第十四話

「まぁ、大学に行かないにしても、知らない土地で働いても出会いとかないから考えた方がいいと思うぞ」

「……思ったよりも俗っぽい話をしますね、若旦那」

「いや……就職や進学なんて人生設計そのものなんだからそっちの話もしないとダメだろ。俺も女の子の紹介とか出来ないしな……。他に親しい女の子、未亡人がひとりぐらいだしな。あ、俺より年上でよければあと二人増えるか」


 まぁ、自分からガツガツ行くのに抵抗があるというのも分かるけどな。


「いいですよ……。それよりもダンジョンについて教えてください」

「あー、そうだな。ダンジョンを探索するにあたって、三つ、役割がある」

「戦士と魔法使いと僧侶ですか?」

「いや、斥候と戦闘役と荷物持ちだ。治癒魔法を使えるタイプの魔法使いは割と誰でもなれるから、回復役は他の役割と兼任が基本になる、荷物持ちとかマッピングとか。モンスターを倒せさせすればいいから、近接戦闘と遠距離戦闘も関係ない。多少のモンスターの有利不利はあるが無視できる範囲だ」


 竹内くんが持っている竹刀に目を向けて言葉を続ける。


「必要なことは「罠や地形に対処する」「モンスターを倒す」「適切に補給する」だ。このうち、竹内くんはモンスターを倒すことを仕事にするわけだが……一番求められるのは強さだが、二番目は環境を活かす適応力だ。例えば濡れた足場や岩だらけの足場、寒かったり暑かったり、様々な状況で一定のパフォーマンスを発揮する必要がある」

「……練武の闘技場は?」

「あそこの場合、三つ役割がある。戦闘役と戦闘役と戦闘役だ」

「あ、はい。……俺に向いてると思うんですけど」

「でもなぁ、収入がなぁ」

「収入……あれ? 若旦那もあそこで探索者やってたんじゃないんです? てっきりあそこでお嬢と知り合ったのかと」


 いや……と、首を横に振りそうになり、正直には話せないかとぽりぽりと頰をかく。


「まぁ他のところのダンジョンが主だよ。アメさんとはたまたまクレープ屋で」

「えっ、ナンパだったんですか?」

「……いや、まぁ他にもたまたま……まぁ、たまたま何度も会って。あー、ほら、極夜の草原ってあるだろ。あそことかもいったぞ」

「ああ、最近攻略されたっていう……ネットではお嬢がやったって見ましたけど」


 これは……俺がやったと確信している目だ。

 まぁ……多分しばらくしたら発表されるだろうし隠す予定もないので頷いておく。


「一番の功労者は俺でもアメさんでもない。特に聴覚に優れた斥候で、ほとんど彼女のおかげだった」

「やっぱり! うわー、今更だけど、すごい人に教えてもらってますよね、俺。現金な話なんですけど、ダンジョンコアってやついくらで売れたんですか?」

「あー、地図とか融通してもらった分もあるから、その手柄分を差し引かれてるはずで……。いくらだろ、たぶんもう話はついてるはずだし、ちょっと聞く」


 スマホでツナにメッセージを送ると、すぐにツナから返事が返ってくる。


「15億ぐらいだけど、諸々の税金取られて10億も残ってないって」

「15億!? ……うわ、凄まじい額……マジですか……すげえ」


 まぁ、利用価値がいくらでもある、世界でほとんど手に入れられていない物体と考えたらこれぐらい高価でも驚きはない。


 ……そもそも、ダンジョンのことがあるので金を使って何かをすることも出来ないし、適当にDPでいくつかマジックバックでも作った方が金になるのであまり金銭に興味が抱けない。


 使い道がないとまでは言えないが、使う意味があまりない金だ。欲しいものも武器ぐらいなものでそれもダンジョンで出した方がいい。


 いや……そういや、あの「夕薙」のような刀はダンジョンでも出せないか。


「まぁ、使う予定もないけどな」

「えー、もったいないですね。それだけあったらなんでも買えるのに」

「買うのにも時間がかかるからなぁ」


 それに一番ほしいのは、ひとりでいられる時間である。一時間……いや、三十分でいいから落ち着ける場所でひとりになりたい。


「まあ、そんな大金はあまり期待するなよ。滅多にない偶然の産物だ。再現性はほとんどない」


 俺とヒルコと同じことを出来るなら別だが、竹内くんはせいぜいが国内のトップ層程度の剣の腕を持っているだけだ。


 あのダンジョンで巨大な手に押し潰された探索者達と実力は変わらず、それに加えて知識不足や実戦経験がないことを考えるとせいぜいが期待のルーキーから中堅どころ程度の実力だろう。


