第五話

 あれから毎日アメさんの訓練に付き合い、その度に新しい技の練習や開発をした。

 やはりアメさんの器用さというか、運動における習得能力の高さは凄まじいものがある。


 だが……。


「ん、んん……。やっぱり、剣術とは併用しにくい技が多いですね」


 無手やら他の武器術の技が今まで剣術に取り入れられなかったことには当然理由がある。そもそも有用だったら既に取り入れられて剣術の一部になっているだろう。


「むぅ、手詰まりです。ここはやはり、他の動物の動きを真似する形意拳ならぬ形意剣を……」

「いや……どうなんだろうか」

「バッタの脚力はすごいんですよ。なんとその体の数十倍の距離をジャンプ出来るんです。人間で言うと50メートルとか100メートルを一足です」


 アメさんは何かで知ったのか、目をキラキラさせながら語るが……あまり現実的ではないだろう。


「いや、バッタがその距離飛べるのは体が小さいからで。比率をそのまま人間に換算するのは無理というか。ほら、相撲取りもアメさんの五倍ぐらいの体重があるけど、五倍のジャンプ力があるわけじゃないだろ」

「む、確かにそうですね。お相撲さんもせいぜい三倍ぐらいです」

「相撲取りは垂直に6メートルも飛ばない」


 相撲取りに対するその信頼の厚さはなんなんだ。


「むう……やっぱり、技に頼るのではなくもっと筋力をつけるべきでしょうか?」

「どうかな。アメさんはやっぱり体小さいしなぁ。筋力があるに越したことはないけど、その路線だと父親との差は埋まらないと思う」

「難しいですね。……なんというか、理想の姿が見えてこないです」

「理想……まぁ、目指すべき場所がな。俺の感覚だと、技量自体はアメさんの方が上回っているし、それを超えるだけの力か」


 アメさんと彼女の父は、技量ではアメさんが若干勝り、体格では大きく父親が勝ち、実戦経験もアメさんが勝ってる……という具合だろうか。


「……そもそも、アメさんって父親よりも弱いのか? ギリギリ勝てそうな感じもしなくもないけど。ふたりと戦った感じだと」

「んー、家を出てからは模擬戦もしていないので、なんとも……。ただ、僕、幽鬼……ヨルさんと戦うときが一番集中出来るというか、高いモチベーションを維持出来るので」

「えっ、俺のときが?」

「はい。「ヨルさんを斬るぞ!」となると、ものすごく頑張れます」


 アメさんは両手を胸の前で握って「ふんすっ」とやる気が出るアピールをする。

 ……えっ、俺を斬ろうとすると頑張れるの? なんで?


「……まぁ……あー、そろそろアメさんの実家に向かうか。汗をシャワーで流してからリビングに集合で」

「はい。……うーん、ヒルコさんの技も形にならなかったですし……会うの、気が重いです」

「いや、あの父親はそんなこと気にするタイプじゃないだろ、大丈夫」


 むしろ俺の方が圧倒的に気まずい。どんな顔をして会いにいけばいいんだ。


 そう思いながらヒルコを除いた三人で出発する。ヒルコは「勘違いされそうでイヤ」ということで残ることになった。


 まぁ最近は多少平気そうだし、何かあればすぐに帰れる距離なので問題はないだろう。


 何もない単調な地下トンネルを通ってアメさんの家の近くに出る。

 それから三人で家まで歩く。


「あ、ここの中学校、僕の母校なんです」


 途中で見かけた中学校をアメさんが指差す。


「アメさんの中学校時代か……想像つかないな」

「普通ですよ? あ、お勉強は苦手でしたけど……。楽しかったです」


 そんなもんか……。フェンス越しに中を見ると体操着の生徒が暑そうにしながらグラウンドを走っているのが見えた。


「……でも、他の子と違ってお小遣いを持ってなかったので放課後に遊んだり出来ないのはちょっと寂しかったです。小学校の頃は公園で遊んでたんですけど、中学校からはカラオケとかショッピングとかになっちゃって」

