第十二話
お湯がぬるい。
…………風呂に湯を張ったのは俺であり、当然お湯の温度を決めているのも俺である。
普段から、ツナが熱いのを苦手としているので俺からすると少しぬるいぐらいの温度の湯を入れているが、今日はいつもよりもぬるく入れてしまった。
完全に無意識のうちに機械を操作してしまっていた。
…………本当に、俺は無意識だったのだろうか。
当然のことながら、熱い湯には長いこと入りにくく、ぬるい湯の方が長風呂には適している。
だから……ツナと水着でお風呂に入るというイベントをこなすのなら、温度はむしろ熱くして早めに切り上げられるようにしておくべきだったろう。
俺は何故……ぬるま湯にした?
認めよう。認める他ない。
俺は……俺は……ツナとお風呂に入ってイチャイチャする時間を増やすために、意図的にぬるいお湯を入れた……!
俺は……ロリロリ野郎だ……!
そう考えているうちに、ツナが水着姿で脱衣所に入ってきて、トントンと風呂場の扉を叩く。
「え、えっと、いいですか? 入って」
ツナの少し舌足らずな声でそう言い、俺が返事をするとおずおずとした様子で扉を開く。
ツナから誘ってきたのに、恥ずかしいのか体を隠すように背中が曲がっていて手は所在なさげに動いていた。
事前に俺の監修の元で購入していた水着。
上下に分かれていて白いお腹が見えているがそこまで過激なものではなく、フリルがたくさんついていて可愛らしいデザインになっている。
恥じらうように上気したツナの顔と可愛い水着から伸びる細い手足。
「え、えっと、ど、どうですか?」
「どうって……。いや、それは……その、なんだ」
恥ずかしそうにしているツナを前に誤魔化すのも悪いと思い、意を決してツナの方を見る。
「綺麗だと、思う。普段見えない脚とかお腹とか」
「えっ、あっ……み、水着の話です」
「…………」
「…………」
完全に水着の話ではなく、ツナの肌の話ばかりしてしまっていた。
ツナは恥じらうようにお腹を隠して、もじもじと俺を見る。
「ヨルは……えっちです」
何の否定も出来なかった。
水着が似合っているかどうかを聞かれて肌が見えている場所ばかりに言及するのは流石にどうなのだろうかと自分でも思う。
……この前、ツナに変なことはしないと誓ったけどさ……あれ、なかったことには……ならないだろうか……!
禁欲に禁欲を重ねて限界が近い。
そんなときに好きな女の子が恥ずかしそうに水着で俺の前に立っているのだ。
もう既に限界を迎えそうである。
「水着……似合ってる。可愛いよ」
そんな言葉を絞り出すと、ツナはえへえへと照れ笑いを浮かべて「あっ」と言ってから自分の髪を触る。
ツナは髪を纏めてお団子状にしていく。髪をまとめるために挙げられた腕のせいで脇の下が見えて、思わず食いつくようにそれを見てしまう。
「……よ、ヨルは、すごくエッチです」
「…………」
「あ、あの、へ、返事をしてください。無言で見られると怖いですよ」
「…………」
「……よ、ヨル?」
「…………はっ。危ない、正気を失うところだった」
「もう失ってませんか?」
ちょっと数秒間だけ我を失ってガン見してしまっただけだ。
目を逸らして見ないようにしてほんの少しだけ落ち着くが、体の方はどうにも冷める気がしない。
ゾクゾクとした耐え難い欲求が背骨を伝って脳を浸し、頭は必死に手を出す言い訳を考え始める。
お団子頭にしたツナは事前に一度体は洗っていたはずだけど、またシャワーを浴びて身を清めていく。
幼い肢体を伝い落ちていくお湯に視線を奪われる。ひとつひとつの動作が、衣服が少ないせいでどうにも魅力的に映ってしまう。
薄い肉付きの体、幼く華奢なそれは、一般的にそういう対象にはならないことは知っているが……。
俺にとっては愛する女性のものだ。
「え、えっと、湯船、失礼しますね」
「ま、待てツナ。今はちょっとまずいことに……」
「まずいこと?」
ツナはちゃぽんと脚先をお湯に入れて、ゆっくりと体をお湯に沈めていく。
二人が入ったせいで湯船からお湯が溢れていく。
狭い湯船の中、ツナは俺と向き合う形で膝の上に乗り……ぴくっ、と、何かに気がついたように身体を硬直させる。
「あ、え、えっと……その、事前に本で、勉強はしたのですが、み、水着で、こうなっちゃうものなのでしょうか」
「…………」
「その、女の子の水着で、その、そういうことになったら、プールとか、海水浴とか、出来なくなるような……。こ、これは一般的なことなんですか?」
「……ツナ」
「は、はい」
「…………気づかなかった、ことに、してもらえないだろうか」
「!?」
いや、だって……ツナのような幼い女の子の水着を見ただけでこうなってしまうというのは、その……ダメだろ、人として……!
