結城寄③

 結城くんと映画館の外に出ると、もう夜になっていて辺りは暗い。


「で、何の用なんだ?」

「えっと……」


 まさかそのまま理由を話すわけにいかずしどろもどろとしていると、結城くんは月の方を見て頭を掻く。


「そろそろ遅いし、帰りながらでいいか?」


 私はこくこくと頷いた。

 私が緊張してあまり話せていないうちに友達はペラペラと雑談を始めてしまい、話に入れずに後ろを着いていく。


 ……迷惑かけちゃっただけだなぁ、と思っていると、結城くんは気にしたように振り向いて私に話しかける。


「わざわざ部活の助っ人の依頼で映画館まで来たのか?」

「えっ……あっ、う、うん」


 話はちゃんと聞いていなかったけど、たぶん友達が隠してくれたのだろう

 少し嘘を吐く申し訳なさもあるけど頷いておく。


「あー、流石に俺が参加するのはなぁ。別に違反ってわけじゃないけど、頑張って練習してるやつに悪い。俺が入る代わりに抜けるレギュラーとか、対戦相手とか」


 そう断ったあと、頭を掻く。


「悪いな。ここまできてもらったのに」

「いや……映画館までついてきたのは私たちの勝手だし……。それより、結城くんはすごいよね。正義のヒーローって、本当にいたらさ、きっと結城くんみたいな人なんだろうなって」


 私の言葉を聞いた結城くんは、興味なさげに街灯から伸びる影を視線で追って、茶化すように笑う。


「正義のヒーローって、変なおっさんを思い出すからあんま嬉しくないな」


 からかうような悪戯な表情。

 結城くんって、こんな笑い方もするんだ……なんて思っていると、友達がひょいっと結城くんの前に顔を出す。


「本当に正義のヒーローっぽい」

「やめて。……俺は正義とかヒーローって柄じゃないだろ。どっちかと言うと敵キャラ……せいぜい中ボスぐらいだろ」

「ふふ、なんで中ボスなの?」


 私が笑うと、彼は少し考えてから話す。


「それなりに腕っ節はあるから雑魚キャラじゃないけど。ボスキャラというにはあんまり格とかないかなぁと」

「格って?」

「なんというか、敵のボスってなんだかんだと、理想とかあるだろ。ああいう世界にしたい、こういうものを無くしたいみたいな。大義とでも言うか、俺はそういうのないからなぁ」


 なれてもせいぜいが中ボスだ。

 なんて、変なことを口にする。


「結城くんが中ボスかぁー、じゃあ、ボスはどんな人かなぁ。理想のボスとかいるの?」

「どんな質問だよ……。まぁ、どうかなぁ。そういうボスってやっぱり、理想とか思想みたいなの強そうだけど、大抵の場合そんなに同意出来ないだろうしなぁ」


 私の友達が家に入って行ったのを見届けたあと、ポツリと呟くように言う。


「……君は知ってると思うけど、俺って生まれつき運動神経が良くてな」

「うん。宇宙人だもんね」

「えっ」

「えっ」


 えっ、違うの? 宇宙人じゃないの? と思っていると彼は咳をして話を続ける。


「まぁ……『幸せになる。』なんて道筋は、割と簡単に見つけられているんだ。分かりやすい才能があるんだから、そのレールに沿えばいいだけで。……あんまり、競争するのは好きじゃないからそういうのはしないボスがいいなぁ」

