第十話
「あー、そういや、晩御飯ってなんだろ」
「カジキマグロですよ」
「……そういやそうだったな。……あのさ、今更なんだけど、カジキマグロって何キロぐらいなんだ?」
「お父さんがとってきたのは100キロぐらいですね」
……100キロか。……明日からは親父さんもいなくなるわけで、おおよそ一週間で四人の食事。
……1食、1人200g食べたとして500食……500食!?
いや、魚の可食部はおおよそ半分ほどなので250食ぐらいだ。4人で毎日3食食べたとしても20日以上……。
「……アメさん、もしかして、俺たちがいる間は無限にマグロが出てくるのか?」
「お魚きらいですか?」
「魚は好きだけど……いや、いいんだ。マグロ好きだからうれしいな、と、思ってな」
ただ……カジキマグロはカジキであって「お魚」という可愛い表現をする存在ではないだろう。
「あ、ヨルさん……お、お兄ちゃんもお風呂に入ってきますか?」
「あー、いや、人の家であんまり勝手に動くのもな。アメさんのお父さんが道場から戻ってきてからにするよ」
「遠慮しなくてもいいんですよ?」
遠慮しなかったら夕長になりそう。
……アメさん、いつもにこにこ笑っていてとても可愛いので抵抗する気が失われてしまう。
ツナもアメさんだったらそんなに嫌がらないし……と、ブレてしまっていると、脳裏に浮かんだみなものお婆さんが「カアッ!!」と言って俺の考えを改めさせる。
……常識的に考えてダメだよな。うん。
俺が揺れていると、じっとアメさんを見ていたツナが口を開く。
「制服……可愛いですね」
「えへへ、ありがとうございます。……後で着てみますか? ブカブカかもしれないですけど」
「ん……そうですね……。ヨルに大人っぽく見られてしまうかもですね」
いや、中学校の制服に大人っぽさはないだろ。と思うがツナからすると年上が着ているものという印象が強いのだろうか。
少ししてから台所の方からアメさんが呼ばれて、たぶん食事の用意だろうと俺とツナも手伝いにいく。
親父さんが戻ってきてから食事をして、片付けをしようとしていると、アメさんの母がご機嫌な様子で、俺がお土産代わりに持ってきたビールとコップを運んでくる。
「ほらー、結城くんがこんなのも持ってきてくれたんですよー」
「……ビールか。久しぶりだな。……こちらが世話になっているんだから、そんなに気を使う必要もないだろう」
いや……アメさんのこともあるので、いくら気を遣っても足りないぐらいだろう。
「好きなものとか分からなかったんで持ってきたんですけど、アルコール大丈夫でした?」
「ああ。……まぁ普段は飲まないが、こういう日ぐらいは飲みたいものだ」
親父さんはビールをコップに注いで俺の前にコトリと置く。
俺も普段はツナの手前あまり飲んだりしないが……まぁ、自分で持ってきたのだし付き合う他ないだろう。
お互いに酒の席の作法とかも分からないため、適当にチビチビと飲みはじめる。
アメとツナは食器を片付けたあと、気を遣ったのかそれともおっさんがふたりで酒を飲んでいるところにいてもつまらないからか部屋に帰っていってしまった。
「……アマネ、そっちの方で迷惑をかけていないか。粗忽者だろう」
「いや、いてくれて助かってます。……探索者をしているときは、ダンジョンの罠とかの搦手に弱いことを気にしたり、探索者の仲間と上手くいってないことを気にして暗くなっていたみたいですけど、今は明るく笑っていると思います」
「……そうか。妻の方とは時々連絡をしているようだが、俺には来ないからな」
ああ……まぁ、なんとなく世の中の親はそんな場合が多いような気がする。
先に普通に食事をした後だからか、真面目な話をしているからか、そこそこ飲んでいるつもりだけどあまり酒が回る感じがしない。
コップを傾けつつ話をする。
「こっちで家族の話をするときは親父さんの話題が多いですね。たぶん、目標にしているからこそあまり甘えられないのかと」
まだあまり酔いが回っていない俺に対して、親父さんの方は体格の割に酔いやすいのか少し顔が赤ばんできていた。
「……そうか。…………男親なうえ、こちらの文化も把握しきれていない。いつも、何と声を掛けてやればいいか分からずにいた。……よく道場の手伝いをし、俺に歩み寄ってくれていたのに、俺の方はまともに向き合うことも出来ていない」
「そんなことはないと、アマネさんは思ってますよ」
「金も稼げず、家のことも出来ない……唯一の取り柄の腕っ節もギリギリで……」
アルコールで出てきた不満をアルコールを摂取することで紛らわせようとビールをごくごくと飲んでいく。
「……息子なら、息子なら……まだ良かったんだ。なんで俺は娘に負けないように頑張ってんだ」
「いや……それはアメさんですし」
「うう……俺は父親として、どうやって威厳を保てばいいんだ」
「いや、アメさんは親父さんのこと尊敬してますって」
若干面倒くさいと思うが……不安になるのも分からなくはない。
俺もアメさんに負けかけたら男として……。という見栄もあるし、それに加えて最悪襲われたときに抵抗できないのはまずいというのもある。
「……ヨルくんも、気をつけるんだぞ。結婚生活、俺みたいになるなよ」
親父さんの中ではもう俺とアメさんが結婚してることになってるんだ……。
「ああ、でも、アマネも結婚か……」
「……やっぱり反対しますか?」
「いや…………子供と孫が同時に出来たらどうしようと」
「…………いや、まぁ少なくとも孫の方はまだ早いかと」
アメさんの下にもう一人子供が産まれる可能性があるのか……。
……まぁ、アメさんが独り立ちして両親がまだ若いからと考えるとそこまでおかしくもないか。
ダンジョンの影響で門下生も増えているみたいなので収入も増えているだろうし。
話をしながらチビチビと酒を飲んでいるうちに、アメさんの父はこくりこくりと舟を漕ぎ出す。
どうしたものかと考えていると、やってきたアメさんの母がヒョイっと片手で持ち上げて回収していく。
……アメさんの母、力つよいなぁ。
簡単に食器を片付けてから部屋に戻る。
俺も久しぶりの酒で酔いが回っているのか、少しふらつく。
「あ、ヨルさん。大丈夫ですか? もー、お父さんったらはしゃいじゃって」
パジャマに着替え直したアメさんが俺の体を支える。
「あー、悪い。久しぶりで加減が分からなくて」
「いいですよ。……今日も一緒に寝ていいですか?」
「ん、ああ、もちろん」
アメさんに連れられて寝室に入り、ツナが横になっている布団に横になる。
「うへへ、ツナー、待たせたなー」
「わ、めちゃくちゃ酔ってますね。大丈夫ですか?」
「ああ、まあ、平気だ。……ありがとうな、心配してくれて」
「む、むぅ、なんだか調子がズレます」
ツナは照れたようにしながら俺に体を当ててひっつこうとし、それをアメさんがツナを手招きして止める。
「ん、どうしたんですか?」
「いえ、その……今、ヨルさんって普段見ないぐらい酔ってるじゃないですか?」
「まぁ普段お酒飲まないですしね」
「……だから、普段なら出来ないこと出来るんじゃないかなぁって」
アメの言葉にツナの体が固まり、アメさんはそれに勝機を見出したのかツナに耳打ちをしていく。
「えっ、あ、いや……でも。……確かに。でも、それは人として。ヨルも喜ぶ? ……ヨルが嬉しいなら……ん、んぅ。い、一緒にします? その……確かに滅多にないチャンスですし」
あれ、ツナとアメは何の話をしているのだろうか。
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