第十四話
朝霧絆は何者か。
俺にとってとても大切で、どうでもいいことだ。
ツナは大切だから少しでも知りたいと思うし、けれども知ったところで何も変わらないということも事実だ。
日の中を歩いていると、小さく風が吹いてヒルコはスカートを気にしたように抑える。
「それで、何を探すの?」
「ツナがいた痕跡がないことだな。まぁ、見つからないだろうから確認だけ」
「……ないものを探すってなんか哲学的だね」
「悪いな。こんなことに付き合わせて」
「いいよ。でも、終わったらご飯でも食べさせてね」
そもそも財布は共有なのだから奢るも何もないような……と思いながらも頷く。
今の時間なら喫茶店で軽食ぐらいだろうか。
「近くの喫茶店でいいか?」
「……行きつけのお店?」
「何度か行ったことがあるぐらいだけど。高校のときに、朝霧先輩に奢ってもらってたぐらいかな」
「……じゃあやだ」
なんでだよ……。
他に軽く食べられるような店ってここら辺にあっただろうか。
結構長いこと離れていたからそれなりに街並みも変わっているし、店を探すのも少し面倒だな。
「あー、駅の方でいいか? ここら辺はあんまり店ないし」
「ダメ」
「ダメかぁ……。と、あれは……ヒルコ……なんか、俺の家の近くにクレーターがあるんだけど」
「あるね」
故郷を懐かしみながら歩いていると、唐突に住宅街のど真ん中にクソデカいクレーターが鎮座していた。……というか、俺の家が爆心地みたいになっていた。
「……ええ、なんで? 恨みを買った覚えはないんだけど」
「昨日、私の恨みを買ったばかりだけど。……家族は大丈夫なの?」
「あー、実家は俺しか住んでなかったから大丈夫」
「……家族いなかったの?」
「いや、親父がいたけど女のところに転がり込んでて」
「ヨルくんって父親似なんだ」
似てないよ。
それにしても……寄ったりするつもりはなかったんだが……こんな風なことになっていると、流石に気になるな。
朽ち方を見るに、結構前にぶっ壊されたようだ。
片付けられていないのは、権利者である俺の親父がどこにいるか分からないからだろう。
一応封鎖はされているようなので穴を覗くが……どうやって壊されたのかが分からない。
「……焦げた跡がないな。爆撃とか隕石とかかと思ったけど違うっぽい」
「トラックとか突っ込んだとか?」
「クレーターにはならないだろ。……随分と前みたいだし、気にしなくていいか」
「ええー」
「いや、何がどうなってるのか分からないし。調べようもないから仕方ないだろ。大方、親父がなんか変な恨みを買って妙なことになったのかと」
分からないものは仕方ない。
早々に諦めて家を後にする。
「ヨルくん、目線はネッチョリなのにサバサバしてるね。私なら小一時間は呆然とするよ」
「まぁ……世の中色々あるもんだしな」
「……んー? あとどれぐらいで着くの?」
「徒歩十分ぐらいだな。……ヒルコは、記憶の中から消えた人とかいないか?」
「んー、消えてるかどうかも分からないかな。記憶にないなら意識出来ないし」
「そりゃそうか。俺が思い出せたのも、相当よく話していたからだしな。……逆に言うと、家族みたいな存在がお互いにダンジョンマスターとかになったら、明らかに記憶の欠落があるから気がつける……となると、やっぱりツナはおかしいな」
俺がそう言いながら歩いていると、ヒルコは俺を見る。
「……前にさ、私も自分の家に一回帰ったよ」
「あー、まぁ、なんやかんや気になるよな。どうだった?」
「あんまり変わらなかったなぁ。お父さんもお母さんも。でも、なんか、猫飼ってた」
ヒルコは目を細めて、過去を思い出すように呟く。
「……猫で代わりになるんだなって。捨てたのは、私だけど」
「……単に部屋が空いたからかもよ」
「……あー」
ヒルコはどこか納得したように頷いて、それからクスリと笑う。
「そうかも。……ふふ」
「相手がどう考えているかなんて分からないもんだしな。特に記憶が消えたとなると」
「ヨルくんは分かりやすいのにね。……私のこと、結構好きだって」
好意が分かりやすいのはヒルコの方だと思う。
「……神様はさ、なんでこんなことをしたんだろね。デスゲームみたいなの企画するとしてももっといい感じに出来ないかなぁ。記憶消したりダンジョン作ったり出来るのに、ルールとか雑だよね」
「ルール的に「世界の支配者を作るぜ」みたいな感じのノリっぽいけど、別に大昔のダンジョンマスターが世界を支配したみたいな事実もないわけだし、よく分からないよな。目的」
「……神様が女の子なら、自分を守ってくれる強い人が欲しいのかもね」
呟くようなヒルコの言葉。
いや、神様ぐらい強ければ守ってもらうも何もないだろ、と、俺は思うが……ヒルコはそういう風に思ったらしい。
「神様が女の子なら、か」
「うん」
ヒルコも、生きていこうと思えば俺たちなんて必要じゃない。
今すぐにでも歩いてどこかに行けば一人でも生きていけるのに、馬鹿な俺に付き合ってくれている。
守られる必要がなくとも、守られて安心したいみたいな感覚もあるのだろうか。
「それにさ、ヨルくんがダンジョン側に付くのを引き受けてってことは女の子の可能性がそれなりに高いと思うんだ」
「俺のイメージがおかしい」
「いやー、でも、ヨルくんってダンジョン側に付く意味がないからさ。友達もいて、家族もいて、才能もあって、いい大学も出ててさ。ヨルくんはさ……なんでダンジョン側についたの?」
「俺は……」
就活に失敗して……。
と、答えようとして、少し、詰まる。
……就活、別にせずとも良かった。
最悪でもプロのスポーツ選手になればいいだけだ。
常人離れした身体能力を見せれば引くて数多だろうことぐらいは自覚していた。
それがどうしても嫌でも、ダンジョンに誘われた時点でダンジョンの存在を知ったわけだから探索者側に回るという判断も出来たわけで……。
俺は……なんで、家族も友達も、全部捨てたんだったか。
朝霧簪の実家の前に着くと、ちょうどといった様子で一人の女性がひょこりと玄関から出てきて、思考が中断される。
「待ち伏せ……。いや……」
朝霧家から出てきた女性……朝霧簪は俺たちを見て驚いた表情をしていて、単に偶然鉢合わせたのだろうことが分かる。
「ひゃっ、ひゃわわっ!? ちょ、ちょっと待って」
朝霧簪は慌てて前髪をちょいちょいと弄り、それからオホンと咳をして仕切り直してから微笑を浮かべる。
「や、こんなところで会うなんて奇遇だね」
「いや、さっきの反応からミステリアスキャラを演じるのは無理があるだろ。「ひゃわわっ」って言ってたぞ「ひゃわわっ」って」
まさかダンジョンを置いて家に住んでいるわけがないし……。
今、このタイミングで朝霧簪が自分の家に帰ってきたのはおそらく、俺たちと同じ目的だろう。
さほど気にしていないように見えたが、朝霧簪の目から見ても似ていたのだろう。
ツナと自分が。血縁関係を確認したくなるほどには。
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