第四十九話

 洞窟のダンジョンを歩いている中、ツナが石にけつまずいて転けそうになるのを支える。


「あ、ありがとうございます。むぅ……このダンジョンは地面がガタガタでユーザビリティがなってないです」

「普通のダンジョンはユーザビリティを考慮してないから、気をつけないと危ないぞ。……ぼーっとして、何か気になることがあるのか?」


 索敵はヒルコに任せてツナに尋ねると、ツナはコクリと頷く。


「はい。まず一番気になっているのは、変なことが起きて変な場所に転移してしまった件です」

「あー、あれか。俺も気になるけど、色々な要因が重なった結果だから考察が難しいんじゃないか?」


 ツナは小さな歩幅でパタパタと歩きながら首を横に振る。


「いえ、分解して考えるといくつか分かることもあります。まず、白銀の街のダンジョンマスターの行った操作ですが、端末が吹き飛んだせいで操作ミスはしたようですが、操作そのものは正規のものです」

「あー、まぁ、そりゃそうか」

「次に志島さんの領域外技能は一旦おいておくとして、最後にヒルコさんが行った端末での取り消しもタイミングはおかしいですが正規のものです」


 言われてみれば、訳の分からない状況だったが分解して考えると一部を除けばそんなにおかしな操作でもないのか……?


「大元の転移トラップは、おそらく志島さんを白銀の街のどこかに飛ばすという意図のものだったのだと思います。飛ばす先はおそらく地上でしょうね。白銀の街はシステム的には地上も支配していますし、モンスターハウス的な場所に飛ばして志島さんを倒しても地上に排出されるだけなので、DPを儲けようと思ってなければ直接地上に送ったほうがいいでしょうし」

「まぁ……そんなもんか。誤操作は明らかに範囲だな。発動したトラップ部屋全体を飛ばす感じになっていたが、自分たちを巻き込んでたら意味ないし」


 ツナは頷いて指を立てる。


「つまり「部屋全体の人間を白銀の街の支配下にある地上に飛ばす」という転移トラップが大元です。次に志島さんがそれに不正な操作を加えた件ですが、これは割と分かりやすいです」

「領域外技能だから分からないんじゃ……いや、違うな。分からなかったのは志島の方か」


 コクリとツナは頷く。


「はい。攻撃性のない転移トラップは志島さんからすると回避する意味が薄いものです。転移先がどこであろうとヨルの近くよりかは安全なのは間違いないので、志島さんからすれば転移トラップにはむしろ引っかかりにいきたいもののはずです」

「そうなると、志島はトラップの魔法が何かを理解しておらず、分からないままとりあえずで防ごうとした……か」

「はい。その場合に志島さんがしたいと考えられる操作は三つ「トラップ自体を消そうとした」「トラップの範囲から自分を除外しようとした」「トラップの効果を変更しようとした」ですね」

「三つ目の可能性ってあるのか? トラップの正体がよく分かってないんだろ? よく分からないものを弄れるものか? あと、トラップを消そうとした場合、ヒルコの操作と被るから誤作動になりにくそうな気がするな。俺たちだけ転移してることを考えると範囲を操作しようとしたと考えるのが自然か」


 そうなると問題があったのは……志島をぶん殴った俺の攻撃か、発動中の魔法を無理矢理取り消そうとしたヒルコの操作か。


「次にヨルによって志島さんの領域外技能が中断されたことですが、たぶんここが一番悪さをしています。ヒルコさんの操作は正規のものですし」

「だよなぁ。……状況から見て、転移させる場所を指定する部分が志島をぶっ飛ばしたせいでおかしくなった感じか」

「はい。……ですが、少し気になるところがあります」

「気になるところ?」

「おそらくですけど、白銀の街の人が飛ばそうとした場所よりも遠いです。どこまでかは分かりませんが」


 まぁ、別ダンジョンだからそりゃそう……と、考えてから確かに妙なことに気がつく。


「転移トラップって、距離関係なく消費DPが同じなのか?」

「いえ、飛ばした距離によって変わります。なので私達は車で移動していたんです。割高と言っても行き帰りの往復分を買うぐらいなら問題ないので」

「転移トラップは距離に応じて消費DPが変わる……けど、今回は明らかに移動距離が元よりも伸びているか」

「考えられるのは「後からDPが追加で徴収された」「DPが別のところから追加された」「そもそもDPによって転移トラップが発生しているわけではない」というところですね」


