第九話

 立場的なものもあるので負けるわけにもいかないが、あまり恥をかかせるものでもない。


 周りが気がつく前にサッとやって、サッと終わらせるのがいいだろうと考えながら借りた防具を身につけてから相対して、軽くコツリと面を打って終わらせる。


「ご指導ありがとうございました」

「ああ、いや……。強かった。集中しきれてはなかったけど、俺の動き見えてただろ」


 彼は面を外して俺の方を見て苦笑いを浮かべる。


「見えてるだけじゃ意味ないですよ。……俺は、通じると思いますか?」

「ダンジョンなんて普通にそこらへんのやつでも気軽に挑んでるもんだし余裕だろうと思うぞ。むしろ、何が不安なんだ?」


 数秒言葉が止まる。それから俺の方を見据える。


「俺にはこれしかないから、これを否定されると」


 ……いや、女の子にモテそうなイケメンだし、それは気のせいだろ。

 と、思いはするが、本人はまぁ真剣に悩んでいるのだろう。


 大会などで誰の目から見ても称賛を受けるような結果を出していて、羨ましがられて当然の立場だろうに。


 なのに自身の立ち位置を不満に思うのは……。


「目標がない、ってところか。……まぁ、剣道ってそれだけで食っていけるプロ競技でもないし、探索者も申請すればそれだけでなれるしな。武器の携帯に関してはまた別で手続きがいるけど」

「若旦那にはそう見えますか?」

「俺が似たようなものだったから、同じかと」


 彼は俺の方を見て、それから自分の持つ竹刀に目を落とす。


「俺は、ワガママなんでしょうか。試合に勝っても、記録に書く文字の形が変わるぐらいにしか思えない。……俺は、自分の名前を堂々と名乗れるようになりたい」


 ……難しいな。俺のときはどうだったろうか。


 ……アメさんみたいに「美味しいものを食べたい」「好きな人を手に入れたい」「他人の役に立って認められたい」「なんか斬りたい」というような分かりやすい欲求ならいいんだけど。


 まぁ、人間はそんな単純なものでもないか。


 強いという自負があるが、納得出来る舞台がない。……自分の能力が十全に発揮出来る場所がないなんてのは、わりと多くの人が思う悩みかもしれない。


 ……ああ、俺の場合……ツナと出会って「この子を守ろう」と思ったんだったか。


「……わりと、ほっとけばなんかいい感じに収まると思うぞ。いや、適当言ってるんじゃなくてな」

「……はい。オヤジ殿にもそう言われました」

「オヤジ殿……。竹内くん、剣術道場を何か別の組織と勘違いしてない? ……まぁ、俺がいる間はダンジョン攻略……というか、探索者として生活するのに有用な方法を教えるよ。明日までにちょっとまとめとくから」

「……いいんですか?」

「我流で変な特訓するよりかはよっぽど。二刀流でも挑戦したのか? 左手、変な癖ついてるぞ」


 彼は驚いた表情をしてから頭を下げて、バツが悪そうに自分の練習に戻る。


 みんな真面目だから予想以上にやることがないな……と思いながら、ときどき体を痛めそうなトレーニングをしている人に声を掛けていっていると、夕方になって子供達が帰っていきしばらくしてから探索者らしき大人が数人入ってきて俺とアメさんを見て驚いた表情を浮かべる。


「わ、わざマシン先輩だ。本物のわざマシン先輩がいる……」


 と、探索者が話しかけに行こうとしたところでアメさんの父がアメさんに「そろそろ休みなさい」と言って家の方に返す。


 過保護だな……別に変な感じでもなく、単に有名な人を見て驚いているというだけだったが。


 学生に比べると不真面目なのか、それとも俺の話の方が訓練よりも有用と感じたのか何度も訓練中に話しかけられダンジョンの話をする。


 門下生が全員帰ったあと、掃除をしようとしたところでアメさんの父親に話しかけられる。


「……どうだった?」

「門下生ですか? 結構ひとりひとりメニューが違うことには驚きましたね。なんか近代的なトレーニングしてる人もいましたし。全体的にレベルが高いのと、特に竹内くんは危なっかしいところは見えるけどなかなか強そうだったな」

