第十三話

 ツナの後に風呂から上がり、リビングに戻る。


「ふぅ……。世界って、美しいな」

「よ、ヨルくんが何故かスッキリした表情を……!」

「そんなことはないさ。いつも通りの俺だ」

「嘘だっ! ヨルくんはもっとネッチョリした視線で女の子の脚をジロジロ見るやつじゃん! そんな爽やかな表情はしないよ!」


 そんなにネッチョリした視線は向けてないだろ……。向けてないよな?


 ソファに腰掛けると、寝室で水着から着替えたツナがやってきてご機嫌そうにドライヤーを持って俺の膝の上に座る。


 言われるがまま……というか、言われないけれども望むままにツナの髪をドライヤーで乾かしていく。


 ……また一緒にお風呂に入りたいけど、俺から誘うのもな。と、考えていると、ツナは俺の手をこそばゆそうに抑えてから、ふにゃふにゃとした笑みを浮かべる。


「また一緒に入りましょうね。水着ももったいないですし」

「……まぁ、そうだな。ツナも成長するし、一回だけというのも」

「えへへー」


 順調にツナに落とされていっているような気がしないでもないが……たぶん、気のせいだろう。


「……僕も水着……いや、でも水着高いし……中学校の時ので……」

「流石にツナほど小さくないから、俺と二人なら手狭だと思う」

「むう……じゃあお風呂じゃなくてもいいです」


 それはもはやただのプレイだろ。


 ……それはそうとして、アメさんのスク水かぁ。


「あ、その、相談なんですけど、居住地を移そうと思っているんです。アメさんとヨルが有名になっているので、ぼちぼち外に出るのも危なくなっているので」

「お引越し?」


 ヒルコの言葉にツナが頷く。


「まぁ、普通の引越しとは違っていつでも戻って来れるので別宅を作る感じです」

「僕はもちろん大丈夫ですよ。あまり人を斬れなくなるのは少し残念ですけど」

「とりあえず、今回は東北の方にいくつかの拠点を作ろうかと考えています。交友のあるダンジョンマスターがいますし、ヒルコさんのダンジョンを取り込んだことで、規模で言うとこちらよりも大きくて力もあるので」


 ヒルコは少し思うところがあるだろうかと思ったが、特に気にした様子もなくコクリと頷く。


 引っ越しって結構大きなことだと思うが、二人ともあっさり頷いたな。

 まぁ、ダンジョンの外に出るのにいちいち気をつける必要がある現状よりかはいいという判断だろうか。


「引っ越し時期自体は割といつでも大丈夫なので、各々準備をしてください。あ、一応言うとここは残して別宅を作る感じなので、面倒なら手ぶらでも構いませんよ。それと「こういう部屋が欲しい」とかそういう要望があればお願いします。基本はここと似たような間取りにする予定ですが」


 欲しい部屋か……私室とかあればな……。

 ツナに監視されない自室があれば、少し息抜きをしたりする時間も取れるだろうが……絶対ツナが嫌がるよなぁ。


「どんなのでもいいの? カラオケとか」

「いいですよ。獲得DPの量からしたら、それぐらいは無料と変わりません。なんならコンサートルームでもいいぐらいです」

「じゃあ俺は自室が欲しいかな。狭くていいから」

「ダメです。DPは貴重なんですよ。無駄遣い厳禁です」


 一瞬で意見を翻しやがった……!

 まぁそもそもダメ元だったけど。


 欲しい部屋かぁ。ここでだいたい間に合っているので、新しくと言うのも思いつかない。ああ、いや、一応あるか。


「みなものところと繋げるなら、お湯とか水は安く手に入るだろうし、プールとかほしいな。訓練に使いたい」

「プールですね。了解です。あ、シアタールームとかどうですか?」

「使う気がしないんだよなぁ。前に買ったデカいモニターもそんなに使ってないし。あー、あと、キッチンはもう少し広くてもいいか。ヒルコやアメさんが手伝ってくれることが増えたから、二人でも動き回れるぐらいの」


