第十三話

 寝るなどをして酔いが覚め、稽古の時間が始まるまでにもう一度親父さんが置いていってくれたトレーニングメニューを眺めて頭に入れる。


「ヨルさん、お昼ご飯出来ましたよー」

「ああ。ありがとう」

「それと、お母さんが「時間があるときに夕長の技を習わないか」って」

「一通り親父さんに習ったぞ。あとは自主練習でどうにでも」

「それは「表」の夕長流です。本来なら一族にしか伝わらない闇……「裏」の夕長流も、内定済みのヨルさんになら教えても大丈夫だという判断で」


 ……夕長流はそもそも闇の部分しかないだろ。

 俺がそう思っているとアメさんはニコリと愛らしく笑う。


「まぁ、実のところとっくに形骸化しているので普通に教えても大丈夫なんですけど、お父さんは真面目なので多分教えてないだろうなって」

「ああ、それで裏の夕長流ってどんな技なんだ?」


 俺が布団の上で尋ねると、アメさんは待っていたとばかりに深く頷く。


「活人剣である夕長流ですが……「どうしても」ってとき、あるじゃないですか?」

「活人剣にはあっちゃダメなんだよ、どうしてもって時が。……人体切断剣とかが裏の技なのか?」

「いえ、アレは表です」


 じゃあもう闇しかないじゃん。夕長流。


「……というか、本来なら教えてはいけない技だけど、教えてはいけないというルールだけ形骸化してるんだよな。……一番廃れてはいけないところだけがピンポイントで廃れてない?」

「活人剣と殺人剣……それを分けるのは使い手の心なのかもしれないですね」

「どうしてもってときを想定しているなら心技体の揃った殺人剣だよ」


 まぁでも、使える技があるかもしれないので習いたいが。


 昼食をとり、事前に備品などにも一応目を通しておこうと考えて道場の方に向かうと、昨日も見た顔……竹内くんが道場の前に立っていた。


「あれ、待たせてた? 悪い」

「あ、すみません。勝手に早くきてしまって……」

「それはいいけど学校は?」

「サボりました」

「ええ……。まぁ、今から開けるから」


 預かっていた鍵で道場を開ける。

 俺よりも慣れた様子で竹内くんは中に入る。


「さっきダンジョンについてまとめといた。暇なときにでも見てくれ」

「あ、ありがとうございます。若旦那」

「若旦那はやめてくれ……。サボって大丈夫なのか?」

「はい。受験も就活もしないので」

「親御さんもよく許したな……」

「……」

「えっもしかして親御さんから許可もらってないのか?」

「……はい」


 それは少しまずいのではないだろうか。

 そこそこ荒い職業なわけだし収入も不安定……親の許しがなくというのはかなり厳しい気がする。


「反対されてるのか? 相談自体してないのか?」

「……大学は出ろと言われています」

「あー、まぁ、正直まだ子供だしなぁ。あんまり切った張ったしてるところは見たくないのは当然……まぁ、俺がどうのこうのと言う話でもないか。……今から訓練しても、夜までは体力もたないだろうし、話をするか」


 道場の中に進み、近くに腰をおろしてあぐらをかく。


「……まず、この近くにダンジョンないだろ。武器を持って電車とかはいい顔されないし、ダンジョンに潜る前後に長時間の運転はキツイから、おおよそ引っ越すことになる。まぁ、最初の方はホテル暮らしで色んなところに回って合うダンジョンを見つけたりパーティに入ったりしたらそこに腰を落ち着ける感じになる」

「……探索者って色んなダンジョンに潜ってるイメージありますけど」

「いや、基本は一箇所だな。表に出てるような配信者は配信がメインだから取れ高のために色んなダンジョンを巡るけど、普通の探索者は稼ぎ方を定めたら決まったダンジョンに決まったように潜ることになりがちだ」

