第三話
「そう言えば、アメさんの実家ってどこだっけ? 近くまでダンジョンを伸ばせたら、例の話もやりやすくなるけど」
「えっと、この地図だと……この辺りですね」
「……近くはない。が、方向はそんなにずれないか」
ツナの方を見ると特に気にした様子もなくうなずく。
「いずれは必要になるので遅かれ早かれです。空港近くですし、いざとなったときの高飛びにも使えます」
「……ツナ、それは怒るぞ」
ツナの命を握るダンジョンコアはダンジョンから出せない以上、ツナは他の場所に逃げることは出来ない。
少しムスリとツナを見ると、ツナはそんな俺を見て嬉しそうな表情をする。
「えへへ、ごめんなさい」
「……悪趣味だぞ。そういうことを言って心配させるのは」
「ごめんなさい。……よし、では、話も決まったことですし、アメさんは実家にご連絡を、ヨルはご飯の準備を、ヒルコさんは荷造りをお願いします」
「えっ、流石に早くないか?」
「時代は一日一日で変わっていってるのです。あちらの都合もあるので、早めに連絡すべきです」
それはそうなんだけど……子供の時間感覚についていけない……。
「移動はどうするんだ? 作ったトンネルの中を車か?」
「んー、ヨルって電車を運転したり出来ます?」
「ツナが俺に電車の運転が出来る可能性を感じていることに、信頼の重さと苦しさを感じている」
「なら車ですか。距離的に……そこまで遠くもないので、中継視点とかは必要なさそうですね。ダンジョンの中ならかなりなんでも出来ますし。問題があるとすると……トンネルの中には、Wi-Fi環境がないことですね」
少しの間ぐらい我慢しろ。
まぁ、何にせよ、あちらも道場のことがあるのでそんなにすぐに快諾はしないだろう。
そう思いながら料理を作っていると、廊下の方で親に電話をしていたアメさんがパタパタと戻ってくる。
「いつでもいいそうです。あ、でも、僕とかヨルさんの顔は見たいから、道場での指導のやり方を教えるために帰郷する前の日には来てほしいそうです」
「フットワーク軽い……。いや、俺の腰が重いだけなのか? まぁ、でも、帰郷するにしても飛行機のチケットとかホテルの予約とかいるだろうし」
アメさんが産まれる前から帰れてないとなると、おおよそ二十年ほどの時間が空いていて、実家に泊まれるとも限らないだろう。
そこらへんの手配をすることも考えたらもう少し時間がほしい。
「そうですね。僕もお父さんと会うまでに新たな技を完成させたいですし、二週間ほどはいただきたいです」
「それでも早足だけど……まぁ、シーズンでもないから飛行機とかは問題ないか」
「はい。その、それですこしヨルさんにも手伝っていただけないかな、と、技の開発」
「まぁいいけど……」
昼食を食べ終えて、片付けをした後に道場に向かう。
アメさんは部屋着から道着に着替えていて、集中力を高めるように正座をしてちょこんと目を閉じていた。
俺の気配に気がついたのか、後ろに結んだポニーテールが揺れてアメさんの目が開く。
「お待たせ」
「あ、いえ、すみません。お片付けまでしてもらって。……では、さっそく」
アメさんとの戦いは慣れたものだ。
ほぼ毎日戦っていたこともあり、こうして刀を構えて向き合うと緊張どころか安心感を覚えるぐらいだ。
けれど、以前に比べて栄養状態が良くなり少し顔色がいい。極夜の草原での技のキレを思い出すと、決して油断は出来ない相手だ。
夕長アマネの使う「みぞれ流」は「夕長流活人剣」を背が低く力の弱いアメさん向けかつダンジョン向けに調整、改良したものだ。
特徴としては最速最強の剣技である「雪の色斬り」をいかに上手く決めるかというものを主眼としていることだ。
新しい技……か。構えはいつも通り、だが……音が小さい。
呼吸音も足音や衣擦れの音も。
「……ヒルコの技を真似たのは分かるけど、その呼吸量だと肝心の剣に影響が出ないか?」
