第八話
何かを思い出したのように落ち込んでいるアメさんの父と共に家の方へと戻る。
それから本当に出てきたマグロの刺身に舌鼓を打つ。
それから門下生が来るまで時間があるからと、アメさんの母がアルバムを持ってくる。
「わー、家族アルバムなんて初めて見ました」
「キヅナちゃんの家では写真とかあんまり撮らないの?」
「んー、撮らないですけど、これから撮っていくのもいいかもです」
そんなやりとりと共に分厚いアルバムを開く。
始まりの方はアメさんが産まれるのよりも前なのか、アメさんの母らしき少女とその両親らしき人物と兄らしき人物が映っていた。
家族の団欒という感じだけど……なんというか、こう、普通に見えるのに強そうに感じるのは先入観のせいだろうか。
「わー、お母さんの子供のころ可愛いですね。おじいちゃんとおばあちゃんも懐かしいなぁ」
アメさんの両親は早婚っぽいが、祖父母はそうでもないようだ。
叔父は母親とは結構歳が離れているようで、二十代半ばぐらいに見える。
「これは私が小学校のサッカー大会で優勝したときの記念ですね」
「周りの子よりも小さいですね。それに女の子ひとりだけです」
「あ、うん。この時三年生だったから、周りは六年生か五年生だから」
母親はアメさんとは違って活発だったのか。……いや、もしかして逆か、アメさんとは違って比較的気性が大人しいから団体競技に参加出来たのだろう。
なんか人の人生を覗いている感じでむず痒いな……と、思いながらパラパラとめくって眺めていると、ボロボロの男二人が楽しそうに笑っている写真が出てくる。
いや、写真撮ってる場合じゃないだろ。病院行け。
「あ、これは兄と夫が戦ったときですね」
「お父さんと叔父さん……どっちが勝ったんですか?」
「お父さんが勝ちましたよー。かっこよかったですね。ふふふ」
「……当時、剣を使えない俺に合わせて素手でな。実質負けみたいなものだった」
アメさんの母は謙遜した父をうりうりと肘でつつく。
仲いいな……と思いながら次のページを開く。
先程の決闘からほとんど時間が経っていないのか、同じところを怪我したままのアメさんの父と制服姿のアメさんの母のツーショットが貼られていた。
その下には「婚約記念日♡」という文字と日付が書かれていた。
「あ……」
思わず父親の方を見る。
彼は何か遠い目をしていた。
……うん。まぁ……ほら、あれだ。アメさんのお母さんも美人で可愛らしい人だし、これはみんなから羨ましがられる状態だろう。
おそらく、きっと、たぶん怪我の影響なのか、写真の中の彼はめちゃくちゃ青い顔をしているが、怪我の影響なので仕方ない。
「……ヨルくん。そろそろ行こう、生徒が来る」
「あ、はい。……結局、アメさんの小さい頃の写真まだ見れてないけど……」
アメさんの父の後ろを歩いていると、彼は俺が「あっ……」と察したのを察したのか、俺に背を向けたまま低い声で語る。
「この家に金がないのは、俺が商売下手だからだ。義父母のころはこうでなかった」
「……まぁ時代とかもあると思いますけど」
「そんな中で、妻は不満のひとつも漏らさない。ただの粗暴な男だった俺を叱り、愛し、共にいてくれた」
……結果的にはいい感じらしいのでよかった。まぁ、アメさんの性格からしてもいい家族をしているようだしな。
「指導についてだが、基本的に各々のレベルやモチベーションに合わせて変えている。簡単にだがノートにまとめてあるからそれを参考にしてくれ。子供はアマネが相手すると思うが、親の意向で技術的なものよりも礼節を学ばせたがっているので何かあればそちらを優先してくれ」
道場についてからノートを渡される。最初の方は英語で書かれていたが、俺に渡すためにか全て日本語に直されていた。
ペラペラとめくるとひとりひとりの目標やそれに対する克服すべき問題点や悪癖、反対に伸ばすべき長所などと、それに応じた訓練内容が書かれていた。
