第十五話

 道場破りかカチコミか微妙な男達の中から、リーダー格らしい男が前に出る。

 その格好と持っている武器からして……。


「フェンシング?」

「アイツらはうちの組のライバル組織……山本剣道場の連中です」

「いや、フェンシングだろ。レイピアっぽいの持ってるし、全身覆う防具つけてるし」

「剣道場です」

「なら剣道をやれ」


 竹刀を持ってる奴も結構いるが……代表っぽいやつがレイピア持ってたら剣道部は名乗るなよ。


 ……よく見たら後ろの方にチャクラム持った奴がいた。どうしよう、何から突っ込んだらいいのか分からない。


「フッ、相変わらずシケた道場ね。門下生もたったふたりしかいない」

「いや……平日の昼間なんだから、そりゃいないだろ。というか、なんでそっちはそんなに集まってんの?」

「……」


 フェンシングの男は黙る。

 数秒、謎の沈黙が生まれて、それからバッと赤い薔薇が俺へと投げつけられる。


「……赤い薔薇の花言葉を知ってる?」

「……愛?」

「【貴方に決闘を申し込む】ヨォオオオ!!!!」

「絶対嘘だろ」

「さぁ! 来なさい! 面を付けて!」

「面を付けるのはいいんだけど、そっちの剣、細いから普通に隙間に刺さりそう。あと、そっちの防具も竹刀受けたら骨とか折れそう」

「……防具を交換しましょう!!」

「いや、いいよ。というか、師範がいないから後日にしてもらえないか?」


 俺がそう言うと、男はもう一本薔薇を投げてくる。


「赤い薔薇の花言葉を知ってる?」

「…………【貴方に決闘を申し込む】?」

「【鬼の居ぬ間に洗濯】ヨォォオオオ!! ケヒャヒャヒャー!!」

「花言葉を便利に使うな」


 クッ、問答無用か。警察呼んだら普通に捕まりそうだな、と思いながら、襲いかかってきた彼のレイピアを掴んで取り上げる。


「……」

「……」

「……なんなんだ」

「ああ、山本さんの家は剣道場とお花屋さんをやっていて、だから売り物にならなくなった薔薇を持ってるんです」

「いやそこじゃなくて……いや、まぁそこも疑問のひとつではあるんだけど、なんで道場破りに来てるんだ?」

「ウチと山本剣道場は犬猿の仲なんです。「超実践道場」を名乗りさまざまな剣術を取り入れる山本剣道場と、「剣とは人を活かす道である」とし人を守るための活人剣を磨く夕長流剣術道場は」

「同族嫌悪か」



 俺と竹内が話していると、山本さんは微妙な表情をして俺が掴んでいるレイピアを見る。


「……ご、剛鬼がいない隙にと思ったのに。こんな化け物がいるなんて」

「剛鬼?」

「オヤジ殿のことですね」


 ……俺がたまに呼ばれてる幽鬼と鬼が被ってるのが微妙に嫌だな。


「クッ……こうなったら……やっておしまい!」


 男がそう言い、俺と竹内が構えたそのとき、ぴょこぴょこと彼等の背後からアメさんが顔を見せる。


「騒がしいですけど何かあったんですか?」

「ゲェッ!? 妖怪娘っ!? たった十人に対して三人がかりとは卑怯な夕長めっ!」

「言いがかりにもほどがある」

「覚えてろよー!!」

「いや……たぶん、もうあんまりこの道場には来ないから覚えていても……」


 男達は軽く会釈をしてからゾロゾロと去っていき、花屋らしい男だけが俺がレイピアを握っているせいで足止めされ、困惑した顔で俺を見る。


「あのー、えっと、お手の方を離していただかないかなと」

「ああ、それはいいんだけど、花屋ってどこだ?」

「えっ、あー、はは、そちらに襲撃は勘弁していただかないかなぁ、と」


 負けを悟ったら弱気だなぁこの人……。


「いや、そうじゃなくて。せっかくだから恋人……的な人に花を贈ってみたいと思って。そういうのしたことがないからプロに聞けるならと」


 山本は少し驚いた様子をしてから頷く。


「薔薇の花言葉を知ってる?」

「……【鬼の居ぬ間に洗濯】?」

「愛よ。……でもね、本数や色で変わるものなの」

「突然ハシゴを外されたな。……多い方がいいものなのか?」

「んー、まぁそうなんだけどね。花の意味が本数で変わるのって不思議じゃない?」


 俺はレイピアから手を離し、山本さんの方を見る。

 まぁ、商業的にたくさん買って欲しいからとかだろうか。


「私はね、こう思うんだ。伝えたいことが先にあって、けれども言葉には出来ないからそれを花束として表現するのだと。見ただけで相手に伝わるように。どんな思いを伝えたいんだい?」

「……まぁ、月並みですけど一緒にいてくれてありがとうみたいな、あと、花瓶とかも売ってるか?」

「ありますよ。いつ頃来られます?」

「あー、じゃあ、明日の午前中にでも」


 持って帰るのは少し面倒だけど、まぁそれぐらいいいだろう。

 ヒルコがいる前だとすこし渡しにくいし、ここにいる間に渡してしまおう。


「じゃあまたー」


 と去っていく彼を見ていると、アメさんはとてとてと俺の方にやってくる。


「ツナちゃんに渡すんですか?」

「あー、ツナにも」

「……えっ、僕にもくれるんですか? な、なんで?」

「いや、普段の感謝とか……驚くようなことではないと思うんだけど」

「……感謝されるようなことしたことなくないです?」


 そんなことはないだろ……。と思って改めて考えてみる。…………あれ、確かにあんまりないような。


「…………」

「…………いや、ほら、極夜の草原のときとか」

「序盤は罠にかかって、最後は何もしてなかったような」

「昨日にここにきてからは家事とかさ」

「実家のお手伝いに来てもらって、家事まではさせられませんよ」


 ……それは、そうなんだけども。


「……普通に、好きだから一緒にいてくれたら嬉しいじゃダメか?」


 俺が口で言い負けてそう言うと、アメさんは少し照れた表情をして首を横に振る。


「だ、ダメじゃないです。……えへへ」


 俺とアメさんがそんな話をしていると、竹内くんが後方で満足そうにうんうんと頷いていた。

 お前はこの道場のなんなんだ。


「そういやアメさん。妖怪娘って呼ばれてたけど……何かしたのか?」

「し、してませんよ。……小学校卒業ぐらいからあんまり背が伸びなくて、子供っぽいままだから変に思われることがあるんです。後でアルバム見ますか?」

「あー」


 あと両親とか道場とか家がなんか妖怪出しそうな雰囲気あるしな……。

 てっきり、アメさんが気まぐれに道場破りでもしたのかと思った。


 何の気なしにアメさんの頬に手を伸ばしてふにふにと触る。肌理のある肌は触っているだけでスベスベとして心地よい。


 ……そういや、ツナとふたりのときはもっとスキンシップが多かったな。


 ツナからのアプローチが過激になりはじめてからは変なことにならないように少し避けていたが、もう少しツナとアメさんと肌で触れ合うようにした方がいいかもしれない。


 気持ちいいし、ツナも好きだしな、触り合うの。


 そう考えていると、竹内くんはやはり後方で満足そうに頷いていた。

 だから竹内くんはこの道場のなんなんだよ。その満足げな表情はどういう感情なんだ。


 なんか「この組も安泰だな」みたいな表情をするな。

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