第十二話

 落ち着かない中、朝飯を食べる。

 ……いや、大丈夫だ。時間はある、どうにでもなるはずだ。


「そう言えばお父さん。叔父さんっていつのまにかいなくなりましたけど、どこに行ったんですか?」

「ん? ああ、アイツなら俺がしていた他流試合をまだ続けてるはず……。いや、ダンジョンが出たからそっちに興味が出てるかも」

「……日本にいたら目立っていそうなので、ダンジョンの探索をしているとしたら海外でしょうね」


 アメさんの親父さんはツナの言葉に「そんなもんか」とあまり興味なさそうに頷く。


「親父さんはダンジョンに興味はないんですか? あまり品のない話、適当に傭兵をやるだけでいくらでも報酬を払う人はいそうですが」

「んー、まぁ、未練がないわけじゃない。この前、ヨルくんとしたような本気の戦いはダンジョンの中でしか出来ないだろうしな」

「支援しましょうか?」

「いや、いい。ダンジョンの探索というものは何日か泊まり込みになるもんなんだろ。道場を預かり、技を伝える中でそんな好き勝手は出来ないからな」


 親父さんは少し早く話を打ち切りたそうな様子だ。……あまり長く話すと意見がぶれてしまいそうなほどに揺れているのだろう。


「……んー、あ、なら闘技大会みたいなのなら出ますか? 毎年何回か有志がやってる闘技大会があるんですけど、次の開催地は多分、練武の闘技場になるので」

「闘技大会……。まぁ、一日で終わるなら」


 ……たぶん、ツナが開催地を変更させるんだろうなぁ。ネットで闘技大会の情報を見るたびに「何もしてないのに探索者同士で戦っててずるいです!」と言っていたし。


 アメさんのおかげもあって知名度とコネが出来た上、そもそもダンジョンのコンセプトが闘技場なのも噛み合っている。


「よし、じゃあ開催が決まったらご連絡しますね。予選とかはなしのシード……いや、優勝者とエキシビジョンという形がいいかもですね」


 ツナが銭勘定を始めている……。今回の地下道みたいに使うときはとんでもなく散財するのに、貯めるときはかなり頑張って積み重ねるタイプだ。


 なんというか大物だよなぁと思っていると、ツナは俺の視線に気がついたのかニコリと笑う。


 ……一方的に気まずい。こんな小さくて頑張り屋で純粋そうな子に俺は……俺は、なんて酷いことを……。


 嫌われたくないという保身もあるが、それ以上にやってしまったという申し訳なさがある。


「どうしました? ヨルさんも参加したいですか?」

「……いや、どうせもう何回も戦った相手だろうしなぁ」

「まぁそうですよね。今日、なんかヨルさん変ですけど何かあったんですか?」


 ……もういっそ言って楽になりたい。と、思いながら首を横に振る。


「いや、まだ酔いが残ってるらしくて」

「あー、なるほどです。お昼までゆっくりしますか?」

「悪いな……。何かあったらすぐに起こしてくれ」


 そういうつもりではなかったが、これは僥倖だ。ひとりで早めに部屋に戻ってコッソリ戻せばいい。


 朝食を気持ち早く食べ終えて、用意してくれたであろうアメさんの母に礼を言ってからひとりで部屋に戻る。


 よし、今のうちに戻して……と、ツナの荷物を漁って数秒後、予想だにしない出来事に直面する。


「……かわいい感じに畳んである……だと!?」


 そんなまさか……あのズボラなツナがそんなことを……。というか、これどういう感じで畳んでるんだ?


 ……一回広げないと畳み方が分からないな。と思って証拠隠滅のために広げたそのとき、戸が開けられて小さな人影が視界の端に映る。


「ヨル、アルコールの分解にはお水と糖分が必要なのでスポーツドリンクを……」


 ツナのパンツを広げていた俺と、俺のためにスポーツドリンクを持ってきてくれたツナとで目が合う。


「……」

「……あ、えっと……ど、どうぞ、続きを」

「…………違うんです。キヅナさん、言い訳を、言い訳を聞いていただけないでしょうか?」

「えっ、い、いや……は、はい」


 俺はゆっくりと正座をして、全力でツナから目を逸らしながら口を動かす。


「その……わざとではないというか、前後不覚だったというか。……その、昨夜、すごく酔っていて……言い訳にもならないんだけど、その……。おそらく、酒のせいで理性が薄れて……欲望が溢れてしまったらしく」

「あのー……ヨル」

「いや、分かってる。言い訳になっていないと。結局のところ俺が欲に負けて最低ないことをしてしまっただけなんだりその上、朝起きて証拠を隠滅しようとツナの荷物に戻そうと……」

「えっと、その……」

「お、お願いだから、その……り、離婚とかは、言わないでほしい。その、なんでもするから……」

「い、言わないですよ! それより、その、なんて言うか……」


 何故か俺の方を見て気まずそうというか、申し訳なさそうな表情をしたツナがペコリと頭を下げる。


「その、昨夜のこと覚えてないんですか?」

「……ああ、本当に……本当に、やった覚えがないんだ。だが、状況を鑑みるに俺がやったとしか……!」

「……あの、それ、私がヨルにあげたんです。……その、ヨルがお酒でいつもより積極的というか、素直というか、そういう感じで嬉しくなって……ヨルが嬉しいならと」

「……えっ」


 そんなことあるか? いや、でもツナが嘘を吐く意味もないし……。


「だ、だから、その、同意の上のものなので気にしないでください」

「……あの、ツナ……俺が喜ぶとしても、そういうのはよくないと思う」

「受け取った人が言えることじゃないです」


 それはそうである。いや、受け取った覚えもないけど。


「それに……酔って理性が薄れていたらパンツ泥棒を働いてもおかしくないと思うぐらい欲しがってる人が言っても説得力ないです」

「……いや、俺がそういう人間だから警戒するべきというか」

「もう、平気ですって。それより、二枚目はちょっと……その、外泊中だと、枚数が足りなくなってしまうので。一枚だけで」

「あ、はい」


 ツナはいそいそと俺が隣に置いていたパンツをたたみ、恥じらうようにして俺の方を見つめる。


「その、そんなにパンツ好きなんですか? 記憶がないと自分がやってしまったと思うぐらい」

「……はい」

「……えっと」


 微妙な空気が俺とツナの間に流れる。


「……と、とにかく、昨夜にあげたものなので気にしないでください。その……掘り返されると、恥ずかしいです」

「あ、悪い。……はい」

「その、お昼までに抜いておいてくださいね? 私は洗い物のお手伝いをしてきます」

「えっ」

「お世話になってるんだから手伝いぐらいしますよ」

「いや、そっちじゃなくて……」



 ツナは心底不思議そうに首をこてっと傾げる。


「お酒はまだ残ってるんですよね?」

「あ、あー、アルコールな、アルコール。……分かってる、うん、はい。飲み過ぎてごめんなさい。もう飲まないようにします」


 ……本当に、これからは酒を飲むのはやめておこう。結構好きだけど、思ったよりもアルコールには弱いかもしれない。


 ツナが去っていったあとに残ったピンク色のかわいい下着を見てそう思った。


 ……これ、返すのには失敗したが、どうするのが正解なんだろうか。

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