第四十八話

「ヨル……! よく考えてくれ、仮に、ヨルの手を握っているのが俺じゃなくて夕長の嬢ちゃんだったらどうだ。そんな「手汗きっしょ……」みたいな顔はしないだろ」

「いや、手汗きっしょとまでは思ってないけど……」

「俺と嬢ちゃんで差別しないでほしい。嬢ちゃんと同じように愛してくれ」

「やだよ……」

「なんでだよ! 俺と嬢ちゃんで何が違うってんだよ!」

「むしろ一致してるところのほうが少ないだろ」

「DNAなら40%ぐらい一致してるだろ……! たぶん……!」

「40%ならバナナの方がギリ近そう」


 俺と水瀬の様子を見たツナが反対側の手をキュッと握りしめる。


 ……ツナ、心配しなくても水瀬に俺が奪われる可能性は0だから安心してほしい。


 白銀の街のダンジョンマスターは、揉めているふたりと三人で手を繋いでいる俺たちを見て混乱した表情を浮かべる。


 いや、こっちでわちゃわちゃしてるのは気にしなくていいよ。


「と、とりあえずこれは……排除するしかないよな」


 白銀の街のダンジョンマスターは混乱しながらも端末を操作して、志島に対してダンジョンの機能による攻撃を加えようとする。


「っ……仕方ないか」


 それに対応して志島も指輪のようなものを俺たちに向けて反撃しようとし──。


 俺も急いでそれに対抗しようとするが、両側から手を握られているせいでマトモに動けない。


 水瀬の手を引き離そうとするが、現役の近接職の探索者である水瀬の握力は簡単に振り払えるものではなかった。


 なので、もう諦めて水瀬を剣代わりに振るって、水瀬で志島をぶん殴る。


「うわああああああ!!」


 志島の初手を潰したが、吹き飛んだ志島は壁にぶつかりながらも俺たちに指輪を向ける。


 水瀬ソードの一撃で仕留めるつもりだったが、後ろに飛んで衝撃を逃がされたらしい。


 追い討ちをかけるためにはツナを引っ張ることになるが、そんな高速で引っ張れば肩が外れたり転けたりしてしまう可能性がある。


 不正魔導の攻撃がどんな魔法だろうと水瀬ソードで防ぎ切ったほうがツナへの被害が少ないだろうと考えて身構えるが、志島の魔法よりも先に白銀の街のダンジョンマスターによる端末の操作が終わりそうになり、志島のダンジョンマスターがそれを妨害しようと円卓をひっくり返して攻撃する。


「うおっ!?」


 そのせいで白銀の街のダンジョンマスターによる端末の操作がズレて、部屋全体に見覚えのある罠が発生する。


 ──極夜の草原で引っかかった転移トラップ……!


 操作ミスのせいで志島とそのダンジョンマスターどころか俺たちまで範囲に含まれている。


「ッ……!」


 志島が指を動かすと、転移トラップがぐにゃりと変形していく……が、そこに俺の水瀬ソードの一撃が叩き込まれて中断させられる。


 操作ミスの転移トラップが、外部から何かしらの半端な形で不正な影響を及ぼされた結果、大きく歪む。


 空中に飛んでいる端末をヒルコが掴んで慌てて取り消そうとするが、外部から操作を受けて歪んだものだからか、転移トラップは半端な形でしか消えずに妙な残滓が残る。


 無茶な操作の連続により歪みまくった転移トラップは、かつて引っかかったときよりも遥かに大きな光を発していく。


 何が起こるか分からないまま、逸れるのだけはまずいと判断してヒルコの方に突進して転移するまでの間に体を密着させる。


 その瞬間、妙な浮遊感に身を包まれたかと思うと……見覚えのない場所に立っていた。


 妙に冷たく湿った空気をした、雑な作りの洞穴。


 手を繋いだままのツナとピクピクと弱っている水瀬、それに最後の突進で俺に押し倒される形になったヒルコはいるが、他の人の姿はない。


「わ、わわ、何が起こって……」


 身体能力が低いため咄嗟に起こった出来事に対して理解の追いついていないツナがキョロキョロと周りを見回す。


「……白銀の街のダンジョンマスターが転移トラップを発生させようとして、不正魔導のところのダンジョンマスターによる妨害で範囲やら何やらがおかしくなって、それを不正魔導が操ろうとしたが、俺が水瀬で殴ったことでそれも中断されて、ヒルコが転移トラップを取り消そうとしたが上手くいかずに、めちゃくちゃな状態で発動してしまってバグった……っぽい」

