第五十一話
ゴブリンの関西弁についてはさておき……このモサモサゴーレムは動物性の生き物だ。
細かい植物の根のようなものが筋肉の役割を果たしていて、中の土や石が骨格のようになっている。
おそらく、酸素は必要だろうし……やはり空気の通りはあるのだと思われる。
ヒルコが空気の流れについて反応していないことを思うと、相当空気の動きが小さいか、あるいは最近埋まったという可能性も考えられる。
ヒルコの先導でモンスターを倒しながら進むが、モサモサゴーレム以外のモンスターは見当たらない。
「……生態系、成り立ってないと思うんですけど、そこそこの数がいますね」
「まぁ結構な大きさの生き物だけど、食うもんないしな。土とかそれを食ってるような生き物に大したカロリーはないだろうし、ナマケモノみたいな動きが鈍い感じも薄い」
斬撃の効果は薄いと考えて、全力で蹴り飛ばすと壁にぶつかり、身体を支えている土が飛び散って動きが止まる。
「明らかに食えるものよりも大きさも運動量も大きい。……となると、やっぱり何かしらの出口とかあるのか?」
「……出口とも限りませんが、何かしらの栄養を補給出来るところがあるのかと」
栄養が補給出来る場所なぁ。
自然に出来た地形というわけでもないから、なんでもありと言えばなんでもありだ。
まぁ、真面目に考えるなら地下深くで海に繋がっていてそこで魚やプランクトンのようなものを食えるとか……。
いや、その割には塩気を感じないな。
こんな土塊の塊が海水に浸かったら塩まみれになりそうなものだが。
となると海と繋がっているのは却下。
……そもそも数百年前は何を食っていたのだろうか。
もともと洞窟のダンジョンのようなのであまり大きな生き物が動くのには適していないと思うが……。
と、俺が考えているとヒルコが足を止めて短剣でコツコツと壁を叩く。
「奥に空間がある」
「ちょっと開けてみるか」
スッとその壁に刃を通して中を覗くと、腐った木の匂いが鼻に入り込む。
天井や壁や床の全面が腐った廊下……なんとなくその意図を理解する。
「居住スペースだな。染み出した水で木材が腐ったようだが」
「……数百年前なんだよな? こんな風に残るもんか?」
「まぁ災害がなければ割と……法隆寺とかも千年以上残ってるし、こんな環境だと腐食の原因もあまり多くないだろうし。まぁ、腐ってるけど」
あまり入りたくないなぁと、思っていると五感に優れたヒルコは特になのか明らかに眉を顰めていた。
「……入るの?」
「まぁ、居住スペースの方が分かることも多いだろうしな」
仕方なく中に入る。先程までの土の匂いとも違う匂いがする。
「……居住スペースにはやっぱり昔っぽさがありますね。自分が元いた家や憧れの家の模倣をしたがるものでしょうから」
「あー、まぁ現代とは違うよな。数百年前……江戸時代とかか? なんか細かいところがイメージとは違うけど」
「江戸時代とも限りませんが……。仮に江戸時代のものとして、お偉いさんや江戸に住んでる人と、農村で住んでる人では生活がガラッとかわります。情報も正確に残されていないことは多々あるでしょうし」
まぁ、居住スペースの内装で時代や地域の特定は無理か。個人の趣味も大きく反映されているだろうし。
専門家なら分かるのかもしれないが、ツナは賢くとも知識はそれほど多くない。
「そういや、数百年でそれほど大きく地殻変動って起きてないと思うけど、ダンジョンが現代のダンジョン発生前に見つかってないのって謎だよな」
「神様が何かしたんじゃないですか?」
「せっかくなら全部ちゃんと潰しておいてほしかったな。……よほど変わり者でもなければ、居住スペースはダンジョンの深くに作るよな。ここがほぼ最深部と仮定して……ある程度の場所まで神が人間に隠すために埋め立ててたら」
「その場合……割と困りますね」
朽ちた木の床を踏み抜きながら進む。
少しずつ人がいた形跡が増えていき、メインの居住スペースのような場所に辿り着く。
