第四話

 交互にシャワー浴びてから再び武道場で向かい合う。今度は素手で、柔道の真似事をするが……。


「これ、いけるのか? 無理な気がするんだけど」


 剣では多少マシに感じていた体格差だが、素手で組むとまるっきり大人と子供のサイズ差だ。


 身長差もかなりのものだが、体重に至っては倍近い差がありそうだ。

 試しに軽くゆすると、ほとんど抵抗もされずにアメさんの体がぐにゃぐにゃと揺さぶられる。


「あうあう……」

「……ていっ」

「あうう」


 勝負どころかお互いに練習になりそうな雰囲気すらない。アメさんの身体、そのまま手で掴んで持ち上げられるぐらい軽いし、技とかそういうレベルの話ではない。


「おかしいですね、さっきは投げられたのに」

「まぁ……それはそうなんだけど、あれは状況もあって俺の重心が悪かったせいも大きいから、立ってる状態だとキツイだろ。……俺の動きに合わせてじゃないと不可能だろうな」

「んー、体格差を言い訳にしたくはないです」


 とは言ってもなぁ……。投げ技を警戒していなかった場合ならまだしも、警戒していたら体重の差が大きすぎて投げたり転ばしたりは不可能に感じる。


 ぐいっと引っ張られても引っ張るアメさんの体が動くぐらいだ。


 ……なんか子供にじゃれつかれてるみたいで可愛いな、思いながらアメさんの脚の間に脚を差し入れてぐいっと体を捻らせる。


 アメさんの身体は呆気なく床に倒れる。受け身はちゃんとしていて大して痛くなさそうだけど少し心配して手を伸ばす。


「平気か?」

「むぅ……。ヨルさん、お父さんのことを触れずに投げてましたよね? どうやればあれが出来ますか?」

「あれか……あまり実験的な技ではないけど、こんな感じだな」


 アメの父にやったようにアメさんに仕掛けるが、アメさんの体は微動だにしない。


「……あれ? おかしいな」

「えっ、どうしたんですか?」

「いや、手本を見せようとしたんだけど……」


 俺がそう言うも、アメさんは不思議そうに首を傾げるだけだ。

 おかしいな……通じないはずが……と思ってから、先ほどの血まみれのアメさんを思い出す。


 ……あの技は相手の反射を利用する技であり、この場合の反射とか基本的にダメージの回避だ。


 雪の色斬りを始めとした、みぞれ流の技はダンジョンの性質を利用した自傷を含む技が多く……アメさんは、あまりに痛みに対して鈍感である。


 痛みを避けようとしないアメさんには通用しないのか?


 俺が考察していると、アメさんは何かを勘違いしたのか気まずそうに「うわー、やられたー」とぱたりと地面に倒れる。


「……」

「……」

「……なんか、気を遣わせてごめん」

「いえ……」

「あー、あの技の性質的にアメさんには効かないっぽい。たぶん、俺にも効きが悪いと思うから、教えるのは難しそう」

「……なるほど」


 床に横たわっているアメさんを見ると、先ほどの柔道の真似事のせいか襟元が崩れて、胸元がはだけて見えていた。


 いつも着ている肌着はどうしたのか、白い肌となだらかな線が見えてしまっていた。


「……むぅ、手詰まりです。とりあえず、寝技の練習しますか?」

「いや……寝技こそ無理だろ」

「とりあえずやるだけやりましょう。何か新しい発見があるかもです」


 ……別に、俺がやりたいというわけでは決してない。これはあくまでもアメさんの頼みで……と寝転んでいるアメさんの方に手を伸ばした瞬間俺の手の先にいたアメさんが消えて、呆気にとられた瞬間横から伸びてきた手に掴まれて地面に引き摺り込まれる。


 油断しすぎた……!

 そのまま上に乗っかられながら襟を引っ掴まれる。動脈が締め付けられる感触がして、まずいと感じて力づくで手を引き離す。


 技も何もなしにアメさんを押し退けてそのまま床に押し倒す。

 やはり力の差が大きく、技やらなんやらが介在出来るだけの余地はない。


 両手を押さえてアメさんを見下ろす。……胸元がかなり危ういところまではだけていて……角度を変えれば覗けてしまえそうに見える。


 意識はしていない完全な無意識のうちに、そこに視線を取られ……。


 不意に、アメの目が俺の目を見ていることと、顔を赤くしていることに気がつく。


「っ、わ、悪い」

「い、いえ、その、僕も悪いので。……あ、その……僕のみたいなのでも見たいものなんですか?」

「……そりゃ……いや、その、ダメだけどな。あー、一旦休憩するか」


 アメさんの手から手を離して横に退くと、アメは恥じらうように道着を直す。

 いつもは誘惑してくるのに恥じらいはあるのか。……いや、それともあれらは全てアメさんの素なのだろうか。


 ぎこちない雰囲気で俺の隣にぺたりと座り、それからチラチラと俺の方を見る。


「……ヨルさんって、結構エッチですよね」

「……言い訳を、言い訳をさせてほしい」

「えっ、あ、はい」


 俺はゆっくりと息を吸い、アメさんの方を見る。


「男は、全員、エッチなんだ。……それで、俺は四六時中ツナと一緒にいるから欲望を発散することが出来ない。そういうことなんだ」

「……よ、よく分からないですけど、その、はい」

「……まぁ、うん、ごめん」

「い、いえ、僕がよくなかったです。……やっぱり、寝技は向いてないですね。……脇差しとか小刀を持つようにしたらいいかもです」

「ああ、まぁ武器は持った方が……。あー、アメさんって刀で戦うことに誇りがあるとか、そういうのはあるのか?」

「いえ? 単に慣れているから使っているだけですけど」


 なら、と、話を変えるためにも提案する。


「小型の拳銃を持つのとかどうだ? アメさんならすぐに覚えられると思うけど」

「……考えたことなかったです。お金がかかるので」

「今はそこは気にする必要もないな」

「……現状、僕よりも強い相手がヨルさんと父ぐらいなんですけど、通用しますか?」

「…………普通に撃たれても当たる気はしないな」

「ヨルさんレベルには通用しなくて、それより弱くなると刀で対処出来るので。あと、僕の筋力では片手に銃で片手に刀ということは難しいので、刀をしまう必要がありますけど……。僕の刀、非力さを補うために重心とか変な感じになってるので。居合には不向きなんです」


 あー、そういうのあるのか。

 まぁ、確かにアメさんの刀が通じない相手にたかだか拳銃が効くとも思えない。


「……そもそも、アメさんの目的ってなんになるんだ? 直近では父に鍛錬の成果を見せることだろうけど、最終的なところは」


 俺が問うと、アメは少し気恥ずかしそうに顔を赤くして俯く。


「えっと、その……ヨルさんのお嫁さんです。えへへ」


 可愛い。いや、正直なところ嬉しいし照れるけど、なんでそこだけ乙女なんだ。


 可愛いけど、この子さっきまで素手で刀を掴んだ末に俺のことぶん投げたよな。


 そんな蛮族でもやらないぶっ飛びっぷりを見せてからほとんど時間も経たずに「夢はお嫁さんです」なんて急カーブを曲がれるものなんだ。ハンドル捌きがすごい。


 いや、可愛いけど。……自分で言って照れてるところが可愛いので別にいいか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る