ツナは俺の生理的反応のせいで居心地が悪そうにもぞもぞと俺の上で動き、最終的に体をピッタリとくっつけて抱き合うような形に落ち着く。
……一番ダメなパターンに入ったかもしれない。
うるさいぐらいに動いている心臓の音もツナに伝わっていることだろうし、俺もツナの鼓動の早鐘が伝わってきている。
俺もツナも堪え切れない衝動がある。
けれども違うのは、ツナはその衝動をどうすればいいのかを知らないことで、俺はそれを知ってしまっていることだ。
どうすれば充足するのかを。
「……い、一緒にお風呂って、これからどうするものなんでしょうか」
「……まぁ、談笑とかじゃないか? ……今日の夕飯は何が食べたい?」
「えっと……ハンバーグ……いえ、やっぱり、カロリーが低くてサッパリしたもので」
「珍しいな。ツナ」
「ん、んんぅ……お腹がぽっこりしたら嫌なので」
ツナは少し気にしたようにお腹を俺から離す。
お湯の中で触れてみると、くすぐったそうに身を捩る。
「え、えっと……」
「太ってるわけじゃなくて、子供だから内臓の成長に背が追いついてないだけだと思う」
「……詳しいですね」
「詳しくはない。……むしろツナは筋肉がないのにあんまりお腹が出てない方だな。少食だし、歳の割に胃腸が小さいのかも」
栄養状態や健康状態は問題なさそうだし、個人差の問題だろうと思っていると、ツナは俺の方を見て口を開く。
「……ヨル。私以外に言っちゃダメですよ。捕まります」
「ただの健康の話のつもりだったんだけど……。まぁ、ご飯はちゃんと食べたほうがいい」
そういえば、ここまでじっと体を見たことはほとんどないけど、朝霧先輩もアメさんほどではないけど小柄で華奢な方だったので遺伝的な……いや、母子関係はないんだったか。
けど……ツナが自分で言ったように「似ている」ところが多い。
まだツナは成長中ではあるが、顔立ち、髪質、骨格、頭の良さ。
決定的に年齢が合わないことにすら気が付かないほど、親子というのがしっくりくる。
「……ツナ、小学校に通ってたんだよな」
「ん、ほとんど不登校でしたけど……やっぱり小学校に興味があるんですか?」
「ツナは俺のことをめちゃくちゃ誤解してると思うんだ。普通に、ツナのことが好きなのであって別に小学生が好きなわけじゃないんだ」
「むう……ヨルはロリコンで、その上で私が好きということですよね?」
違うが……?
話をしていないとツナの水着の方に意識がいってしまうため、努めて会話を途切らせないようにしながら考えていく。
方言とまでは言えないが、ちょっとしたイントネーションの癖からして俺とツナは同じ地域の生まれだと思う。
何度も質問と冗談といちゃつきを繰り返しながらお風呂に浸かっているうちに、ツナが生まれ育った場所が俺の住んでいた場所とかなり近いことが分かってきた。
詳しいとまではいかないが「あー、あの辺の話か」と分かるぐらいには近い。
朝霧姓だし、住んでいた場所も近いとなると……母子でなくとも姉妹や従姉妹ぐらいの可能性はあるか。
「あ、それで、やっぱり東北の方に生活拠点を移した方がいいと思うんです。他のダンジョンを取り込む都合、ダンジョンコアも移設した方が安全ですし、白銀の街の件もきな臭いので、最悪、居住エリアに繋がる隠し通路が見つかるかもですから」
「あー、まぁ、そうか。俺やアメさんが探索者に尾行される可能性とかもあるしなぁ。そろそろ街に出るのも危なくなってきた」
「アメさんやヒルコさんの意見を聞いてから計画を詰めますね」
ああ、と頷く。
……みなものダンジョンからお湯を引くことになったら、またこういう感じで一緒にお風呂に入る機会が増えそうだな。
……俺は耐えられるのだろうか。というか、今も力を入れて耐えているが、気を抜いたら、ツナ相手には絶対にしてはいけないような大事故が起きてしまいかねない状況である。
ツナの小さな身じろぎが、大きな事故につながっているのだ。
いや、本当に。理性で耐えられても、それでも耐え切れないところはあるのだ。人間には。
そんな状況から誤魔化すために考える。
…………俺の故郷の街は、ここからそこまで遠くもない。
引っ越す前に……ツナのことを調べるために訪れてもいいかもしれない。
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