第三話

 朝霧絆という人物に対する俺の感情は、それなりに複雑なものがある。


 強い好意と言えば簡単だが、それが親愛なのか異性愛なのか、父性なのか、尊敬なのか、友愛なのか、あるいはもっと別の感情も混じっていて判然としない。


 初めは義務感と同情心、俺が守らなければこの子は可哀想なことになるという思いで関わってきた。


 その次は尊敬だったように思う。

 それなりにいい大学を出た俺の専門分野でさえ勝てない知識量、一目見れば全て覚えられる記憶力に、一を知れば十を理解する理解力。


 朝霧先輩のことを思い出した今となっては、それがまんま、俺と朝霧先輩の中高生の時代をなぞっていたことに気がつく。


 それから……まぁ、可愛らしい容姿に惹かれた。

 どうにも長いことふたりきりで過ごしたせいか、ただの子供というにはツナはあまりに聡いせいか、俺の中の感覚がバグって異性として意識してしまうようになった。


 俺の意識が変わったことに気がつき、ツナも俺のことを悪く思っていなかったからか、ツナの方からも異性として関わることが増えていった。


 それから、暇つぶしに色々と遊んだりしているうちに友人のような関係も芽生えていき……好意と一言で言うには多岐に渡る種類のものをツナに抱くようになった。


 そして……それに伴って、別の感情も産まれていた。

 例えば異性愛から情欲を向けてしまうようになったし、独占欲や執着心も発生するようになった。


 そしてその自分自身の欲望から守ろうとする欲に対抗するような感情も生まれて、その守りたいという感情と手に入れたいという欲望の間で苦しんでいる間に…………無遠慮に、俺の欲望を刺激するツナへの怒りにも似た思いを浮かべたことも、ないわけではなかった。


 その小さく華奢な肢体を押し倒して、ねじ伏せて、自分のものだと強引に刻みつけたいと思ったことは幾度としてあって、けれども傷つけたくないと自分を律してきた。


 ツナもそれを理解しているだろうに、なのに埋めていた欲望を掘り起こすような行動には……それなりに、思うところがあった。


 やめてほしいと思っていた。

 それと同時にそのツナのアピールを喜ぶ自分もいて、そこに自己嫌悪も覚えた。


 そして次第に恐怖を思うようになった。

 大切がすぎて、想いがすぎて、フラれたらどうしよう、捨てられたらどうしよう、見放されたらどうしよう。


 そんな考えを幼いツナに向けて、これ以上近づくことを恐れるようになった。


 少し前に有馬が話していた「関われる人間が少ないんだから、色々な関係を身近なところで済ませるしかない」という言葉を思い出す。


 色々な関係をツナひとりと結んでいたせいで、ツナがいなくなったときが怖くて怖くて仕方なかったのだ。


 強い好意の中に、釣り合いを取るように確かに含まれる負の感情。


 ……あまり、欲を煽られすぎるとそれが表に出てくる。


「ん、ヨル……」


 罪悪感と背徳感にはもう慣れた。

 小さな唇が何度も繰り返し俺の唇を啄んで、潤んだ瞳が俺の目を覗き込む。


 やってはいけないことだとは分かっている。

 手と手を握り合わせて、指と指を絡ませる。


 まるで別種の生き物かのようにツナの手は小さく、指は細く、肌の感触は気持ちが良い。


 小さなツナと男女の睦みあいをすることに、背徳感と罪悪感が顔を出すが、けれどもふつふつと内側から湧き上がる欲望がそれを上回る。


 キスまでなら親愛表現だと言い訳が効くからしてきていたが……これは本当に、言い訳出来るような行為なのだろうか。


 ベッドの上でツナを下にして、指を絡ませあってキスを繰り返す。

 お互いの熱が高まればそれを交換するように小さな舌と絡めあって、くちゅくちゅと水音を鳴らす。


 少なくとも、俺はそれによって性的な興奮と満足を得ている。……手を出していないなんて嘘っぱちだと、他でもない俺自身が思ってしまっていた。


「ん、んんっ、ヨル……」


 熱っぽい視線が俺を誘い、俺は耐えられずに再び唇をつけて、ツナの小さな口内に舌を侵入させる。


 上手く動かしきれていないツナの舌を絡めて、その感触と熱と味を確かめる。


 お互いの唾液が混ざり合って、こくり、ツナがそれを飲み込む。

 ツナの細い首を通っていく自分の唾液。


 征服感にも似た仄暗い喜びのなかツナの頭をヨシヨシと撫でるとツナは顔を赤らめて目を閉じて撫でている俺の手に頭を押し付けた。


 キスの余韻に浸っていると、ツナの腰がもどかしそうに動き、吐息に甘さが混じりはじめる。


 ツナは衝動に耐えきれないように下からぎゅっと俺を抱きしめて身体がくっつく。


 「ぁ……」と、ツナは何かに気がついたように顔を赤らめて、俺の表情を伺う。


「……仕方ないだろ」

「責めてないです。……嬉しいです。えへへ」


 愛しい人に自分の悪しき部分を受け入れられているという羞恥と喜び。ぐらぐらと脳みそが揺さぶられて、必死に堪えていた常識が崩れる音がする。


 一線だけは越えないようにと、自分の欲望を誤魔化すようにツナの体を抱きしめるが、それでも耐え難いほどの衝動があった。


 まるで獣のようだ、と、自分でも思う。

 飢えた犬が必死に「待て」をしているように、ツナを前にして耐えている。


 何度も息をして、やっと落ち着いてからツナの身体を離す。


 満足そうなツナの表情。


「……ツナの考えてることがよく分からない。こんなの、俺が満足するだけだろ」


 ツナの普段の様子を見るに、俺に対して以外は性的なことへの関心が強いようには思えず、ツナがこういう行為を俺にねだるのは……俺がツナとしたがっていることを内心で察しているからだろう。


「……きてください」


 ツナは俺の問いに答えず、俺を受け入れるように手を広げる。

 俺は冷静になりきれない頭のまま、ツナの鎖骨に唇を当ててキスマークを作る。


「んっ……こそばゆいです」

「……初めてだけど、ちゃんと跡はついたな」

「んー、見えないです、この辺りですか?」


 ツナに交換条件として出されたのは、キスマークを付けてほしいというよく分からないものだった。


 朝霧先輩への牽制なのかと思ったけど、普段は服の中に隠れている鎖骨のところでもいいみたいだし……。


 大人への憧れみたいなものか、それとも俺が喜びそうだからか。


 手鏡で赤くなった鎖骨を見て、ツナは満足そうに笑う。


「これでいいか?」

「んー、えへへ……。あと、その……脚にもしてほしいです」


 本当に……ツナの考えていることが分からない。

 スカートの端を持ち上げて、下着が見えてしまわないように手で抑える。


 白いうちももを俺に見せたツナは恥ずかしそうに俺を見つめる。


 唾を飲み込んだ音を、ツナに聞かれてやしないだろうか。

 シミがなくキメのある白い肌。誰にも見せたりはしないような場所が俺に向けられて……。


 いつのまにかスカートを抑えていたツナの手を握っていた。


 …………今、俺は何をしようとしていた?


 スッとスカートを元に戻させる。


「……急ぐものでもないだろ。一年後も、五年後も、十年後も、五十年後も、ずっと側にいるんだから」


 俺がそう嗜めると、ツナは不思議そうに首を傾げる。


「ずっと一緒にいるなら、早めに始めた方がたくさん出来てお得じゃないです?」

「確かに」


 言い負けてしまった。

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