おそらくここで生活していたのであろう部屋は、なんとなく変わった雰囲気を感じる。
机やタンス、床の畳など、多くは形は残っているが脆くなっていて使用は出来なさそうだった。
「……カビ臭いな」
「畳が結構アレなかんじですね。……なんか昔の家って感じでもないですね」
昔の家は昔の家なのだろうが、俺がイメージする昔の家屋というには少し遠い。
まぁ、イメージと実際は違うかと思っていると、水瀬はタンスを開けて中のボロボロになった服を見ながら口を開く。
「……ここにいたやつ、随分と人嫌いだったのな」
「人嫌い?」
「服、ボロボロだけど虫に食われてない。ダンジョンの外に出ることがあったなら、どうやってもちっこいのが付いてきてしまうもんだろ。たぶん……ダンジョンが出来てから一度も外に出てないんじゃないか」
水瀬は「知らんけど」と最後に付け足す。
水瀬が取り出した服は少し小さく見えるが、現代人よりも背が低かったことを思うと男性だろうか。
「人嫌い……あ、違和感、分かりました。これは座敷牢です」
「誰か閉じ込めていたのか?」
「いえ、閉じ込められる形にはなってません」
閉じ込められる形じゃない座敷牢ってなんだよ。と一瞬疑問に思ってから気がつく。
「ああ……元々座敷牢で閉じ込められていた人だったのか。それで自分の住んでいた場所を元にしたから、閉じ込める機能のない座敷牢みたいになったと」
「……外に自由に出られない座敷牢から出たのに、外に出ることはしなかった。……それはすこし寂しそうです」
ツナの言葉は同情とはほんの少し違うように思えた。
……共感、同意、理解。
俺はいまだに俺と出会うまでの間に、ツナがどんな生活をしていたのかを知らない。
ツナの手に手を伸ばすと、ツナは自分の手に触れた俺の指先に気がついてクスリと笑う。
「どうしました?」
「……割と、悪くない生活だったから出なかったってだけかもよ。俺も、外に出るのは散歩ぐらいで充分だしな」
「……私も、大切な人とふたりきりなら、それが一番幸せかもしれません」
くすぐられるように手を繋いで、部屋の中の観察をして見回しているとツナと目が合う。
……愛しい、と、思っていることをツナに察せられたのだろうことが分かる。
こんな小さい子にさえ内心を見透かされるほど俺は分かりやすいのかと少し恥いる。
守らないと、と決意を深めてから振り返ると、水瀬がこちらを見て微笑んでいた。
「……なんだよ、水瀬」
「いや、スレに書き込んだら盛り上がりそうだなって」
「お前、中ボススレ民かよ……! いや、まぁ別に止めはしないけども」
水瀬は俺が嫌がると思っていたのか意外そうな表情で「あれ、いいの?」と尋ねる。
「俺としてはロリコンという不名誉なデマが広がるのは嫌だが、ツナは俺との関係を世間から受け入れられたいと思ってるみたいだしな。結婚式とか外堀とかそういうのにこだわるし」
「ロリの人なのはデマではなくない? というか、夕長の嬢ちゃんから乗り換えかぁ? 悪い男だ」
「いや……乗り換えてはないけど……」
水瀬は俺の歯切れの悪い言葉を聞いて察したのだろう。
俺の肩をポンポンと叩く。
「……ヨル、俺のことを邪悪とか言うけどさ」
「いい、やめろ水瀬。その先は言わなくても。言わなくても分かるから」
「俺を含めたら三股じゃないか!」
「いやごめん。言わないと分からない内容だった。アメさんとツナで二股してるロリロリゴミカス男なら認めるけど、少なくとも水瀬は違うだろ。水瀬だけは違うだろ……!」
というか、水瀬自身も嫌だろそれは……!
自分も嫌なことを他人への嫌がらせのために決行するなよ。
「……ヨル、二股はダメだぞ?」
「くそ……ボケたり嫌がらせもなしだと、それはそれでダメージデカいな……」
急に真っ当なことを言うなよ。
水瀬だろ、お前は。真っ当なことを言っちゃダメだろ。
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