 ツナが再び転びそうになったので仕方なくツナの手を握る。

 ツナはいつもは自分から握ってくるのに、俺から握られると恥ずかしいのか少し照れたように笑う。


「おほん。一番可能性が高いのは二つ目です。……志島さん、めちゃくちゃダサい指輪を付けてました」

「まぁ、すごくアレなデザインだったけど言ってやるなよ……」

「いえ、ダサいのが重要なんです。真ん中の宝石に見覚えありませんか?」

「……ダンジョンコアか」

「ダンジョンコアは現状加工出来ないのでそのまま利用するしかなく不恰好な指輪になったのかと、おそらくですけど。他のダンジョンから奪ったダンジョンコアを利用した技術……それが不正魔導の領域外技能の正体なのだと思います。その場合、そこからDPが追加されたとしてもおかしくはありません」


 ダンジョンコアによってダンジョンの機能である転移トラップに干渉し、不手際ではあるがDPを追加したことで強化を施したことで想定よりも遠くに転移させた……か。


 確かに割と納得のいく話ではある。


「三つ目のDPによって転移トラップが発生したわけではないというのは? あれってDPで出してるものだよな」

「色々な前提が変わることになりますが、DPは万能なエネルギーではなく通貨のようなものではないのか、という説です。DPが変形しているわけではなく、単にお金を払って出してもらってる形だとするとエネルギーがどうとかの話は無関係の問題です」

「あー、まぁ、正直なところ侵入者を倒したらエネルギーが発生とか意味分からないしな」

「あと、ダンジョンごとに消費DPが変わるのもですね」


 そうなると……確かに色々と前提が崩れる。


 ……いや、でもダンジョンコアからエネルギーが取り出せるのは間違いないはずだ。実際、今、タービンを回してるわけで。


 本当にそうなのか? エネルギーを取り出せているのではなく、神が「人間がダンジョンコアからエネルギーを取り出そうとしてるから別のところから出して与えてやろう」としている可能性もある。


 ……ああ、黒木の言っていることの意味が少しだけ分かる。これは、少しばかり気色悪い感触がする。


 自分を落ち着かせるように握っているツナの手を指先で撫でていると、ヒルコがスッと振り返っていつもよりもクールな表情を見せる。


「ロリコン、今大丈夫?」

「ああ、どうしたんだヒルコ」


 俺がヒルコの問いかけに答えると水瀬が「あ、ロリコンなのは認めるんだ」と呟く。


「こっちはダメだから引き返した方がいいと思う。匂いのないガスが溜まってる」

「うえ……装備もないし引き返すか……。最悪俺の魔法もあるけど、流石にリスクが高いか」


 洞窟のガス溜まりか。

 ……ダンジョンにしては珍しい罠だな。生物系のモンスターにも効いてしまうだろうし、すぐに空気に散ってしまったり、それを対処するために大量に出して思わぬ広範囲に毒を撒いてしまうという可能性もある。


「そういえば、結構歩いたけどモンスターがいないな。ガスを溜めているような罠があるエリアだからか? それなら他の罠もありそうなものだけど」

「罠は結構あったよ。ほとんど壊れてるけど。ほら、これとか」


 ヒルコはそう言いながら短剣で何もない足元の土を掘って何か地雷のようなものを取り出す。


「……地雷? 作りからして火薬っぽくないな。魔法的なものっぽい……いや、ちょっと待て。罠が結構あるのにほとんど壊れてる?」


 ツナも気がついたのか、頬を引き攣らせている。


 ……地面に埋もれていた罠が壊れた原因は、周りにその罠による破壊の痕跡がないことからおそらく発動後だからではなく経年劣化によるものだ。


 それにモンスターがいないことと、ダンジョンマスターが用意するには珍しいガス溜まり……。


 これも罠と同様に時間が経てば発生しうるものだ。


 本来なら、ダンジョンで道を作る際に勝手に周りの土が固められるので浸水やガスが発生したり崩落したりすることはないが、それも時間が経てば経年劣化でその限りではないだろう。


 モンスターにしても分かりやすく、放置されていたら餓死して朽ちていくだろう。


 ……だが、それは、ダンジョンの発生からのたった二年やそこらで起こることではない。


 つまり、ここは俺たちがダンジョンマスターになる前からあったダンジョンということになる。


 会議中の、あの女性の言葉を思い出す。


「……数百年前のダンジョン」


 俺たちはどうやら、思わぬ場所に転移してしまったらしい。

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