「まぁでも、やっぱり夢がありますね。とりあえず、練武の闘技場を目標にして訓練しようと思います」

「……そうか。あそこのダンジョンは硬い非生物のモンスターが多いから、斬鉄ぐらいは出来るようにならないとキツイな」

「……いけると思いますか?」

「まぁ、今まで真剣を振ったことがないなら慣れないと厳しいと思う。けど、剣道の振り方の方に影響が出るかもしれないから、部活引退した後にした方がいいかもな」

「いや、もう大会はいいです」

「えっ、なんで」

「出る意味もあまりないですし、手間がすごいので」

「ええ……高校で三連覇目指さないのか?」

「目指すも何も……電車乗って賞状もらいにいくだけですし」


 ……まぁ、高校一年二年のときに優勝しているなら三年でも勝てそうだが。

 けれども、なんとももったいない。


「アメさんみたいなのが突然生えてくるかもよ?」

「……いや、それはないでしょ。というか……お嬢、道場で竹刀を振ってるところも見たことないし、中学でも剣道部に入ってもなかったんですよね。強いって知ったの、ネットでバズってたからですし」

「あー、まぁ、手加減とか苦手だからだろうな」

「……中学生のころ、全国大会の優勝ではしゃいでたんですけど。すぐ近くにいた年下の女の子よりも弱いのに「俺が最強だ」なんて」


 いや……アメさんは別枠でいいだろ。

 品種改良……とまではいかないかもしれないが、血筋が普通とは違うのだからそこと比べても仕方ない。


「アメさんのことは考えなくていい。親父さんも負けるかもと悩んでるぐらいだしな。それに……実際にやってみたらいい勝負になると思うぞ」

「それはないでしょう」

「いや、真面目な話。アメさん、速いけど体力はないから、隙がなくて堅実な相手にはそこそこ厳しいと思うぞ」

「……その隙がないってレベルには達してないでしょう。……もう一度、手合わせしてもらっていいですか?」


 このタイミングでか……。落ち込んでいる奴を叩きのめすみたいなのは気が乗らないが、手を抜いてもバレるだろう。


 ……まぁ、強くなりたいというなら相手ぐらいするか。


 防具をつけて竹刀を構える。昨日は剣道に合わせたが、今日はそれを少しだけ崩す。


「一対一の戦いをするわけではないから正面以外の敵味方も視界に入るようにすること。位置取りは、仲間の遠距離攻撃持ちの斜線を遮らない、背後にいる仲間を無理せず守れる。そしてその上で……」

「敵を倒す」


 竹内の言葉に頷き、それから分かりやすく大きく上に振りかぶる。


「ッ……上段。いや……これは」


 上段とも呼べないような雑な大振り。それなりの速さで振り下ろしたそれを受け止めさせるが、そのまま強引に鍔迫り合いに持ち込み、腕力で押しつぶす。


「……竹内は学生同士が主で、体格もそれなりにいいから大きく力負けしたことはないだろうが、純粋に力で勝っていたらこんな無茶も通る」

「ぐっ……」

「背はもうあまり伸びないだろうが、骨格や筋力といった体格はこれから出来上がる。実力が足りていないのではと焦るのも理解出来るが、杞憂だ。放っておけばそれだけで目を見張るほど強くなるだろう場所に立っている。……正しい道にいる、安心してそのまま進めばいい」


 そう言ってから竹刀を戻す。

 ゼーハーと肩で吸って吐く彼を見る。


「……あー、勝てない」

「ほっとけば強くなれるから気にするな。そういや、お金に反応してたけどほしいものとかあるのか?」

「……ほしいものというわけではないですが。……この組には恩返しをしたいと思ってます。ガキの頃から世話になってるので」

「……竹内、この道場のことをなんだと思ってるんだ?」

「えっ……没落した反社会組織ですよね」

「違う。……いや、違うのか? 何年も通ってる奴がそう言うってことは俺が間違ってる可能性が高い気がしてきた」


 そんなやりとりをしていると、突然扉が開いて武装した男達が流れ込んでくる。


「たのもー!」

「どうします若旦那! カチコミです」

「いや、道場破りだろ。……いや、道場破りか? 道場破りってこんな感じだっけ?」

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