「ああ、取れ高……」

「金の話だと基本的に一箇所に絞った方がいい。寒いダンジョンと暑いダンジョンなら必要な装備も変わるし、防具も剣も高いからいちいち別の装備を入手するのはキツイだろ」

「……それはそうですね」

「ひとりでダンジョンに潜るのもキツイもんだし、パーティメンバーとの都合を合わせることを考えると同じダンジョンに潜り続けるのが基本になる。……まぁ、あんまり夢はないけどな」


 半分サラリーマンみたいなものだ、と、俺が言うも竹内はあまり気にしていないように見える。


「配信……お嬢がやってたやつですよね」

「お嬢? ああ、アメさんか。……お嬢!? おほん……ああ、まぁアレは変わり種だけどな。小さい女の子がめちゃくちゃ強いみたいなのは話題性があるし、アメさんは元々闘技大会で圧倒していたから配信者とかとコラボしやすい土壌があった」

「最近はしてないですよね」

「あー、まぁ、実力に差があるから一方的な試合にしかならないのと、他に生活する方法が出来たからだな」


 お嬢……お嬢か……。いや、うん、まぁ、そんな感じかもしれない。


「他に生活する方法? あ、もうお嬢と同棲してるんですね」

「……アメさんと親しかったのか?」

「えっ、いや、お嬢とは挨拶したことがあるぐらいですね」

「そうか。まぁ俺の話はおいとくとして。そういう都合から、卒業してからダンジョン探索をするならどこか一箇所に見定める必要がある。出来たらいくつかのダンジョンを回って選んだ方がいいが……。装備の金、交通費、ホテル代……それに引越し代や新生活のための金、となると相当キツイだろ」

「そうですね。……今から一箇所に定めるとしたら【練武の闘技場】が気になってます」


 俺のところが来たので少し驚くと、竹内くんは続ける。


「他のダンジョンと違って探索者同士の模擬戦が盛んで、腕を上げる機会が多そうです」

「……アメさんはもうそこを探索していないからな?」

「……? はい」

「まぁ、悪い判断とまでは言えないけど、あそこは稼ぎは少ないぞ。……まぁ、アメさんみたいに魔石をガン無視するみたいなのがなければ生活は困らないだろうが」

「若旦那もオススメですか?」

「あー、まぁ、色んな探索者がいるから技を磨くにはいいと思う。けど、この道場というか師範に習う方が間違いはないだろうな」

「……ここに通いやすい場所の方がいいと」

「強くなるのだけを目的にするなら、親に大学に通わせてもらいながらここに通うことがベストだと思うぞ」

「ダンジョンに行くのよりも、ですか?」

「遠いダンジョン通いながら毎日道場はキツイだろうし、それなら親の意向にそって大学に通いながら道場で習う方がいい。今は夕長流を教わっていないようだけど、体が出来上がってきたら習うことも出来るだろうし」


 俺の勧めは面白くないのだろう。


 学校に通いながら道場にも通うというのは、結局現状を続けるのが一番と言っているのと同じで、焦燥感を覚えている竹内にはしんどい選択肢だと思う。


「……そうですか」

「まぁ、まとまった休日をとって、その休日で夕長流を学ぶのもアリだけどな。実戦慣れは早くなるが、純粋な技量では少しマイナスだろう」

「……若旦那はどうするべきだと思いますか?」

「俺か? まぁ……大学通った方がいいとおまう。強さがどうこうとか、学歴があった方がいいとかじゃなくてな」


 不思議そうな表情で俺の方を見る。


「……探索者って、九割以上男だから、マジで出会いないと思うぞ」

「……大学はいかないでおこうと思います」

「いや、冗談じゃなく。真面目に。いつかは結婚したいとかあるだろ? そのときマジで困るぞ」

「……いや、出会い目的で大学行くのは違うんじゃないですか?」

「大学で遊んでるやつなんていくらでもいるだろ。絶対行っておいた方がいい」

「それに……大学行っても彼女出来るとは限らないのでは?」


 竹内の悪気ない言葉。

 それを聞いた俺は……ただ、ただ、悲しい気持ちになった。


そうだよ。大学に行っても彼女が出来るとは限らない。そんなこと……俺が一番、よく知っていた。

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