胸の動きを見ると小さく息はしているが、普段の呼吸量よりも少なく運動には適していないように思える。
「……影響はあります」
「じゃあダメじゃないか?」
そう言いながらアメさんと刀を交える。音の小ささは確かに情報を減らされていて厄介だが、そもそもとしてそこまで音を頼りにしていないので、運動能力を落としてまですべきことだろうか。
お互い本気ではない慣らしなことや、実力が伯仲していることにより、既定路線の演舞じみた動き。
……新しい技術を使いながらこれって、相変わらずアメの異常なまでの器用さには驚愕する。
だが……力を強く込めてアメの刀を大きく斬りあげる。そもそもの腕力差に加えて運動能力を制限している状態。
呆気なくアメの手から離れた刀が上へと飛び、俺の刀がそのまま振り下ろされようとしたそのとき、アメが勢いよく刃に向かって頭突きをする。
自ら刃に当たりにくるというあり得ない動き。アメは同時に俺の刀を両手で掴み、額と手から血を吹き出させる。
──みぞれ流【赤刃取り】。と、のちにアメが名付けたその技は、一見して無茶苦茶、よく考えても無茶苦茶だが、理屈は理解出来た。
人体の中でも硬い頭蓋骨で刃を受けて両手で押さえる。
勢いの付いていない刃では骨まで両断することは能わず、動かすことも困難だ。
分かる、分かる……が、思いついたとしても、普通やらないだろ。
そのまま手癖で引斬ろうとした瞬間、アメの体が身を捨てるように後ろに倒れ込み、俺を前へと引き込むのと同時にアメの脚が俺の腹に突き刺さる。
本来ならば、刀ではなく襟を掴みながらするはずのその技は、かなり変則的な形ではあるが……巴投げという投げ技だった。
小さなアメの力だが、油断していたことに加えて非常に綺麗に決まったことで、ふわりと俺の体が浮かび上がる。
本来なら投げられたところで大したダメージにはならないが……この一瞬だけはまずい。
視界の端に俺が飛ばしたアメの刀がクルクルと回って飛んでいるのが見える。
まずい、まずい……! 受け身を諦めて脚を落ちてくる刀に伸ばし、足の指で刃を挟んで受け止めながら地面に投げ飛ばされる。
「っ! ……これでも、決まりませんか」
額と両手から血をダラダラとこぼしているアメは青い顔をしながら刀から手を離す。
「……やっぱりヨルさんは強いです」
「いや、訓練なのに無茶しすぎだろ。治癒魔法使うから……」
全身血濡れになっているアメさんに魔法をかけながら、今の戦いを思い直す。
「……新しい技って、額で刀を受けるやつか?」
「それもありますけど、本命はわざと刀を上に飛ばして、投げ技でそれに当てるという感じですね。本当は意識の外にある刀が降ってくる感じにしたかったんですけど、バレましたし、足の指でキャッチされました。足の指で止められるのは流石に理不尽さを感じました」
「えっ、ごめん。……やっぱり、純粋な技量だけで言うとアメさんの方が一回り上な感じがするな。筋力や体格、あと反射神経とかは俺の方が上だけど」
アメは血まみれの顔を拭きながら「うーん」と首を横に振る。
「技量も変わらないと思います。……向き合っている状況だとヒルコさんの隠れる技もあまり意味がないですし、また別の技を覚えた方がいいですかね」
「別の技?」
「剣技だけではなく、柔道や他の武術もちゃんと身につけてみたら剣に活かせるかもです。……とりあえず、柔道からやってみようかと思うんですけど、手伝ってもらえませんか?」
「いいけど……俺も素人だぞ?」
「ありがとうございます! ではさっそく……あ、血まみれですね」
俺もアメさんもアメさんの血で酷いことになっている。
「すみません、気持ち悪いですよね、血。えっと……お風呂、入りますか?」
……それは一緒にという意味だろうか。いや、違うよな。血まみれでそういう雰囲気でもないし。
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