結城寄②

 放課後、結城ヨルくんの後を尾ける。

 こうして見ると普通の男の子のようにも見えなくはないけど……。


 この前アニメ研究部に入ったと聞いたけど、彼は部室の方に向かうこともなくカバンを持って玄関に進む。


「おー、どしたのどしたの? ストーキングかぁ?」


 結城くんを追おうとしたそのとき友達が後ろから茶化すように話しかけてくる。


「違うよ。失礼だな。プレゼント選びのための調査だよ」

「一般的にそれをストーカーと呼ぶのでは……? 普通に本人に聞いたら?」

「連絡先知らないし。おじいちゃんなら知ってるけど」

「恋愛でおじいちゃんに先を越されてる女子高生はじめて見た」

「恋愛じゃないし」


 ともかく、急いで追わないと。

 友達は私の後ろに着いてきて、目立つから離れようとするが離れる気はなさそうだ。


「私も一緒にいくよ。あの結城くんのプライベートってめちゃくちゃ面白そうだし」

「こっちは真面目なのに……邪魔しないでね」


 と、話しているうちに学校の外に出て、結城くんは先程のヒーローコスプレのおじさんと合流する。


「あの人と知り合いだったんだ。もしかして……ヒーロー活動とかしてるの……?」

「あ、私唇読めるからちょっと待っててね」

「なんで読唇術をマスターしてるの……?」


 友達は目を細めて遠くにいる二人の会話を見て、それをそのまま口にしていく。


「えっと……『いくよ! ユウキくん! 僕たちが街の平和を守るんだポン!』だって」

「あのおじさん魔法少女の妖精ポジションだったんだ」

「結城くんは『あ、今日は映画観たいからパスで』だってさ」

「今日はってことは街の平和を守るパターンもあるんだ」


 和やかなムードでおじさんと別れた結城くんは少し楽しそうな様子で駅の方……先程の会話からして駅近くのデパートに向かっていく。


「映画かぁ。何見るんだろ」

「やっぱり魔法少女ものかなぁ」

「萌えアニメかも」


 と話しながら後を着いていくと、結城くんは迷った様子もなくホラー映画のチケットを購入する。


 ホラー……意外である。

 あんなに化け物みたいな身体能力をしていて怖いものなんてあるのだろうか。


 ……いや、逆に、か。

 本来なら怖いものなんて何もないはずで、だからこそ架空の恐怖に心惹かれるのかもしれない。


「と、とりあえず私達も監視出来る席を取ろっか」

「あ、買ってくるよ」


 友達はパタパタと券売機に向かって、少し考えてから券を買う。


「結城くんの座る席分かるの?」

「結城くんがチケットを買う前にネット予約のページを開いておいたから、これと照らし合わせて新しく埋まってる席が結城くんのところだね」


 ……手際良すぎて怖いな。


 彼女はそのまま映画のチケットを購入して一枚を私に渡す。


「あ、お金……今出すね」

「いいよ。誕生日もうすぐでしょ。プレゼントってことで」


 自分の分も合わせて映画のチケット二枚なんてそこそこの値段がするのに……。


 持つべきものは友……! と思ったけど、よく考えたらこの子は人の恋愛ごと(恋愛ごとではない)に首を突っ込みたくて身銭を切っているだけの、気合いの入ったカスやろうであるだけだった。


 けれどもありがたいことには変わらないのでお礼を言ってからチケットに書かれた席に向かい……ポップコーンだけ買っている結城くんを見つける。


 それからもう一度チケットを見て、席に書かれた番号を確認する。

 映画の目的は……結城くんの観察ということもあって、彼の姿を確認出来る位置である必要があった。


 けれど、けれども……暗い中、友達の顔を見る。


 映画館の中、口には出さないまでもひたすら目でツッコミを入れる。


「隣じゃん! 尾行なのに隣に座ったらダメでしょ!」


 という私の視線を受けた彼女はけれども気にした様子もなく歩いて行き、自分のチケットの席に座る。


 ……そっちも結城くんの隣かいっ!


 ガラガラの映画館の中で唐突に両隣に人が座ったらバレるよ! 尾行どころじゃないよ!!


 と、思いはするものの、もうチケットは買ってしまっていて映画も始まってしまう。


 高校生にはいい値段するチケットをただ捨てるにはあまりにも……と、考えてしまい「ばれませんように」と祈りながら席に着く。


 ツッコミを……入れられるか……? と恐る恐る結城くんの顔を見るが、予告編をじっと見ていてこちらを見る様子がない。


 ……突然両隣にクラスメイトの女子が座っても気づかないんだ。この人すごいな。


 映画が始まり、思ったよりも怖そうなので気分を誤魔化すように結城くんの方を見る。


 あらためて……こんなにジッと見たことはなかったけれど、男の人って感じだ。

 当たり前だけど。


 ぽーっと、彼の方を見ていると、彼の持つポップコーンに白い手が伸びるのが見える。

 ホラー映画の内容もあって「ひっ」と声が出てしまうが……よく見ると向こう隣の席から伸びてきていた。


 というか私の友達だった。

 こ、このアマ……。


 むしろ幽霊よりも尾行中にターゲットのポップコーンをつまみ食いするこの子の方が怖い。


 ひょい、ぱく。


 ひょい、ぱく。


 繰り返される蛮行に耐えられず、ポップコーンに伸びた手をパシンとはたく。


 するとその手が私の手を握り、もうひとつの手でポップコーンを握らせてくる。


 このアマ……きょ、共犯者にしてこようと……!


 戻そうかとも思ったけれど、手で握ったものを戻すのも憚られる。

 ポップコーンを握って考えていると、結城くんが動いたので急いで手を引っ込める。


 も、もう食べるしかない。…………おいし。


 そんなことをしている間に恐怖も和らいで、チラチラと映画を観ることが出来るようになり、いつのまにかのめり込むように観てしまっていた。


 最後まで見終わって、安心感と高揚感でパッと友達の方を見る。


「面白かったねー! どこが一番怖かった? 私は──……」


 完全に、当初の目的を忘れていた。

 友達と話そうとして顔を向けた方には当然のように結城くんがいて……。


「俺は……ひとりで映画を観にきたら、ガラガラなのに、両隣にクラスの女子が座ってきて、ポップコーンを半分以上食われたところが、一番怖かったな」

「ご、ごめんなさい」


 バレバレであった。というかバレていないはずがなかった。


 結城くんは怒ったような様子はなく。ポップコーンの入っていた容器を持って立ち上がる。


「何か用があって会いにきたんだろ? そうじゃないと隣にきたりはしないだろうし。……いや、普通は用があってもシアターの中まで入ってきて隣に座ることはないけど」


 そうだね。


 私も慌てて着いて行こうとすると友達が口を開く。


「あー、私は中盤辺りのわけが分からないけどお化けにやられるシーンが怖かったな。お化けの正体が分かりはじめる後半は盛り上がるけど恐怖は減っちゃうかなぁ」

「君のそのメンタルの強さはなんなの?」


 友達やめたくなってきた。やめてもいいだろうか。

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