「どんなラスボスなの、それ」

「なんか、のんびりと世界の破滅を待ってるような」

「倒す意味ないし倒したところで意味がないタイプのラスボスだ……」


 駅に着いてホームに向かっていると放送が聞こえてくる。どうやら近くで人身事故があって遅れるとのことだ。


「遅延かぁ。どうしよっか」

「親が迎えに来れたりしないのか?」

「んー、多分無理かなぁ。結城くんは?」

「まぁ、それなら待つかな。電車」


 それなら? と、首を傾げながら人工の灯りに照らされて淡く光りながら落ちていく雪を見つめる。


 気温のわりに地面はまだ暖かいのか、落ちた途端、その白い光はすっと消えていく。


 周りはそれなりの喧騒で、多くの人は困ったりイライラとしている様子が見て取れた。

 けれども結城くんは不思議とどこか寂しげに雪を見つめていた。


「結城くん、切符買ってたよね」

「ん、ああ」

「普段、電車に乗って通ってないの?」

「あー、俺の家ぐらいの距離なら走った方が速いから。あと節約にもなるしな」


 尋常とは思えない答えが返ってきた。

 ……普段は電車を使ってないのに、彼が電車を待っているのは、暗くなっているから送ってくれているのだろう。


 一言もそういう言葉を口にしないけど。


「ありがと。でも、帰ってもいいよ?」

「寒い中、走りたくなかっただけだから」


 寒い中立ってるだけの方が辛いだろうに、なんて言葉を飲み込んで、雪が落ちていくのを見つめる。


 ふと、隣を見るとやっぱり彼は他の人とは違う表情をしていた。


「……どうして、そんな表情をしてるの?」


 思わず、あまりにも直接的に聞いてしまい、少し驚いた彼は私の方を見て誤魔化すように笑うけど、少ししてからまた目を逸らす。


「あー、人身事故って、たぶん自殺だろ。何があってのことかって考えると、あんまり怒れなくてな」

「……そうだね」


 ああ、こういうところが、たぶん、変な人からよくモテる理由なのだろう。

 はぐれて落ちた何かを見捨てないでいてくれる。


 自分が、他の人と誰とも仲良くできない時に、結城くんが近くにいたら……そりゃあ、ころっと、ころころと側に転がって行ってしまいそうだ。


 慌てたり、怒ったり、悩んだりしている人の喧騒の中で、彼は雪を見つめて小さく唇を動かす。


「……たぶん、この冬、最後の雪だろうな。この日なのは、雪、好きなんだろうか」


 飛び込みの大抵が衝動的な理由であり、計画性はないと聞いたことがある。

 結城くんが考えているような、好きな景色を最期に見たいなんて理由ではないだろう。


 ……でも、けど、なんとなく。

 結城くんがその人の近くにいたのなら、一緒にいてあげたんじゃないかなぁと思うのだ。

 それで救われる気持ちもあったのではないかと。


「……雪、綺麗だもんな」

「かまくら、あれ、本当に結構あったかくて、私も雪が好きだな。一見冷たいのに、中に入ったらあったかいって不思議だよね」


 立ってるだけだと冷えていく体。

 吐いた息は白くなって空気に溶けていく。


 この日は、たぶん、ただの思い出なのだろう。


 隣に立つ彼からしたら暗いから家まで送った程度のことで深い意味はないだろうし、ここにいるのが誰であろうとそうしたのだろう。


 ……だから、変な人から異様に好かれるのだ。この人は。


 呆れと感心の目で彼を見ていると、彼は私の方を見て笑う。


「どうしたんだよ、俺の顔をじっと見て。……変なやつだな」


 なんてことを口にして。


 ガタガタ、ゴトン。電車がやっと着いて、電車から多くの人が降りてくる。

 電車に揺られて、私は揺れて、上目で彼を見るのだ。


「……私、変……かな?」

「どう見ても変なやつだろ」


 言い訳が剥がされていくようで、けれども、彼が私に興味がないことは知っていた。


 ガタガタ、ゴトン。電車が駅に着いて、私達は降りて夜道を歩く。


「……結城くん、もうすぐ誕生日だよね。欲しいものとかある?」


 結局、素直に聞いてみた。

 あんまり策を弄する時間もないのとそうだけど、隠れてコソコソしているのが馬鹿らしくなったのだ。


「んー、いや、別に用意なんてしなくていいぞ」

「家族がお礼したいって」

「あー、そういう。別にいいのに。でも、受け取らないのもよくないか……。まぁ、任せる。あまり高くないものな」

「私に選ばせていいんですか?」

「なんだよ、それ。変なの選ぶつもりか?」


 私の家の前に着いて、私は扉を開けて中に入り、ぴょこっと顔を結城くんの方に向けて笑う。


「じゃあ、また学校で」

「ああ、またな」

「誕生日、覚悟してくださいね。私、変な人なんで」


 パタリ、扉を閉じる。心臓は、まだバクバクと動いていた。


「ああ、なんというか……」


 同じクラスの結城ヨルは変な人からよくモテる。

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