第二話
「おはよ……です。んぅ……あっ、誕生日おめでとうございます」
ツナはいつもの寝起きの悪さを振り払うようにそう言って、えへへと笑う。
「私が一番最初ですね。お祝いしたの」
……昨夜朝霧先輩におめでとうと言われたことは黙っておこう。
「ありがとう。ちょっと早いけど朝ごはん食べるか? それともまだもう少し寝るか?」
「ん、んぅ……少し眠いですけど、プレゼント渡さないと……」
目をくしくしと擦りながら立ち上がって、ダンボールの中にしまっていた箱を取り出す。
……ツナのプレゼント、気持ちは間違いなく籠ってるけど微妙に怖いな。
そう思いながら不器用なリボンを解いて蓋を開けると、小さなハンカチが入っていた。
「……ハンカチ?」
「す、すみません。その、えっと……結局、全然思いつかなくて」
広げてみるとシンプルな紺色で、ツナが好きな可愛らしいものではなく俺の好みに合わせていることが分かる。
「嬉しいよ。すごく、嬉しい」
「そ、そうですか? その……結局、すごいものでも、手作りでもなくて」
「祝ってくれてるということが嬉しいんだよ。ありがとう、大切にする」
「……えへへ」
変なものが出てきそうで怖かった……とは口にせず、ツナの体を抱き寄せる。
「いつのまに買ったんだ?」
「えっと、この前、ヨルがソラさんの看病をしにいったときにヒルコさんと」
「ああ、あのときか」
「その……プレゼントが用意出来なかったときの保険みたいな感じで買ったものなので、申し訳ないです」
「いや、嬉しいよ。嬉しい」
ツナは照れたように笑い、俺はそんなツナの頭を撫でる。
……いろいろ考えたけど、やっぱりツナは普通の女の子だな。
というか…………もしかしたら数千歳、数万歳やそれ以上の年齢の可能性が高いわけで……やっぱり、俺はロリコンじゃないのではないか?
むしろ歳上好きを自称してもいいぐらいではなかろうか。
仮にツナの年齢を10000歳と仮定すれば、俺が好きな女の子は平均約5000歳なわけで……どう考えてもロリコンではない。
「よし、じゃあご飯の支度してくるな」
「お手伝いします!」
「ん、珍しいな。誕生日だからって気にしなくてもいいぞ?」
「いえ、ダンジョンのことがひと段落したので、家事も覚えようかなと思いまして」
「俺がするからそんなに気にしなくても……。ツナの年齢なら、あんまり家事とかしないだろ。遊んだり、勉強したりで」
「むぅ、お嫁さんをしたいのです」
ああ、そういうことならいいか。
ふたりでキッチンにいき冷蔵庫を開ける。
「あー、そういや、野菜とかは処理しちゃったから全然ないな」
「トーストとかでもいいですよ?」
「あんまり適当な食事はなぁ。でも、スーパーとかに買いに行くのも身バレが怖いしなぁ。割高だけどDPで買うか……あまり顔の割れてないヒルコに頼むか……」
もうDPは毎日とんでもない額を稼げるようになっているので節約する必要もないが、どうにも貧乏性が抜けない。
よし、思い切って買うか、と野菜を買って、それでサラダとサンドイッチを作る。
「挟むのお願いしていいか?」
「ガッテンです!」
小さな手でサンドイッチを作っているツナを見て微笑みながら他の作業をしていく。
「アメさん達を起こしてきますか?」
「いや、まだ朝早いしな。起きてきたらまた用意するよ」
「ん、了解です。今日は……えへへ、一日、イチャイチャしますか?」
「荷物の整理してからな」
「むう……せっかくの誕生日なのに」
「夜はケーキの用意するからさ」
「あ、はい! はい! 私作ります!」
「じゃあ、手作りするか。とは言っても俺もスポンジケーキなんて焼いたことないしな。……クレープ焼く機械があるし、ミルクレープをちょっと豪華な感じにしてみるか」
アメさんも好きそうだしいいだろうと頷く。
「えへへ、楽しいですね、誕生日」
「それならよかった」
ダンジョンの経営が落ち着いて、騒がしい場所から引っ越しもしてそれなりに気楽になったからか、ツナは普段よりも子供っぽい様子で笑う。
二人で朝食を食べているうちにアメさんが起きてきて一緒に食べて、それからいつものようにアメさんと稽古をする。
アメさんの成長に舌を巻いたあと、三人でダンボールを開けて衣類をタンスにしまっていく。
「んー、この服、そろそろ入らなくなってきたんですけど、捨てた方がいいですかね」
「あー、まぁ使い道もないしな。……ツナも結構成長したな」
「ヨルって、小さい子が好きなのに私が大きくなると喜びますよね。不思議です」
「そりゃ、大切な子が健やかに育ってくれたら嬉しいだろ」
ツナは不思議そうに首を傾げて、それから自分の胸に目を向ける。
「……なるほど、です」
「いや、そういうアレではなく。普通に、健康なのが嬉しいというだけで」
……こうしてみると、出会ったばかりの頃の朝霧先輩を思い出すな。
年齢はそれなりに違うけど、やはり似ているというか……同じ顔立ちをしている。
「……あ、そういえば、朝霧先輩がこっちに遊びにきたいって言ってるんだけど、きても大丈夫か?」
ふと思い出してツナに聞くと、ツナは露骨に嫌そうな表情をする。
「嫌です。あの人、なんだかとても苦手です」
同じ遺伝子なのに……。
まぁ、自分の好きな人物を狙っている人が苦手なのは仕方ないというか当然すぎるほどに当然か……。
俺もツナを狙っている男が現れたらなんとしてでも遠ざけようとするだろうしな……。
けど、朝霧先輩には俺自身も負い目があるし、ツナのことでも負い目があって、どうにも邪険にするわけにもいかない。
朝霧先輩の望む通りとまではいかずとも、俺との関係は修復して、ツナとも険悪な仲ではなくなってほしい。
「うーん……」
「なんでそんなにあの人の肩を持つんですか?」
「……いや、色々と事情があってな。ツナも仲良くしてやってほしい」
「あちらも仲良くしたくはなさそうですけど」
「それはそうなんだけど……いや、その……」
まさかツナに全部ぶちまけるわけにもいかないし、けれどもいい言い訳も思いつかずに首をひねる。
「白銀の街での一件もそうですけど、全体的に得体がしれないので警戒するに越したことはないです。ここに招くなんてもってのほかです」
「……いや、まぁ、完全にツナが正しいんだけど……その、なんというか、無茶苦茶を言ってるのは分かるんだけど、お願いを聞いてくれないか?」
ツナに説明出来る範囲の内容だと、俺とツナが朝霧先輩と仲良くする理由がなく、適当なおべんちゃらで誤魔化せるほどツナは頭が悪くはない。
だからもういっそ、理屈も何もなしに単純にお願いしてみて……。
俺のそんなお願いに、ツナは仕方なさそうに頷く。
「……私のお願いを聞いてくれるなら、いいですけど」
「いいのか? ああ、よかった……」
俺がほっと胸を撫で下ろすと、ツナはピタリと俺に身体をくっつけて、頬を紅潮させながら上目遣いで俺に言うのだった。
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