第七話

「それで、こちらがその例の刀です」


 そう言いながらアメさんの母は事前に持ってきていたらしい刀を俺に渡す。

 持った感触は思ったよりも軽い。鞘や柄の拵えはシンプルなものだが、しっかりとした作りになっている。


「……見ても?」

「はい。お願いします」


 刀を鞘から引き抜くと、その刀の異様さに気がつく。


 軽いとは思っていたが……その中にも感じていた重みの大半は鞘と柄で、刀の本体とも言える刃はまるで羽のようだ。


 明らかに通常の刀ではあり得ないような薄さ、美術品のような美しい刀身だが、けれどもその刃の鋭さは見つめている眼球が斬り裂かれるのではと幻視してしまうほどだ。


「……いい刀だ」

「……いや、あの、百鬼夜行が描かれた時代に打たれた刀なんですよね? こんな錆も出来ずに残るものじゃないかと。錆びて朽ちるか、丁寧に錆びを落としても削れ過ぎて無くなってしまうような時間かと」


 まぁ確かにそうだ。こんな綺麗に残るような時代のものではないだろう。

 となると……偽物というか、レプリカ?


「それがですね。その刀、錆びず、折れず、曲がらず、という具合でして。……夕長の一族をその「夕薙」を守る一族ですが、それは夕薙から人々を守るためのものです。刀の鞘は刀を守ること以上に、刀の刃から他者を守るものでもあります。なので、私達は「壊せるなら壊したい」と思っています」

「……壊れない?」


 こんな薄べったい刃が? 少し怪訝に思っているとアメさんの母は「試していいですよ。壊れてくれた方がありがたいので」と俺に言う。


 試せと言われても……鞘から少しだけ出した状態にしてから鞘と柄を握って折ろうとするも、ある程度のところまでは曲がるがそれ以上は妙に強い弾力がある。


「……見た目よりも随分と丈夫なのは確かですね」


 鉄鋼……というには少しばかり軽すぎるし、丈夫すぎる。その上に錆びないらしく、そもそも材質が鉄ではないような気がする。


 得体が知れない妙な刀……先程の逸話はどこかで歪んでダンジョンの中のマジックアイテムあたりが伝わったとか……。


 そうなると、やはり数百年前にもダンジョンがあったということか? ……だが、本当にダンジョンが存在していたら現代に伝わらないはずが……。


 いや、ダンジョンの副官になった瞬間に家族との「縁が切れた」ときのように記憶から薄れさせることが出来るはずだ。


 口伝として伝わっているのは……いや、まぁ古いことすぎて考察のしようもないか。


「それで、何故その話を俺にしたんですか?」

「えっ」

「えっ」


 ……もしかして、婿入りの挨拶にきたと勘違いされてる?


「それで、ヨルくんを連れて行ってもいいか」

「はい。くれぐれも怪我はさせないようにお願いしますね」

「あ、じゃあ僕が道場を案内しますね!」


 アメさんは話を聞いて退屈そうにしていたのから一変して嬉しそうに立ち上がる。


 ぴょこぴょことしているアメさんの首の後ろを彼女の母がガッと掴む。


「アマネ、あなたはこっちでお昼ご飯の用意です」

「えっ、で、でも……」

「でもじゃありません。ほら、お料理が出来るところを見せたら男の人もキュンとくるものなんですよ」

「いや、でも……ウチの料理のレパートリーってモヤシをいかにかさ増しするかですし、好感が得られるとはとても」


 アメさんがそう言うと、母親はニコリと笑う。


「大丈夫です。アマネ。この日のためにお父さんが海で魚を取ってきてくれましたから」


 ああ……そこそこ海が近いからそこで釣りでもしたのだろうか。


「立派なカジキなのでそこは大丈夫なのです」

「いや遠洋」


 えっ、カジキ取ってきたの? カジキマグロを? どうやって……?