「……そうか」


 自分の教え子が褒められたことが嬉しかったのか、少しだけ厳つい表情を緩める。


 ……気になったところは、中学生以上の門下生には自分で改善点を探してトレーニングを考えられるように指導していることだ。


 自分で出来るようになるのはもちろん良いことだが……それでは商売にならなくないか……と思わなくもない。


 実際、遠方からきた探索者には訓練方法だけ教えるみたいなことも多いらしく、なんというか商売が下手だと感じる。


「今日はもう遅い。明日も昼からだが、掃除は俺にさせておけ」

「いや、俺もやりますよ」

「……一週間ほど開けることになる。道場に礼をしておきたい」

「……はい。じゃあ、お先に失礼します」


 家の方に戻ると、エプロンをしているアメさんの母がパタパタとやってきて、アメさんは風呂に入っているから客室で待っていてほしいと言われたので頷いてそちらに向かう。


 わざわざこの日のために用意してくれたのか、俺とツナ用に布団などが用意された部屋に通され、お腹を出してゴロゴロとしているツナを見る。


「……ツナ、一応お世話になってるんだからさ」

「む、さっきまでお料理の手伝いしてたんですよ。火を使うからと追い出されただけで」

「ああ、そうなのか、ごめん」

「道場の方はどうでしたか? お邪魔になると悪いので顔は出さなかったんですけど」

「まぁ、問題なさそうだったよ。ただ……アメさんもそうだけど中高生ぐらいからは「動画で見たあの人だ」みたいな反応されるな」

「あはは。んー、畳もいいですね。好きなところで寝っ転がれるのが気楽です」


 楽しそうにしているツナとふたりで畳の上で過ごしていると、廊下の方からとてとていう足音が聞こえてくる。


 戸が開く音に合わせてそちらに目を向けると、紺色のスカートとブレザーを着たアメさんが照れたような表情で入ってくる。


「……あの、アメさん? その格好は」


 昼前にアメさんの母校の中学校で見た女子生徒と同じ制服姿。

 中学校の頃から身長や体格は変わっていないのか、違和感などはなく似合っていて可愛らしいと思う。


 ……けど、なんで風呂上がりに制服を着ているのだろうか。


 思わずツナと二人で呆気に取られていると、アメさんは照れたような笑みを浮かべて畳の上にぺたりと女の子座りをする。


「えへへ、ちょっと前まで毎日着てたのに、こうして見てもらうとなんだか恥ずかしいです」

「ああ……どうしたんだ? 可愛いけど」


 中学生の頃に同級生にアメさんがいたら惚れてただろうな、と思いながらも突然の奇行に若干引いていると、アメさんは嬉しそうに話をする。


「さっきお母さんが「男の人は制服が大好きだから着たら喜んでくれますよ」って」

「お母さん……」


 たぶんアメさんがしているファッションショー的に制服を見せるのとは少し違う気がするんだ。


「それで……ヨルさんも嬉しいですか?」


 ……まぁ少しドキリとしたのは確かである。


 だが……そもそもとして、別に俺には制服フェチがない。


 制服フェチであると思われるのも嫌なので、そのことを伝えようとして……ふと、道場の掃除をしているアメさんの父の顔を思い出す。


 真剣な表情で道場に礼を尽くしている男の顔を。


 ここで俺が「別に男は全員制服フェチというわけではない」と否定したら……そのとき、アメさんや彼女の母に「男性全般の好みなのではなく、お父さんの性癖が制服である」とバレてしまうのではないだろうか。


 悩みながら、グッと口の奥を噛む。


「ああ、すごくかわいくていいな」

「えへへー」


 ……これで、きっとアメさんとアメさんの母は「父親の性癖ではなく、一般的な男性の嗜好である」と勘違いし続けてくれることだろう。


 アメさんパパ……あなたの尊厳は俺が守ったよ。


 ……それにしても、アメさんのお母さん、学生時代から十年以上経ってるだろうけど、パッと「男の人は学生服が好き」という考えが浮かんでくるのは……いまだにアメさんの父の前で着たりしているのだろうか。


 ……あまり考えないようにしよう。

 まだ若い夫婦なんだしそこまで変な話でもない。


 なんか気まずさを感じるが、アメもツナも気がついてないので別にいいか。うん。


「あと……「お兄ちゃん」って呼ぶと喜んでもらえるとも聞いたんですけど、えっと、どうですか? お兄ちゃんって」

「……それは」


 ……もはや完全にただの親父さんの性癖である。

 制服の女の子にお兄ちゃんと呼ばれるのが癖なのか……。


 まぁ、うん。お兄ちゃんはいいよな……。分かるよ、親父さん。



 ……俺、あなたの気持ちが分かるんだ。

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