第一話

 昔々、あるところに神さまがいました。


 とてもすごくて偉い神さまで、なんでもすることが出来ました。


 生き物を生み出すことも、金銀財宝を溢れさせることも、魔法の道具を出すことだって出来ました。


 とても強くて、偉大で、けれどある日、神さまは小さなこどもを見ました。


 お父さんに背負われて、お母さんの歌を聞いた、そんなこどもがいたのです。


 神さまは「いいな」そう思いました。


 すごい神さまは背負われる必要なんてありません。歌を聞く意味もありません。


 だから、誰もそれをしてくれないのです。


 神さまは気がつきました。

 神さまはこどもになりたかったのです。


 甘やかされて、背負われて、歌を聞いて、守られる。そんなこどもになりたくて……。


 そこで自分を守ってくれる人を探しました。あの人でもない、この人でもない。

 ああ、誰もいない。守ってくれる人は誰もいない。


 神さまは待ちました。

 自分を守ってくれる人が産まれるまで、待って、待って……。


 見つけました。

 神さまはその人間と戦ってみます。


 負けました。神さまはとても嬉しく思います。


 神さまはこどもになりました。弱くても脆くて、守ってもらわなければ死んでしまう。


 人間は神さまだったこどもを守ります。こうして、神さまはただの人間になったのでした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「──とか、まぁ、そんな感じじゃないか?」


 引越ししてまだ荷物も片付いていない中、パソコンを開いて朝霧先輩とビデオ通話をしていた。


 話題は……ツナ、朝霧絆の正体についてである。

 有馬の口ぶりからして、まぁたぶん朝霧先輩から俺のことを聞いたのだろうことが分かったので、俺よりも先に気づいているだろうと思って隠すこともせずに、俺が考えたことを話した。


 モニターの向こうの朝霧先輩は、夜中なのにどう見ても寝巻きではないしゃんとした格好のまま、コクリと頷く。


「遺伝子検査したんだけど、完全に同一人物だってさ、私とキヅナちゃんは」

「……ちゃんと人間ではあるんだな」


 少しホッと胸を撫で下ろし、複雑そうな表情の朝霧先輩を見る。


「一点、たぶん神様はヨルくんの子供になりたかったわけじゃなくて、恋人になりたかったんだと思うよ」

「……いや、それはどうだろうか。それなら大人の女性の姿を取らないか?」

「いや、ヨルくんロリコンだから正解でしょ」


 俺はロリコンじゃない……!


「それに恋人って別に強くても成り立つだろ。根拠とか聞いてもいいか?」

「女の勘というやつだよ」


 ……朝霧先輩らしくない言葉。

 けれど、だからこそ、本気でそう思っているのだと分かる。


「それにしてもさ……。自分の好きな人に惚れた人外が、自分の見た目をパクって自分の好きな人とイチャイチャしてるの……こう、どう捉えたらいいのか分からないよ」

「それは……なんか、ごめん」

「うー、モヤモヤする……。というか、たぶん実体がなかった存在が、狙った男性が好む姿になって誘惑しにくるって、神さまというかサキュバスじゃん……」


 サキュバス……ベッドで寝ているツナの方を見て、微妙に……納得してしまう。


「な、なに、今の間は!? えっ、だ、出したの!? 手を!?」

「手は出してない。出してないけど……。まぁ、いや、うん。その……。良くない目では、見ているところが、ないわけでも、ないので」

「こ、この、ロリコン野郎……。というか、えっと、もしかして、画面のそっち側にキヅナちゃんいるの?」


 俺の視線を見て、朝霧先輩は驚いた反応をする。


「えっ、ああ、寝てるけど」

「この話題のときに普通、当人の真横でする……?」

「大丈夫だって、一回寝たらなかなか起きないから」

「そういう問題でも……。まぁいいや。むむぅ、それにしても……本来なら、私がそこにいたはずなのに……。というかさ、ヨルくんは気にならないの? 人じゃなさそうなのに」

「……まぁ、たぶん、神さまの目的を考えるに不可逆だろうしな。完全に力を失わないと目的は果たせないから。じゃあ、もうただの女の子だろ。少なくとも人格とかは神ではなくて朝霧絆だよ」

「……私からしたらさ、人外の存在が私の立ち位置を奪って入れ替わってるんだよ」


 まぁ……朝霧先輩からしたら、自分の姿を真似られていたかった場所に収まっているのだから納得出来るわけがないし、ツナに対して恐怖を覚えているだろう。


「……まぁ、先輩が正しいよ。間違いなく、ツナが悪い」

「……なら、会いに行っていい?」

「いや……流石に遠いだろ。こっちは東北まで引っ越したわけだし。先輩もあまりダンジョンから離れたくないだろ?」

「……ダンジョンコアを預けてもいいよって」

「あまり女の子と親しくしすぎるとツナが嫌がるしな……」


 という俺の言葉に、朝霧先輩は明らかに気分を害した表情を浮かべる。


「……あー。ごめん。分かったよ……。けど、遠出になるんだからそっちの副官とかとはちゃんと相談しろよ」

「いいの! やったー! あ……その、遠いしさ、日帰り難しいから……泊まっていっていい?」

「泊まり……近くのホテルとか取ろうか?」

「……経済的ではないと、先輩は思うのだよ」

「いや、先輩用に寝具とか用意する方が経済的じゃないだろ。……まぁ相談しとくけど、ホテルに泊まる準備はしといてくれよ」


 朝霧先輩とはもう少し距離をおこうと考えていたが……。

 あまりにもツナが悪いことをやらかしているので、あまり邪険にも出来ない。


 朝霧先輩とのビデオ通話を終えて、眠っているツナを見る。


 強くなりたい。と思ったことはないけれど、強くなりたいと思っている人はよく見かけた。


 俺と積極的に関わろうとする人間は強さにこだわりがある人が多いからだろう。なんとなく、強くとも弱くとも問題ないけど、強いに越したことはないぐらいに思っていた。


 最近、引っ越しをしてしばらく経ってから気がついた。


 むしろ、弱くなりたがる人もいるのだと、この歳になって知った。

 いや、知ったのではなく、初めて意識したのだろう。


 昔、「疲れた」と親に背負われている同年代の子供を見て少し羨ましくなったのを覚えている。


 たぶんあの時、俺は弱くなりたかったのだと思う。


 昔、小学校でワイワイと騒いでドッヂボールをしている友人を見たとき、俺が混じれば白けるだろうと思ったときも。


 ……誰かと一緒に何かをしたいとか、誰かに庇護されたいとか、そう願うのは普通のことで、だとすれば「弱くなりたい」というのは「強くなりたい」と同じように普遍的な願望なのかもしれない。


 口を開けて寝ているぷにぷにとしたツナのほっぺを触りながらそう思う。


 本当にツナが神だとしたら、神がヒルコの言ったように女の子なのだったら、ツナのように弱く脆い姿を望むのも……なんとなく分かるというものだ。


 人外だろうとなんだろうと。


「……うん、俺が守るよ」


 もう術中にはハマりきっていて、抜け出すことなんて出来そうになかった。


 ……朝霧先輩は……まぁ、うん、何か考えないとなぁ。

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