第三十六話

 俺が中心……って、そんなことはないだろう。

 俺は確かに腕は立つがその程度で、他の部分が優れるなんてこともない。


 ツナは優秀だが、けれども本人がそれなりに内向きな性格なのもあって覇道とかそういうものでもない。


「……俺はマジで世界とか興味ないぞ? 適当に家族や友人と過ごせたらいい」

「それぐらいは見てたら分かるさ。けどな、やっぱり不自然なんだよ。結城みたいな性格のやつがダンジョン側なんてな」

「……就職出来なかったからだよ。仕方なく」

「それは不自然だ。適当にプロスポーツでもやればいいだけだ」

「……それはやりたくないんだよ。才能だけで他の人を踏み躙るなんて」

「今、それをやってるだろ? それにさ……親や友人を捨てるほどか? 就職にせよ、スポーツ選手にせよ。それにさ、ダンジョンについて神から教えられてるんだ。探索者って職業が出来ることぐらい読めてたろ?」


 カードが並べられていく。

 まるで俺の言い訳を潰していくように、有馬はカードを置く。


「嬢ちゃんからしてどうだい? 親を捨てるような、友達を一方的に切るような、そんな薄情ものに見えるかい?」

「……見えませんけど。何の話をしているんですか?」

「なら、それが答えだろ? 結城ヨル」

「…………無茶苦茶だろ。それは。俺が記憶やらが操作されているとでと言いたいみたいだ」

「そう聞こえなかったか?」


 盤面は穴だらけだ。1にも13にも届いておらず、それは俺の手の中にある。

 早々にアメさんの手札が減っていき、有馬の手札も盤面に置かれていく。


「記憶なんて地球上の人類みんな操作されているんだ。ひとり、特別に弄られてる奴がいてもおかしくない」

「……俺の気まぐれがたいそうな話になったな」

「たいそうな話でもないさ、神様っていうたったひとりの感情のことでしかない」

「……何が言いたい」


 有馬は最後の手札を盤面に置き、最後に残された俺の手札を撫でるように触る。


「それを持ってるのは俺じゃなくて結城だろ? 色々、おかしいんだよ。お前の周りはさ」

「…………」


 ゲームは終わった。話も終わりらしい。


「スポーツドリンクとか、ぬるくなるから冷蔵庫に入れとけよ」

「はいよ。ありがとな、付き合ってくれて」

「……どこまで本気で言ってる?」

「全部本気だ。まぁ、本気ってだけで証拠も何もないけどな」

「……そうか。そうか」


 ソラさんの寝顔を少し見てから有馬と別れて、帰路に着く。

 その途中、よく分からなさそうな表情を浮かべているアメさんに尋ねる。


「ちょっと、寄りたいところがあるんだけどいいか?」

「あ、大丈夫ですよ。買い物ですか?」

「いや、俺の実家」

「へ? え、あ……ええええ!? い、今の格好だと、ちょっと……。お、おめかしはしましたけど、ご両親と会うのは!」


 わたわたと慌てるアメさんを見て、ほんの少し安心する。


「いや、そうじゃなくて、ちょっと確かめたいことがあるだけ。親父は俺のこと忘れてるだろうし」

「確かめたいこと……ですか?」


 電車に乗って街を歩く。

 少し前にもきたばかりの俺の実家に立ち寄って、まるで隕石でも降ったような破壊跡を前にする。


「う、うわぁ……ひ、酷いことに……」

「やっぱ、すごい壊れ方してるな」

「えっと、ここから何か探すんですか?」


 アメさんはしゃがみ込みながらもスカートを気にしたように触る。


「いや、中のものを見たかったわけじゃなくて……。この建物の壊れ方なんだけど」


 撤去もされずに残っているとは言えど、風雨に晒されてそれなりに時間のせいで崩れているため分かりにくい……が。


「これ、どうやって壊れたと思う?」

「んぅ? ……衝撃で壊れてますよね。鉄球が何度もドカーンって感じでしょうか?」

