第十一話

「……その、ヨル、えっと、ちゅーしても、いいですか?」

「ん、ああ」


 そう言えば今日はしていなかったな。

 ツナは小さな体を俺に預けるように傾ける。


 いつもの匂いとは違う気がするのは気のせいだろうか。確かシャンプーとかは持ってきていたと思うけど。


 あまり働かない頭のまま、されるがままにキスをする。


 ああ、そう言えばアメさんの前でするのは控えていたんだった……と思い出すが、ツナの小さな唇に触れることが心地よく、酔いによる体の動かしにくさもあって止めることも出来ない。


「……ヨル、ちゅーするの好きですか?」

「ああ、そうだな」

「えへへ、私もです」


 ツナはそう言ってから俺から離れてアメさんの方にいきコソコソと話をする。


「いけます。ヨルは酔うと素直になるみたいです。これなら……例の作戦「ヨルの好みのタイプを知ろう大作戦」が始動できます」

「……遠回りじゃないですか?」

「遠回りこそが近道なのです。人生は短距離走ではないんです、好みを知って、それに合わせることでもっと好きになられて我慢出来なくさせる……。それが正攻法です。後で怒られたり、関係が崩れる可能性があるのはバツです」


 ふたりは何の話をしているのだろうか。そう考えていると、アメさんが俺の隣にきて俺の顔を覗き込む。


 アメさん、やっぱり顔が綺麗だな……と思っていると、その綺麗な顔が恥ずかしそうな表情に変わって口を開く。


「ヨルさんは、好きな女の子のタイプってありますか? 胸が大きい方がいいとか、背は小さい方がいいとか」

「胸? 気にしたことないな」

「おっぱい、好きじゃないんですか?」

「いや……それは好きだけど」

「……僕みたいな小さいのでもですか?」


 アメはパジャマ越しに自分の胸を触る。

 細い体についた女性らしい膨らみは確かに小さいものではあるが、ふにふにと触ればパジャマ越しにどういう風になっているのかが分かるぐらいにはある。


 柔らかそうな胸が薄い布越しに形を変えて、俺の目に映る。


 アメさんは俺の視線を気にしてか、それとも自分が扇状的なことをしていることに気がついたのか、パッと手を下ろして赤くなった顔を俺に向ける。


「み、見すぎ……です」

「……そんなに見てたか?」

「ん、んぅ……すごい見てました」


 いや、まぁ……見るだろ。普通は。


「と、とりあえず、ヨルさんはおっぱいは小さいのでも好き……と」


 何故かアメさんはメモを取りつつ変わるようにツナが話を続ける。


「髪は黒髪好きですよね?」

「ん、あぁ、まぁ」


 ツナは自分の髪を触りながら尋ねる。


「ヨルが買ってたエッチな漫画も黒髪の女の子多かったですしね。ん、髪型はどんなのが好きですか?」

「……なんかめちゃくちゃ聞いてくるな。どうしたんだ? まぁ……普通に、今のツナのとか好きだけど」

「えへへ、そうですか。……好きな服装は制服以外にはありますか?」

「いや、これと言って……特に思い浮かばないけど」

「……むう、これは……酔っていて頭が働いてないです。策士策に溺れる……」


 とりあえず眠いので横になろうとすると、ツナにガッと掴まれて阻止される。


「……直接聞いちゃいますけど、ヨルはどんな女の子が好きですか?」

「ツナとかアメとか好きだけど、知ってるだろ」


 俺が答えると一瞬照れたような表情をして、すぐに俺の肩をゆする。


「ちがーう! そうじゃないです。そういうのではなくて、もっと直接的にヨルから好かれる方法を知りたいのです」

「つ、ツナ……今揺さぶるのはやめてくれ……」

「……女の子の体でどこが気になるとかはありますか?」

「……ツナ、そろそろ寝かせてほしい」

「寝たいなら情報を吐くのです」


 そうは言ってもな……。そのときに惹かれた場所を見てしまうというか。


 ……正直なところ、ふとももが出ていたらふとももを見るし、胸元がゆるければそちらを見てしまうし、お腹が見えてたらそちらに意識が向く。


「うう……こうなることを見越してお土産にお酒をオススメしたりしたのに、全然上手くいかないです」


 ツナは脚をパタパタと動かす。

 俺はそのまま眠ろうとしたが、不意にツナの着ているパジャマがズレて、お腹と黄色いパンツの端の方が見える。


 普段ならあまり見ないようにするが、今は酔っていて判断能力が鈍ってしまっていたために思わずそちらに視線を向けてしまう。


 子供っぽい淡い色合いの下着で、よく見ると可愛らしい絵柄があることに気がつく。


「……んぅ……? ぁ……」


 ツナは俺の視線に気がついた表情をして、それからわざとらしく俺から目を逸らし、顔を赤くしながらパジャマの端に指を軽くかけてほんの少しだけずらす。


 パッと見て、わざとずらしたのか分からないような動きだったけど、なんとなくそれがわざとなのではないかと思った。


 ツナのパンツは先ほどよりも見えてしまっていて、パタパタと脚を動かすのに合わせてまたパジャマがずれる。


 子供っぽいパンツが露わになるほど俺は耐えきれずに前のめりになってしまう。


 ツナの誘うような動きに捉われてごくりと喉を鳴らす。


 お腹と子供っぽいパンツが見えているだけなのに……。

