第六話

「夕長という名がまだなかった時代のこと、この世ならざる怪物がこの地を踏み荒らしておりました」


 そう言いながらアメさんの母はボロボロの絵巻物を広げる。どこか見覚えがあるようなないような……と思っていると、ツナがポツリとこぼす。


「百鬼夜行絵巻、ですか。一般的なものとは違いますが」

「はい。色々な描かれ方をしているもので、これもその一つでしかありませんが。……彼等は一様にこの大きな球体から生み出されて、人々を襲いました」


 百鬼夜行の最後に描かれている黒い火の玉を指差しながら言う。


「……太陽から逃げているとか、これが妖怪のボスであるみたいな話は聞いたことがありますけど、これから妖怪が生み出されているという話は初めて聞きます」


 アメさんの母は頷く。


「百鬼夜行の妖怪は多くの村を呑み、街を襲いました。不思議な力を持つ人、火を吹く生き物、醜悪な怪物。まるで地獄が侵食したようにそれらは増えていきました。当時の侍や兵たちもそれに対抗すべく戦いましたが、けれども無限に増え続ける妖怪に押されて、村も、女も、子供も守れずにひとりまたひとりと轢き潰されるように殺されていきました」


 ……アメの母の言葉は、ただの昔話でしかないはずだが……俺、あるいはツナにはひとつ思い当たるものがあった。


 この太陽のような球体……無限に妖怪を生み出す球体とは、それはまるでダンジョンコアのようではないか、と。


「逃げよ、逃げねば。ひとりでも、ひとりでも。安住と安寧を奪われて、村も街も捨てて、遠くへ遠くへ。けれども、おってくる、おってくる」


 アメの母の言葉は続く。


「田を踏み逃げる。飢えて倒れた子を踏み逃げる。逃げるものを踏み逃げる。少しでも、少しでも。食うものもなく誰も彼もが逃げ続ける。都にまで逃げ込むも、どこも彼も逃げてきたものばかり、村々は潰れて食料などありはしない。安寧などはなく、飢えて死ぬか食われて死ぬか。……まるで人々が妖怪のひとつとなったかのような恐ろしい世の中。せめてもと疫病の対策にと、祈りもなく埋葬もなく人を焼くようになった、都に転がる死者を焼き、病気で伏せる人を焼き、飢えて倒れた人を焼く。いずれこの地獄が終わると信じて、灰を重ねて、灰を重ねて」


 昔話とは言えども酷い話だな。と眉を顰めてしまう。


「まるで口減らしのように妖怪に弱き人が立ち向かわされて、その死体をやはり焼く。まるで山のようになった灰が、ある日の大雨で流されていく。その夜に月明かりに照らされた金光りが見つかる。焼いた灰が流された後に、砂のような鉄があった」

「……鉄? 人間の鉄分?」

「人体に含まれる鉄なんてたった3グラムから5グラムぐらいですよ。焼いてしまえばチリや煙に混じって飛んでいきますし、ましてや雨に灰が流されたら残るはずがありません」


 めちゃくちゃ早口で否定された。そういや、ホラーとか苦手だもんな。


「まるで死人の怨念から生み出されたごとくの鋼。それで刀を打とう、この世ならざるものを斬る刃を。……そして刀が生み出され、都一のツワモノがそれを握り、妖怪共を斬り、斬り、斬り。都を守り、妖怪を押し返し、斬って斬って。そしてついにはその妖怪を生み出す球体を斬り捨てる」

「……それが、夕長の一族の祖先?」

「いえ、違います。……確かにその妖刀は、妖怪どもを強く強く恨んでいたことでしょう。けれども、本当にその恨みは妖怪に対してのみだったのでしょうか」


 ツナが怯えたように俺の方にしがみつく。


「もっとも恨んでいたのは、生きたまま炎にくべ、供養も墓もなく殺した人間なのでは」


 ごくり、と、唾を飲む。


「妖怪を斬り捨てた男は、まるで何かに取り憑かれたように今度は人を斬る。狂ったように人を斬り続ける。……妖怪よりも恐ろしき悪鬼。人はそれを妖怪以上に恐れたが、けれども人だった。狂ったからこそ強かった彼は、狂ったゆえに傷の治療も出来ずに死んだ。そこにはその刀のみが残された」


 …………もっとパワフル太郎みたいな話が出てくると思ったのになんかめちゃくちゃ血生臭い話を聞かされてる。


 ツナをよしよしと撫でながら話を聞く。


「残された刀はとても斬れ味が良く、刃こぼれのひとつもないということで、殿様の元にまで持っていかれました。……当時、刀の試し切りは巻藁を使うことも多くありましたが、罪人……死刑囚を切ることでも試されることがありました。有名なのだと罪人を上から振り下ろしで斬って膝まで斬れたから膝丸と名付けられた刀がありますね」

「……それで、その、どうなったんですか?」


 ツナは恐る恐るに聞く。


「面白いように、面白いように斬れた。横に振れば数人まとめて人が斬れ、縦に振れば足の平まで。いままで見聞きしたどのような刀よりも斬れて、刃こぼれもしない。ああ、楽しい、と、思ったように斬れる、と、夢中になって罪人を斬りました。本来なら斬首形になるはずもないような罪人まで。そんな狂乱の騒ぎには下女も裸足で逃げ出すほどでしたが、殿様とその家来は夢中になって罪人を斬り続け……いつのまにか夕すらすぎて、真っ暗な夜中に」


 ……今のところ活人剣要素がまったくない。


「罪人はすでにみんな斬り尽くして、その刃すら見えないほどの暗い夜中になり、殿様たちは我に返る。これはまずい、と。斬ってしまうのだ。刃を見てそれを握れば人を。恐るべき妖刀である、けれども、それほど斬っても刃こぼれもしない刃を暗い中どうやって潰すのだ。持っていてはならないし、潰すことも出来ない。恐るべき妖刀に取り憑かれたことを今になって気がついた殿様と家来たち。……そのとき、ひとりの家来が思い出した」

「……思い出した?」

「逃げた下女がいた。この妖刀の刃を見て、惹かれずに逃げた下女がいた。あのものに渡せ、あのものに持たせよ、あのものに隠させよ。殿から下賜するには格が低い、ならば名を与えよ」


 俺は横目でアメさんの方を見つめるを


「刃を見た人の時間をまるで「夕を薙いだ」かのように魅了したとして妖刀を「夕薙」と名付け。そして妖刀に怯えただひとり「夕を長く感じた」女を「夕長」と名付け……夕長の誕生と共に、都を脅かした凶事は終わったのです」

「……」


 思っていた百倍は妖刀だった。


「まぁ、とは言え、逸話は逸話です。夫が普通に素振りに使っているように、ただの刀でしかありません。妖刀の影響で夕長の一族の女には稀に修羅に取り憑かれたようなものが誕生するという話もありますが、少なくとも曽祖父母の代から今の間にはそんなものは産まれていませんしね」


 ……まぁ、昔話は昔話でしかないか。


 ダンジョンコアらしき話があったことに興味は惹かれるが、たかだか一族に伝わる昔話程度のものでそこまで信憑性が高いわけでもない。


 仰々しい話ではあったが、まぁ少し面白いぐらいのものだ。


 

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