「俺も同じような見たてだ。強い衝撃を何度も受けて壊れた。……けど、流石にそんなの、こんな住宅街でやれば大問題だ。ニュースになるだろうけど、聞いたことはないな」

「ふむうー」


 アメさんは胸の前で腕を組んで首を傾げる。


 分からないのか、俺に答えを求めるように目を向ける。


「……ニュースになるようなことが、一瞬だけ誰にも把握されない状況がある。ダンジョンマスターや副官に関係する記憶が奪われるタイミングに限れば、ダンジョンマスターや副官が暴れても、暴れていたという記憶が消えるから問題にならない。他の人たちの記憶を消される直前に家を壊せば、記憶にも記録にも残らない」

「じゃあ、これはダンジョンが出来たタイミングで破壊されたということです?」

「ああ、そのタイミングに限れば「誰も知らない間に壊れていた」なんて不思議なことになる」


 アメさんは「なるほどー」と頷き、それからこてりと首を傾げる。


「でも、そんなこと誰がするんですか? あんまり意味ないと思うんですけど」

「まぁ意味はないな。というか、わざとじゃないんだろう。直前のタイミングで暴れていたせいで、偶然そういう「誰も知らないうちに民家がぶっ壊れた」ことが起きただけで」

「ダンジョンが出来る直前にヨルさんの家で暴れた人がいた……。不思議です、わざわざヨルさんの家でなんて」

「不思議でもない。……自宅なら、自然だろ」


 アメさんは不思議そうに首をひねる。


「俺なら素手で家を潰すぐらいなら出来る。俺がダンジョンの副官になる直前に、自宅で何者かと争ったのだとすれば……まぁ、こうなるだろう」


 隕石が落ちたみたいなあるいは鉄球で叩き潰したような跡。俺がやったのだとしたら、俺の記憶を除けば全て辻褄が合う。


「……付き合ってくれてありがとう、アメさん」

「えっ、あ、はい。お役に立てたなら、よかったです?」


 アメさんと二人でダンジョンに帰る。

 その足取りがゆっくりとしているものなのは、アメさんの歩幅に合わせているからだろうか。


 ダンジョンに帰ると、またお腹を出して寝ているヒルコにツナが毛布をかけてあげようとしているところだった。


「もー、ヒルコさんったら……あ、ヨル、アメさん。お帰りなさい」

「ただいま」

「暑かったでしょう。飲み物取ってきますね」


 そう言ってキッチンに向かおうとしたツナを引き止める。


「あれ、どうかしました? もしかして寂しかったですか? えへへー」


 いつもみたいに甘えるツナを見て、やっぱりどうしようもなく大切だと確認してから、ゆっくりと帰り道で考えていた言葉を話す。


「……ツナは、神さまなのか?」


 バカみたいな質問。

 ツナは不思議そうな表情をして、それからニヤリと笑う。


「なるほど、俺の女神って意味ですか? ぬへへへ」

「……俺としては、マジで真剣に聞いたんだけどなぁ。……まぁ、そうだな。うん。……不味いな、実に不味い」

「何がですか?」


 ツナはダンジョンの発生と共に突如として現れた正体不明の存在で、俺は神様に特別扱いを受けている。


 ……ああ、じゃあ、まぁ、多分、そうなのだろう。

 ある程度知っているやつはそう思ってもおかしくないし、少なくとも有馬はそう思っているだろう。


「……ああ、ツナは、俺の女神だよ」


 そういうことだ。

 そういうことなのだ。


 事実は確かめようもないが、有馬はそう思っているし、おそらくあの話ぶりからすれば他の人とも情報を共有していそうだ。


 これから、その考えは広まっていくのだろうと思われる。

 事実は不明だが、ダンジョンマスター達はこう思うだろう。




 朝霧絆はこの世界の元凶ラスボスである。



 と。

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