第四十七話
白銀の街のダンジョンマスターの話は思いの外マトモというか、地に足をついたものだった。
基本的には相互不可侵……ダンジョン国家内の枠組みの中では争わないようにしよう、そして参加者を増やすことでお互いの生存率を高めよう。
ということが一番の売りで、あとはDPで買えるものの商取引を積極的に行うことや定期的に会議をして、海外からの脅威に備えるというものだった。
最終的には「ダンジョンやその他の影響で日本が成り立たなくなった場合に備えたい」とのことだが、すぐにどうこうという話でもないようだ。
国としての最低限、夜警国家のような形にするのさえ現状では難しいし、ダンジョン内で産業を産むのもそれを外部に売買するのも難しいとのことだ。
「……まぁ、今、無理矢理一般人を集めても封建社会がせいぜいで、産業もないからあんまり意味がないのは事実だろうけど、じゃあなんで国家とか言い出したんだよ」
「それはほら……ノリで?」
「ノリで決めるな」
俺が呆れながらツッコミを入れると、白銀の街のダンジョンマスターは軽く椅子を引いて脚を組む。
「でも、インパクトはあるし、あと、なんやかんやみんなダンジョンで引きこもってるから人恋しくて、人を集めるっぽいのはウケがいいだろ?」
俺はあまり人恋しさを感じたことはないが、まぁそれは長いことツナに猛アタックをされたりぺたぺたとスキンシップをしていたからというのが大きいだろう。
なんなら、ツナと二人きりの時期が人生で一番他者との距離感が近いぐらいだ。
少し前までのことを思い出し、少しもったいなかったなと考えてしまう。
せっかくならもうちょっとひっついていた方が良かったかもしれない。
「まぁ……人と会うことが少なくてしんどいってやつはそこそこいそうだな。気軽に遊びに行ったりも出来ないし」
「そうそう。恋愛とか友達とかじゃなくても、定期的に人と会わないとなんやかんや張り合いがなくなるもんだからさ。実際、単にダンジョンの寄り合い作るってときよりも遥かにダンジョンマスターが集まったしな」
まぁそんなもんか。と考えていると、彼は軽く周りを見回して紙とペンを取り出す。
「それで、せっかくだし、何かDPで買えるものをお試しで交換してみるか? ここにいる連中だけでも」
「あー、そうだな。まぁ試しにはいいかも。けど、ウチが安いのって武器とか防具とかだからなぁ。あんまり使わなくないか?」
「いやいや、普通に質がいい武器はほしい。むしろこっちが渡せるものが困るぐらいだ」
改めて交換とかを考えると、ダンジョンが離れていることもあって大量に物を輸送するのも大変で、ここら辺も考えないとダメそうだな。
まぁ、ウチがどうこう考える必要があるところではないが。
「私のところからは魔導書とかでいいかな? 色んなのがあるから、希望があったら郵送するよ」
そんな感じで第一回の物品のやりとりの話がまとまる。
水瀬はダンジョンがないので代わりにウチから出すことになるが、まぁそれぐらいはいいだろう。
和気藹々と……とはいかないが、人数が少ない分だけ話しやすい。
そう考えていると、何やら不正魔導と呼ばれている男とダンジョンマスターが何やら目配せをしていることに気がつく。
特に気にせず話を進めていると、唐突に業を煮やしたようにドンと円卓を叩く。
水瀬が驚いてビクついている間に男は不正魔導を睨み、不正魔導は脚を組み直して首を横に振る。
「……志島。いつまでそうしている」
「いや無理無理」
事前に二人で何か決めていたのか、その作戦が上手くいかずに……というか志島と呼ばれた魔導士が何やら作戦を無視したようなやりとりだ。
少し警戒すると、志島は手を挙げて首を横に振る。
「作戦は中止でいいだろ。こりゃ無理だって。あれだ、川の増水とか雪崩とか土砂崩れとか、そういう類のやつだ。これ」
志島は何もしないというアピールをして、それを見ていた水瀬がコソコソと俺に話しかける。
「えっ、どうしたんだろ? 楽しいレクリエーション用意してきたけど人が減ったから出来ないとかか?」
「どう考えても違うだろ。会議で集まったところを襲うつもりだったけど急遽変更して揉めてる感じっぽい」
「えー、どうするんだよ」
どうするってもなぁ。
こんな目の前で揉められると思っていなかったせいで判断に困る。
どう考えてもこちらを襲う気で来ていたというようなやりとりだが、それをする不正魔導の方は完全にやる気がなく下手に突いたらそれで戦いになりかねない。
襲うなら襲うで、襲うのをやめたのならやめたでいいから、目の前で揉めないでくれよ……。グダグダすぎて対応方法がよく分からなくなる。
とりあえずツナとヒルコを呼び寄せて近くにきてもらいながら白銀の街のダンジョンマスターに目を向けると、彼は状況についていけていないのかオロオロとしていた。
「……志島」
「いや無理だって、世が世なら祀られたり地名とかになってるタイプの存在だって、戦うとかそういう感じのやつじゃないってどう見ても」
……このやりとりを見せられて俺たちはどうするべきなのだろうか。
戦闘になるのも嫌だしツナとヒルコを連れて帰ろうかと考えていると、水瀬に机の下で手を握られる。
「ヨル……この状況で帰ろうとするのは、なくないか?」
「いや、そろそろ話もお開きになる感じだったし、裏切り者も出たわけなんだから一旦仕切り直すべきでは?」
「いやいやいやいや、今のやりとり的に、完全にヨルが怖いから襲うのを中止したって感じじゃん。ヨルがいなくなったら作戦が決行されるじゃん。よく考えてくれよ」
「いや……水瀬にビビってるのかもしれないだろ?」
水瀬はダラダラと冷や汗を垂らしながら俺の手を強く握り続ける。
「いいのか? 死ぬぞ? 俺、死ぬぞ?」
「いや……水瀬ってなんか死んでも死にそうにないからなんとかなるって」
「賊に騙し討ちされたらどうにもならねえって、なあ、お前もそう思うよな!」
水瀬は志島に意見を求め、志島は困惑した表情で俺たちを見る。
「えっ、俺に聞くの?」
本当にそうだよ。
水瀬の奇行はおいておくとして、それにしてもこれはどう収集を付けるべきなのか。
おそらく志島に指示をしているダンジョンマスターは、志島の実力に全幅の信頼をおいていて、戦いになったら確実に勝てると踏んで指示を出したのだろうが……当の志島は戦う前からすでに何故か心が折れていてボイコットしている。
……志島たちを拘束したり倒そうとすれば抵抗されて戦いになる。
俺たちが帰れば残ったやつが襲われてしまう。
出来たら志島達に帰ってもらいたいが、ダンジョンマスターの方は戦う気満々のようで、志島もダンジョンマスターをおいて一人で帰るつもりはないようだ。
「くっ……複数人の思惑が絡んで、全員アドリブがあんまり上手くない結果、すごく微妙な状況に……!」
いや、本当にそうだよ。
襲うならもっと綿密な計画を練るか、もう少しアドリブに強くあってほしい。
襲うつもりだったけどやっぱりやめたという微妙な状況による謎の空気感。
水瀬に手を握られているのが地味に嫌だった。
「水瀬、手を離してくれ。手汗がなんか嫌」
「嫌だ。俺はこの手を離さない。たとえ君が嫌がったとしても……!」
「その主人公みたいなノリなんなんだよ」
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