第五十話

 数百年前の朽ちたダンジョン……残っている可能性はないわけではない。


 洞穴や遺跡なんて大きな変動がなければかなり長い時間残っているものだし、ダンジョンは地震じゃ崩れない程度には丈夫だ。


「……もしも数百年前のダンジョンだとして、ダンジョンの機能は生きていると思うか? 具体的には死ぬ前に回復して排出される機能」


 俺の言葉にヒルコは「あっ」と口を開く。


「そう言えば、地上と繋がってないとダメなんだっけ?」


 そう言いながら首を傾げるが、それに対して水瀬は難しい表情をしながら首を横に振る。


「それは適当に吐いた嘘なんだけど」

「適当に吐いた嘘」

「嘘の話は置いといて、あんな真面目な会議で嘘を吐く奴がいるとは思えない。バレたら全員と敵対することになるからな。数百年前にもダンジョンがあったという情報はおそらく確かだろう」


 ヒルコは困惑の表情で水瀬と俺を交互に見る。

 すまないヒルコ、彼はカスなんだ。


「問題は白街の旦那が既に掘り当てていたから現代のダンジョンの一部扱いになってるか、完全に独立した状態かか。……うーん、流石にもう潰れてそうだよな」

「……そうとも限らないな。ダンジョンマスターは間違いなく死んでるだろうが、ダンジョンコアの方は生きているかもしれない」


 その場合はダンジョンはまだ生きていることになる。……とは言っても、大概の罠もモンスターも死んでいるだろうが、それでも機能が生き延びている可能性はある。


「ダンジョンが生きてるって言ってもこの状態だろ?」

「一番重要なのは死にかけたときに外に出られるかどうかだ」

「つっても試すわけにもいかないしな」


 ……試す、か。

 水瀬の方を見てそれから自分の腰に提げられた刀を見る。


「あ、あー、ヨル?」

「試せなくはないな。かなりの人数を切ってきた経験がある。ダンジョンから排出される怪我の具合も分かる。……ダンジョンから排出される致命傷を与えたうえで、死なないぐらいも……多分いける」

「…………あの、いや、ほら、ヨル。俺たち仲間だよな。親友以上恋人未満ぐらいだろ!? 俺たち!?」

「………斬るか」

「待って! 待ってくれ、ごめんって、ほら、帰ったらいいものあげるから! ちょっとブサイクな猫の写真集とか!!」


 いや、それは別にいらないけど……。

 まぁ元々斬るつもりはない。


「まぁ、もしダンジョンの外に排出されたとしても土の中に埋まってる可能性とかあるから、水瀬で試したところでツナやヒルコに実践はさせられないけどな」

「じゃあ言うなよ……!」

「土の中に埋まっちゃったらヨルさん以外は助からないでしょうしね」


 ツナの中では俺は地下何十メートルかも分からない土の中に埋まっても助かる判定なんだ。


「んん……完全に埋まってはいないと思います。少なくとも空気はありますし、普通に歩けるぐらいには元の姿が残っています」


 まぁ最悪……俺が全力で上を掘れば、大概の場合ならなんとかなるだろう。

 崩落の危険が大きいので最終手段ではあるが。


「モンスターがいないのは幸いだなー。こんなところで戦っても身がないしな」

「まぁ……絶対にいないとも限らないけどな。うちで使ってるようなゴーレムとかは、雨風のないこのダンジョンなら生き延びてる可能性は十分あるだろうし。アーマーゴーレムは錆びて死んでそうだが」


 そう話しながら進んでいると、ヒルコが歩きながら俺に言う。


「……確かに、何か動いてるのがいる。……それの前に別れ道あるから避けられるけど」

「あー、無難に避けるか?」


 俺がそう言うとツナが首を横に振る。


「情報が欲しいです。むしろ積極的に接敵していきましょう」


 じゃあ、ヒルコの代わりに俺が前に出るか……。

 刀を構えて別れ道を進むとしばらくしてからヒルコが言っていた通りにモンスターの姿が見える。


 あまり大きくない人型。毛むくじゃらのコボルトか何かのようにも見えたが、まさかこんなところで生き延びているとは……。


 いや、ヒルコのところのダンジョンマスターが生態系を完全に管理していたように出来なくはないはずだ。

 だが……そんな前の人物にそこまでの知識があるか?