「ん、んぅ?」


 ピクピクとしている水瀬を床に寝かせて回復魔法をかける。


 ヒルコは体を起こしながら周りを見回して頷く。


「近くに生き物はいない」

「そうなると……俺たちだけ飛ばされたのか? いや、範囲は部屋全体だったしな。バラバラの位置に飛ばされた……いや、そうとも限らないか」


 ……志島がトラップに何かしら干渉してバグらせたせいで考察がマトモに出来なくなっている。


 俺が参って頭をかいていると、ヒルコがツナに尋ねる。


「転移トラップに不正魔導が何かしていたけど、普通、そういうことって出来るものなの?」

「ん、んぅ……全然状況に追いつけてないのでなんとも言えないんです。罠に干渉するというのは聞いたことがないです。転移トラップは魔法系の罠なので、魔法の領域外技能で何かしたんでしょうけど……」


 ツナは困った様子で誤魔化すように笑う。


 まぁ、そもそもウチのダンジョンは罠が割高だからほとんど罠を採用していないので、罠の知識やノウハウがない。


 魔法に関しても俺もヒルコもアメさんも専門とは言い難いし、苦手分野が重なったものを考察するのは難しいのだろう。


 転移トラップや不正魔導の領域外技能はおいておくとして、次に把握すべきことは……。


「それで、ここってどこだろ?」


 ヒルコはこてりと首を傾げる。


「……そこだよなぁ。普通に考えると、白銀の街のダンジョンの中なんだろうが、その割には随分と様子が違うな」


 白銀の街はキラキラとした街型のダンジョンのはずだが、ここはジメッとした洞窟型だ。


 白銀の街のダンジョンでもこういう場所を作れなくはないだろうが……。


 そう考えていたところで、ヒルコの手に握られたままの端末に目が止まる。


「ああそうだ。それ、白銀の街のダンジョンを操作出来る端末だろ。ここから地上までの道を作れないか?」

「えっ、あっ、試してみるね」


 ヒルコは両手で端末をぽちぽちと操作していくが、困ったように首を傾げる。


「範囲外って出るね」

「ちょっと貸してもらっていいですか?」


 ツナはヒルコから端末を受け取って操作するが、やはりどうしようもないらしく諦めて端末をヒルコに返す。


「むぅ、どうやら白銀の街とは別のダンジョンっぽいです。転移トラップは自分のダンジョン内のみのはずですが……。そこそこ大きいダンジョンなので、気づかない間に他のダンジョンとくっついちゃって、バグの結果そっちのダンジョンに転移してしまったのかも」

「極夜の草原とゴブの湯みたいな感じのダンジョンか。……参ったな」


 一番手っ取り早いのは自害してダンジョン外に排出されることだが……。


 俺とツナとヒルコ、ついでに水瀬……それによる獲得DPがいくつになるか想像も出来ない。


 敵か味方かも分からない相手にそんな大量のDPを渡すわけにもいかないし、何よりもダンジョン外に出た直後に待ち構えている志島に襲われる可能性も考えられる。


 正攻法で歩いて脱出するのが一番リスクが低いだろう。


 ヒルコは指示を仰ぐように俺を見て、俺は仕方なく頷く。


「とりあえず、歩いて脱出を目指そうと思う。先導はヒルコで罠とモンスターに警戒、ツナは内側で、水瀬は後ろ。俺はツナを庇う形で歩いて、モンスターが出てきたときは前に出る」


 ヒルコは異存がないのかコクリと頷き、回復したらしい水瀬がむくりと起き上がって拳を天井に突き上げる。


「よし、じゃあ行くぞ。ダンジョンファイターズ! ふぁいっ! おー!」

「……」

「……」

「……」


 水瀬の掛け声はダンジョンの中に虚しく響く。


 ……アメさんいないからな。

 そういうノリに乗ってくれるタイプのやつがこの場にはいなかった。

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