 そんな話をしていると、じとーっとした目でヒルコが疑うように俺を見る。


「やっぱり、何かおかしい。ヨルくんはもっとネチョネチョしてるはず……」

「俺はいつも爽やかだろうが」

「ヨルはときどきこんな感じになりますよ?」

「へー、若干キモいね」


 ツナが飲み物を取りにキッチンにいき、俺は頭を掻いてそれからソファの上で体育座りをしているヒルコの方に目を向ける。


「どうしたの?」

「ヒルコ、付き合ってほしいんだけど」

「へ……?」


 俺の言葉にヒルコは揺らしていた身体をカチンコチンに停止させて、表情すら変えないまま顔を真っ赤に染め上げていく。


「へ……あ……ひゃ、ひゃいっ。よ、よろしくお願いしますっ」


 ぺこり、と、顔を染めながら頭を下げた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 いつもよりも少し肌の露出が多く、オシャレをしている格好。けれどもその服を着ているヒルコは、浮かれているというよりかは不満そうな表情である。


 ぶすーっと、そういう様子でヒルコは俺を睨んでいた。


「なんでずっとキレてるの……?」

「キレてないけど」

「いや、そりゃ、俺のことで手を煩わせているのはそうなんだけどさ……」

「キレてないけど。それより、調べたいことがあるんだよね?」

「ああ。ツナの……朝霧絆の実家に忍びこもうかと」

「…………自首、しよ?」

「待て。違うからな。不純な思いは3割もないから」

「……通報するね」


 しないで。

 まぁちゃんと説明しないとまずいか……と、考えていると、ヒルコは俺の前を歩いていき、それから振り返る。


「どうしたの? 置いてっちゃうよ」


 内容が内容なのに断るとかも考えないのか。……結構信頼されてるなぁ。


「それで、なんでそんなことするの? 気になることがあるなら本人に聞けばいいのに」

「ツナが知らないことを確かめたい。……少し、気が引けるが」

「……んー? 家の位置、分かるの?」

「この辺りは俺の実家の近所だしな。そもそも……何度か行ったことがある」

「……へ? もう既に侵入したの?」

「いや、家の人に招かれてだから」


 ヒルコは不思議そうにこてりと首を傾げながら俺の顔を見る。


「この前のやたら馴れ馴れしいダンジョンマスターと学生時代の友人でな」

「水瀬さん?」

「そっちじゃない方。中学の時に何回か家に行ったことがある」

「……? そのダンジョンマスターの家に行ったことがあるのと、関係あるの?」

「朝霧簪。たぶん、血の繋がりがある」

「へー。全員ご近所さんって世間って狭いね」

「まぁ小学校の学区は違って、中学生からの仲だけどな。ツナの話に出てきた家やその近所、家の間取りや両親の印象。……全て合致する」

「じゃああの二人は家族だったんだ。まぁ似てるよね」

「……いや、ツナの年齢的に、妹でもいとこやらなんやらでも……俺が知らないのはおかしい。それなりに交友はあったし」

「ツナちゃんぐらい可愛い女の子の情報をヨルくんが逃してるはずもないしね」

「そうだな」

「……あれ? でも、おかしくない? ツナちゃんはそこに住んでて、でも住んでないことになるけど」


 ヒルコの言葉に頷く。


「ああ、決定的に矛盾してる。けど、ツナがわざと嘘を吐いている可能性もない。ツナの年齢的に、ダンジョンマスターになったのは小学一年生の頃だ。幼稚園……ああ、いやホイ卒だから保育園か。あるいはそれ以前に、幼子が一人で出歩くことはないだろうし、小学生の期間も短い。頭の良し悪しの問題ではなく……経験の問題で、土地勘のある場所は、どうやっても親が連れていく範囲に収まるはずだ」

「ん? んんん? ……じゃあ、やっぱり住んでたの?」

「それはない」


 ……決定的に、矛盾がある。

 ツナの出生は何をどう考えても整合性が合わない。


 ツナが怯えながら俺に縋り付いてきた夜を思い出す。




 ──私は本当に人間なんでしょうか。




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