 思考しながらも手は自動的に動き、モンスターを縦に両断する。

 あまり強くないな、と思いながらふたつに分かれて倒れるそれを見ていると、断面がウゾ……と蠢く。


 そしてそこからお互いの半身に手を伸ばすように植物のようなものが伸びて、くっつき再生していく。


「うお、びっくりした」


 そう言いながら適当に細かく斬ると、その破片は少しの間だけ蠢き、それから小さなカケラから順に沈黙していく。


「……なんだこれ」


 あまり強くはないが再生能力を持った未知のモンスター……その破片を摘んで見ると、土塊の中に植物の髭根のような張り巡らされているようだった。


「あー! ヨル! そんなに斬っちゃったら調べられないじゃないですか!」

「えっ、ああ、ごめん。でも再生能力があったから」

「もー……えっと、これは……知らないモンスターですね。一番似てるのはクレイゴーレムでしょうか?」

「クレイゴーレム?」

「はい。クレイゴーレムに植物が根差したような」

「……こっちの植物の方が動いて回復しようとしていたな。多分、土じゃなくて植物の方が本体だ」


 ツナは俺の手に握られている破片をツンツンとしたあと土を退かして観察する。


「むぅ、細かすぎてよく分かんないですね。でも触った感じが植物っぽくないというか、サクッと感? というか、細胞壁っぽさがないですね。動物性な感じがします」

「見た目は植物だけどな。……かなり妙なモンスターだ」

「モサモサゴーレムって名付けましょうか」


 名前ダサいな。


「……あー、会議のときさ「DPで買えるものは減ることもある」って言ってたろ。まぁ裏切った奴が言ったことだからどこまで信頼出来るのかは分からないが、大した情報じゃないし、嘘を吐いてバレたときのリスクの高さを考えると事実を話していた可能性が高いと思う」

「まぁそうですね」

「DPで買えるもの……モンスターに関してもそうなんじゃないか? ゴブリンとかゴーレムとかスライムとか、それっぽい感じの名前でそれっぽいモンスターが用意されてるけど、俺たちが「それっぽい」と感じるのは、俺たちの知識から流用してモンスターを用意したからなんじゃないか、と」


 ツナは「十分に考えられますね」と頷く。


「つまりこのモサモサゴーレムは、かつて日本で知られていた妖怪だけど現代まで伝わっていない……みたいな存在という話ですか」

「ああ……あと、ほら、ゴブリンって関西弁を喋るけど、アレも多分一部の人のイメージ的なものが作用してるんじゃないか? うちのダンジョン、俺も探索者も関西弁を喋らないからそこで学んだってこともないだろうし」


 俺がそう言うとツナは「えっ、急に何言ってるんです」みたいなドン引きした表情で俺を見る。


「いや……ヨル、ゴブリンは話しませんよ? ぎゃー、がうー、みたいな鳴き声です」

「いやゴブリンは関西弁を話すし、鳴き声もゴブだろ」


 ツナは可哀想なものを見る目で俺を見つめる。


「……たぶん、ゴブリンに関西弁のイメージを持っているのはこの世でヨルひとりですね。あと鳴き声がゴブなのも」

「いやいやいや、喋るから、バリバリ関西弁で!」

「……ヨル、帰ったら膝枕してあげますね。よしよしも」

「いや、本当だから! な、なぁ! ヒルコ! 水瀬! ゴブリンって関西弁だよな!」


 水瀬は「は?」という表情を、ヒルコは少し考えてから首を横に振る。


「……もし、ゴブリンが関西弁で話していたとしたらさ、それはヨルくんのイメージからきてるのかもね」

「いやいやいや、俺も初見はびっくりしたから! なんで俺がおかしいみたいになってるんだ!? ゴブリンは関西弁で話すのに!」


 おかしい。俺は事実しか言ってないのに三人から可哀想なものを見る目で見られている。


 俺がおかしいのか? それともこの世界がおかしいのか?


「まぁ……ゴブリンが関西弁で話しているところは見たことありませんが、けれども事実なら面白い発見ですね。……極一部の人のイメージが反映されている可能性があります。……おそらくダンジョンマスターとその副官、世界全土でもそこまで数がいないはずですから、数人の意見でもそこそこの影響力を持っているのかもしれません」


 …………何かよく分からないけど、ツナが俺のことを庇ってくれている気がする。俺はおかしくないのに庇われてる。悲しい。


 ゴブリンは……ゴブリンは関西弁で話すだろ……!!

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