……本当に商売下手だな。いくら月謝をもらっているのかは分からないが、ひとりひとりに手間をかけすぎなのはこれを見るだけで分かる。
「特に気にして見ていてほしいのは、先程も話した竹内だ。本人としては伸び悩んでいると思っているらしく焦っているのと、探索者志望なこともあって剣の基本から逸れてもいいと考えている」
「探索者志望……。まぁ、剣の腕で食っていこうとなると珍しくもないのか」
「俺とヨルくんの戦いの動画も見たらしく、探索者ということで憧れられているからわりと話は素直に聞くと思う」
ああー、あれか。動画サイトで結構再生されていたので身内なら見ているか。
しばらくすると何人かの子供たちがやってきて、アメさんの父が俺を師範代だと紹介する。
……俺、いつのまにか夕長流の師範代になってたんだ。
少しノートを片手に指導の様子を眺めていると、子供の一人が恐る恐るという様子で俺の元に来る。
年齢はツナと同じぐらいだろうかと思いながら、威圧感がないように努めて笑顔を作る。
「どうかしたか?」
「師範の子供なの?」
「あー、いや、師範の子供の……友達、みたいな関係かな。師範が実家に帰っている間の代わりをしにきたんだ」
「へー、じゃあ強いの?」
「ああ、すっごく強いぞ。師範と同じぐらい強い」
子供は「嘘だー」と言いながら笑う。
「師範の代わりだから、何かあったら俺に言うんだぞ。……よし、俺も一緒に素振りをするか」
近くで見ているだけだと威圧感があるだろうと思い、子供達の横で一緒に素振りをする。
他の大人が珍しいのか、俺の方を気にしたようにチラチラと見ながら振っている。
「手本に見るのはいいけど、素振りをしながら見ると危ないぞ」
「あ、はーい」
「速く振ること以上に、数をこなす以上に、正しい形で全身を使って振ることが肝要だ。そうそう、そんな感じだ」
こんな感じでいいのだろうかと思いながらやっていると、着替えたアメさんがやってきてアメさんと交代する。
しばらくすると中高生ぐらいの門下生もやってきて、アメの父親から同じように紹介される。
中高生ともなると俺のことをアメさんの父と戦った動画などで見たのか「うわー、すげー」とか「本物だ、本物」などの、尊敬と珍生物を見たときの反応が混じったような態度を取られる。
これぐらいの年になると自分の訓練メニューは把握しているのか、自主的に各々始めたり、アメさんの父に指導をもらいに行ったりしていた。
結構、自由な感じというか……あまり全員でまとまって同じ内容をするわけではないんだな。
そんな中高生達の中、ひとりだけずば抜けて動きの良い人を見つける。
運動前のストレッチの段階で身体の体幹の良さが感じられ……既に探索者の中に混じっても活躍出来そうな少年だ。
あれが件の竹内くんだろうかと思っていると、彼は俺のことが気になる様子で深く頭を下げてから俺の元に歩いてくる。
「あー、竹内くん。どうかしたか?」
「……若旦那の戦い、拝見いたしました」
「若旦那!?」
「恥ずかしながら、高校を出たらすぐに探索者をやらせていただきたく思っておりまして……。探索者の先達として、若旦那に俺の剣を見ていただきたく。胸を借してくれはしませんか」
「若旦那……。いや、まぁいいけど。素振りを見た感じ、剣技としては十分だと思うぞ。ダンジョンの探索は基本チーム戦だからどっちかというと戦闘能力以外の技能が重要だし……。と、まぁ、そういうことじゃないか」
なんとなく、彼の言いたいことは分かる。
自分が強いという自負があるがため、一度負けなければ素直に指導を聞き入れにくいから負かされたいということだろう。
それで学びやすくなるなら、一度手合わせをするぐらいいいか。
他の中高生も、比較的歳の近い俺に教わるのなら実力が分かっている方がやりやすいだろう。
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