「あー、そういうのあるよな」

「もともと、家の手伝いがあるので放課後にあんまり自由には出来なかったんですけど。……そういえば、家を出るのは簡単に許可が出ましたね」


 道場が忙しいうえに、まだ高校生の年齢のアメさんを自分の稼ぎで一人暮らしさせるというのは確かにあまり親がいい顔しなさそうな気がする。


 そう思いながら歩いていると、古びた……というには雰囲気のある道場の前にたどり着く。


 掲げている札には「夕長流活人剣」と書かれており、その横には子供が描いたようなイラストの「生徒募集中!」というチラシが貼ってある。


「立派な道場ですね。雰囲気があります」

「古いだけですよ。あ、今の時間は道場の方には誰もいないので、家の方に案内しますね。……って、お母さん、わざわざ外で待ってたの?」


 同じ敷地内に建てられたこれまた雰囲気のある家の前に、背が高いがアメさんに似た顔立ちの綺麗な女性が立っていた。


 ……思っていたよりも若い。アメさんが16歳だから……20代ということは多分ないだろうし、30代半ば……いや、もう少し若いか?


 もしかして、あのおっさん……俺と同類だったのだろうか。と、微妙にドン引きしながらアメさんの母に頭を下げる。


「お忙しい中ありがとうございます。結城ヨルです」

「わわ、そんな頭なんて下げなくていいですよ。本当にありがとうね、娘のことも今回のことも」

「ああ、いえ……」

「あ、こんなところで立ち話もあれだから、入って入って」


 歓迎ムードの様子に少し安心しながら家の中に入る。

 中は少し古く感じるが普通の家という感じで、なんとなく実家の空気を思い出す。


 古い家ということもあってか、思っていたよりも広い。廊下を通って和室のようなところに通されると、和室の似合わない大男……アメさんの父が座っていた。


「……来たか。まぁ、座れ」

「もー、ヨルさんがお父さんのために来てくれたのにその言い方はないですよ。まったくもー」


 アメさんの父親は少ししょんぼりした様子で俺の方を見て、俺は机を挟んだ対面に座る。


「アマネさんに聞いてるとは思うけど、アマネさんがお父さんに里帰りをさせてあげたいということで、その間の道場の代理をと」

「……ああ、まぁそのことに関しては何も言うことはない。門下生も増えてきたとは言えどまだ少ないから、それほど戸惑うこともないだろう」


 随分と信頼されている……まぁ、戦ったからだろう。


「……夕長の技を教えてやるという約束だったな」


 アメさんの父が立ち上がろうとしたとき、扉が開いてお盆に人数分のお茶を乗せて持ってきた母親が入ってきて、パタパタと机の上に置いていく。


「いやー、お父さんに勝ったって言ってたからどんな人かと思ったらシュッとしてる男前でしたね」

「ああ、お茶を用意してくれたところ悪いが、今、ヨルくんに夕長の技を託そうと……」

「もー、そんなのいつでも出来るでしょ。お父さんが里帰りしてる間に私やアマネが教えときますよ」

「ええ、いや、しかしだな」

「それよりも……夕長になるということならば、教えなければなりませんね」


 いや、夕長になるつもりはないんだけど。と、否定するよりも前にアメさんの母は真剣な表情で口を開く。


「夕長という呪われた一族……そして、その天命について」

「呪われた一族……?」


 活人剣なのに……? と俺が言葉を漏らす。


「夕長家の天命……?」


 続けて父親が言葉をこぼす。

 ……いや、なんでお父さんは知らないんだよ。なんで俺と一緒に驚いてるんだよ。


「なぁ、母さん。その、夕長になるなら知らなければならない話、俺、知らなかったんだが」

「では、お話いたします。夕長の呪いと、私たちが守ってきた恐るべき妖刀「夕薙」について」

「なぁ、母さん。その妖刀って俺の枕元にあるアレのこと? ときどき試し振りしてるんだけど……」


 お父さんが婿入りしたときにも教えてあげてほしかった。知らずのうちに呪われてるの可哀想。

 あと、なんで活人剣の家に妖刀があるんだ……?

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