 ドン引きしながら父親に着いていくと、後ろではアメさんが母親に台所へと引き摺られていた。


「ぬわー! 僕も道場にー!」

「ほら、いきますよー、アマネも包丁なら使えるでしょう」


 アメさんはズルズルと母親に引っ張られていく。家族仲良いな……。あ、何故かツナも捕まった。


 道場の中に入ると、入り口の近くにトロフィーや賞状が飾られていた。


「剣術道場なのに剣道の指導もしてるんですか?」

「ん、ああ。今の時代は流石に剣術だけだと……まぁ、最近は探索者も来ているから剣術も教えているがな。基本、昼は剣道、夜は剣術って分かれがちだ。休日はごちゃごちゃだが。そこに飾られてるのは竹内って生徒ので、まぁたまたま物が良いやつがウチの道場に通ってるってだけだな」


 ああ、よく見ると賞状に書かれた名前はどれも同じだ。日付が新しいものもあるのでまだ通っているのだろう。


「……才能があっても指導者が優れていないと発揮出来ないのでは? わざわざ道場に置いてるってことは、この子もそう思ったのかと」

「いやぁ、まぁ、どちらにせよ学生の大会ぐらいならって才覚ではあったよ」

「……アメさんとならどっちが?」


 父親は困ったような表情で照れたように笑う。


「アマネは物が違う。……夕長の一族は女系というか、代々女性が血を繋いできたんだが。……昔から強い男を婿に迎えているらしくて」

「……ああー」

「雑な言い方をすると、数百年かけたサラブレッドだ。なんというか、半分別種みたいなもんだ。人と比べるもんではない」


 嫁と娘にすごいこと言うな……。

 まぁ、割と俺もアメさんには似たようなことを思うけど。


「今から教える夕長の技は相伝でもなんでもなく道場でも頼まれれば教えているものだが、根本として身体への負担が大きく、通常なら身につけるまでの訓練で体が壊れるため完全に身につけることは夕長の血を引いていない限り難しい」

「……ええ」

「が、まぁ俺やヨルくんレベルなら体も丈夫で一度見れば真似出来るだろうから身につけることも可能だろう。……人に教える場合は気をつけろよ」


 ……あんまり覚えたくないなぁ。そんな覚えるだけで体が潰れるような活人剣。


 そんな前置きから始まった夕長流の基礎の動きは確かに無茶なものが多かった。


 関節や筋肉や骨格というものをいかに活かしきるかという動きで、やはり前に感じたように対人に使うには過剰すぎる動きが多い。


 夕長流は強い……が、過剰な強さだ。

 人と戦うのであればもっと優れた剣技はいくらでもあるだろうように感じる。


「……やはり鋭い動きだ。剣は握って長いのか?」

「二年と少しぐらいですね」

「破格の才覚だな。娘が惚れ込むだけある」

「どうも。……夕長さんは、奥さんとはどういう流れで。結構歳も離れていそうですが」


 父の方は40代半ば、母の方は20代後半から30代半ばぐらいの間に見える。

 外国人らしいし、あまり出会う機会もなさそうだが。


「……恥ずかしい話だが、若い頃は力が有り余っていてな。働きもせずに強者を求めて旅をしていたんだ」

「そんな人間、現実にいるんですね」

「ああ、そうしているうちにスポンサーとでも言うか、パトロンとでも言うか。とにかく強い人間を見たいという金持ちと出会ってな、寝食の世話と強者の斡旋をしてもらっていたんだ」


 そんなのあるんだ……。世の中って怖えなぁ、と思いながら道場の床に座って汗をかいた額を拭う。


「そこで出会ったのが妻の兄で、死闘の末に意気投合してこの家に泊めてもらったんだが……」

「だが?」

「……まぁ、なんというか。少しあってな」

「少し?」

「その話はもういいだろう。もう…………」


 えっ、何があったんだ。話せないようなことだったのか?

 えっ、怖い。すごく怖い。彼の身に何があったと言うのだ。

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