードを置いたあと、やっと一枚目のカードを置く。
「お前は特別だよ。結城ヨル。今日、それを確信した」
買い被りだな。
並べられたカードと手札を見比べて、ため息を吐く。
「褒めても何も出ないぞ。これから引っ越すしな」
「そうか。まぁ騒がしくなってきたもんな。けど、台風の目はいつだって結城が中心だ。賭けてもいい」
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