 酔った自分でも我慢出来ていないことを自覚出来るほどそのパンツをガン見してしまう


「……ヨル、パンツ好きですよね」

「あ、わ、悪い」

「……見たいなら、いいですけど。……その、こういう下着は、どういうのが好きなんですか? 大人っぽいのか、子供っぽいのか。可愛いのか、シンプルなのか」


 ツナは着替えなどを入れている鞄を取り出して、そこからまた透けない色付きの袋に入れていた下着類を取り出して、顔を赤くして恥じらいながらそれを俺に見せる。


「……その、あまり大人っぽいのは持ってないんですけど、この中だとどれが好きですか?」


 可愛く丸まった柔らかい素材のパンツが手に押し付けられるように渡される。


 あまり働かない頭の中、「ああ」という気づきを得る。


「……あ、これ、夢か。都合が良すぎる。……だとすると、俺は、こんな願望をツナに抱いていたのか……?」

「ん、そ、そうです。夢です。だから……好きにしていいんですよ」


 ツナは顔を真っ赤にしながら丸く畳んであったパンツを広げて俺に握らせる。


「そ、その、もっと大人っぽいやつの方が好きですか?」

「……いや、こういうのの方が」

「そ、そうなんですか」


 ツナはパンツに釘付けになってしまっている俺を見て恥ずかしそうにしながら俺の隣にぺたりと座る。


「……俺は、夢に見るほどこういうことがしたかったのか。ツナに見られながらツナのパンツを物色するのは……流石に性癖がエキセントリックすぎないか」


 特に目が追ってしまうのは、ツナのお気に入りなのかときどき見る可愛らしいピンク色の下着だ。


 他の下着よりもよく身につけているからか、少し着慣れた感触がある。


「……その、ヨルはそのパンツが好きなんですか?」

「……いや、まぁ、その、好きというか」

「よ、よければ、その、えっと、さ、差し上げますよ」


 ……!? ああ、いや、落ち着け。流石にいつも俺のことを誘惑してくるツナでもこんなことを言うはずがない。


 これは完全に俺の願望が見せる儚い夢でしかない。


 ……こんな都合の良い欲に塗れた夢を見るほどに欲求不満なのだろうか。

 流石に夢とは言えども妄想がすぎるだろう。いや、まぁでも夢なら……。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 朝になって目を覚ます。

 一瞬、いつものベッドではないことに驚きつつ、酔いが抜けきっていない頭を起こす。


 昨日は……確か、アメさんの親父さんに付き合って結構飲んだような気がする。

 そのせいか、いつもは俺よりも起きるのが遅いふたりは起きてすでに着替えていた。


 昨日、酒飲んでからどうしたっけなぁ、と思いながら、とりあえず服を着替えようと俺の荷物の入った鞄を開けて……鞄に入れた覚えのないピンクの布を見てそれを手に取る。


 なんだこれ、と思ったのは一瞬で、すぐに気がつく。パンツである。

 ……サイズからしてツナのものだろう。


 一瞬で血の気が引き、思わずバッと鞄の中に突っ込み直す。

 えっ、なんで。と思いながら、ツナ達に不審がられていないかを確認するように後ろを見る。


 どうやら気づかれていないらしく、ホッと安堵の息を漏らす。


 落ち着け、落ち着くんだ俺。……たまたま、偶然荷物をまとめたときに混入した?


 いや、流石にそれはない。昨日風呂に入る前にタオルや着替えを取り出すために鞄を開けたし、その際にはこんなものはなかった。


 だとすると、これが鞄の中に入ったのはそのあと……おおよそ、俺が酒を飲んでから起きるまでの間……。


 その間に、何者かがツナのパンツを俺の鞄に入れたのだ。


 …………犯人、俺じゃね?

 いや、流石に……違うと、違うと思いたいが、ツナがするともましてやアメさんがするとも思えない。


 俺は俺のことを信じたいが……酒を飲んでからの記憶が曖昧である。


 酔って、理性がなくなって、我慢しきれずにツナの荷物を漁ってパンツを盗んだ可能性は……なくはない。


 ないと思いたい、思いたいけど……実際に、俺の鞄に入っているわけで……。


 冷や汗がダラダラと流れ出て、心臓が掴まれるような嫌な早鳴り方をする。


 やってしまったのか? 俺、やってしまったのか? 欲望に負けてそんな卑劣なことを……?


 と、とりあえず、バレてはまずい。……とりあえず鞄の奥にしまって……。


 なくなっていたらツナも気がつくから、ツナが次に着替える前……そのときまでには、ツナの荷物の中に戻しておかないと。


 戦闘でも感じたことのないような恐怖……それを感じながら、ひとまず鞄の奥底にしまおう。


「ヨル」

「うおあっ!? な、なななな、なんだ!? ど、どど、どうした?」

「えっ、お、おはようって言おうと……」

「あ、ああ、おはよう。い、いい朝だなぁ天気も良くて」

「雨ですけど……? どうかしましたか?」

「な、なななななんでもない。きききききのせいだ、気のせい」


 ツナは不思議そうにこてんと首を傾げる。……ば、バレてないよな? 大丈夫だよな?

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