第三話

 部屋に入ると、目の前にデカいベッド、端の方にガラス張りの浴室が見えた。


「わー、可愛らしいお部屋ですね」

「いや……これ、ラ……」

「ラ?」

「……いや、違うかもしれない。違う可能性はある」


 調べたら分かる気もするが、あえて調べるようなことはせずに口を閉じる。


 シュレディンガーのホテルである。

 俺はもちろん、アメも普通のホテルにもそういうホテルにも泊まったことがない。


 つまり、わざわざ調べなければ普通の宿泊施設として終わらせることが出来るのだ。


「わ、このベッド回るみたいですよっ! すごい!」


 そう、これはシュレディンガーのホテルなのだ……!


 ということで、現実逃避をしながら荷物からタブレットを取り出して操作する。


 それから小さな机の上に置き、ツナとビデオ通話を始める。

 ワンコールの途中で繋がり、画面に大きくツナの顔が表示される。


『ヨル! 大丈夫ですか!? 怪我してませんか!?』

「まだダンジョンにも、ほとんど入ってねえよ……。ツナは……平気じゃなさそうだな」

『……もう、寂しいです』


 案外素直……というよりも余裕がない感じか。元々は調べてもらった極夜の草原の情報を教えてもらうだけの予定だったが、もう少しゆっくりするか。


『……寝るとき、ずっと電話しましょうね』

「ああ、と言っても、明日以降はほとんどダンジョン内だから今日ぐらいだけどな」

『……はい』

「……ツナ、今着てる服、俺のじゃないか?」


 画面越しに見えるツナの服はブカブカで……昨日着ていた俺の服のように見える。


『気のせいですよ』

「……いや、ブカブカだし」

『今流行りのオーバーサイズというやつです。かわいいでしょう』

「かわいいけども」


 別に隠す必要があるようなものでもないだろうと思っていると、ツナは顔を赤くして俯く。


『い、いいじゃないですかっ! 寂しいから、ちょっとでもヨルの匂いのするものを身に纏ってもっ!』

「いや、ダメとは言ってないけど……。早く帰るようにするな。そっちは変わりないか?」

『はい。寂しくて死にそうなこと以外に変わりはありません。……早く帰ってもらうためにも、改めて作戦を話しますね。アメさんは?』

「あー、車酔いでダウンしてる。まぁ、元々俺に足りない継戦能力を補うために来てもらってる感じだし、そんなに真面目に聞かなくてもいいだろ。一応スピーカーの音量は上げとくけど」


 ベッドの上に転がっているアメは弱った様子を見せながらもヘニョヘニョと手を挙げて聞いてることをアピールする。


『では、練武の闘技場の精鋭三名による日本最大のダンジョン【極夜の草原】の攻略作戦会議を始めます。はい、拍手』

「わー、わー」

「おー」


 ふたりでぱちぱちとして盛り上げながらツナの方を見る。


『では、まず今回の目的ですが【極夜の草原】のボス部屋のボスを倒して代わりにゴブ蔵さんに居座ってもらうというものです』

「ああ」

『次に、最も避けるべきことはヨルが打ち取られることです。もちろんダンジョン内なので死ぬことはありませんが……ヨルが倒れたときのDPがいくらになるか分からないからです。少なくてアメさんの倍、多くて……百倍程度、最悪、地上支配権+たくさんの魔物を一気に購入して地上を侵略されかねないので』

「ああ……まぁ、いくらになるかは不明だな」

『ですが、こと戦闘において遅れを取ることはありませんし、【極夜の草原】は文字通り草原なのでトラップの量も質も低く大した脅威にはありません。一番のリスクはその広大な土地で迷うことによる餓死です』


 ……それはめちゃくちゃ嫌だな。


『それを踏まえた上で【極夜の草原】の説明をしていきます。

 言わずとしれた、現代日本において最大規模を誇るダンジョンです。極夜……まぁ常に薄暗い迷宮ですが、別に電灯などがなくても活動は可能です。気温はかなり低く、氷点下0度から氷点下10度ぐらいの間、太陽がないのも合わせて体感気温はより厳しいものになると思います』

「……寒くて広い、か……かなり嫌だな」

『けど降雪などはなく、足元はその温度でも元気な不思議な草が生えています。外ではあり得ない環境なのでそれだけでかなり厄介です』

「防寒対策を第一にってことか。……剣士三人だからあんまり厚着はしたくないが」

『余談ですが、気温はその草の中に熱を吸い取って栄養にするというトンデモな生態の草が混じっていまして、研究目的でそこそこいい値段で売れます。地上ではどうやっても栽培は出来ないそうですが』

「確保しとくか? ウチのダンジョンで育てられるかもしれないし」

『いえ、必要ないです。その草の群生地の近くはより冷えますし、火を焚いて暖を取ることも難しいので可能な限り避けてください』


 草に気を付けるか……アメさん、脳筋を極めし存在だから無理だな。俺が気をつけとくか。


「どんな見た目の草なんだ?」

『えっと、ちょっと待ってくださいね。机の上にスマホを置いてるので』


 ツナは卓上においてあるビデオ通話中のタブレットの奥に手を伸ばす。


 服の首元がブカブカなせいで、ツナが前屈みになると大きく垂れ下がる。タブレットのカメラがちょうどその垂れた服とツナの肌の間ぐらいに入り……。


 ぶかぶかなワンピースみたいになった大きな服の首元から、ツナの細いふとももまで遮るものがなく写ってしまう。


『よし、えっと、これですね。見えてますか?』

「……見えてます」

『ぼーっとしてます? ヨルも車酔いですか?』

「ああ、いや、見えてる。…………その草に気を付けたらいいんだな」

『はい。それと他には環境的に冷えやすい場所が──』


 とツナが説明していくのを聞き終え、寂しそうに手を振るツナとのビデオ通話を切る。


「俺も仮眠するか……」

「ど、どうぞ」


 俺が溢すとアメはベッドの上でモゾモゾと動いて隣を開ける。そこで寝ろということだろうか。


 ソファのようなものはないので、この部屋で寝るとしたらそこか……。と思いながら、曇りガラスで張られた浴室の方を見る。


「いや、アメさんもシャワーとか浴びにくいだろうし、俺は車で寝るから」

「き、気にしません! ……す、すみません。本当はめちゃくちゃ気にはします。けど、その……い、いやというわけじゃないです」


 ……いやというわけではないからこそ遠慮しているのだ。


 車の方に戻ろうと考え立ち上がったとき、不意にゴブ蔵の言葉を思い出す。「正しくありたいのか」


 ……そりゃ、自分を悪いやつとは思いたくない。


 それに放っておけば危なっかしくて誰かが見てないとダメというのは事実でも、別にその役目が俺である必要はない。


 信頼出来る人がきっとアメの元に現れて…………。


 そんなのは嘘だ。そんなことはあり得ない。

 俺は人を信じられないからダンジョンにいるのだ。


 信じていないのに信じたフリをして誰かに頼むか、信じられずに交際もしないくせに近くに居続けるか、どちらにせよ……それはアメの助けになるものではない。


 言い訳のために、倫理観のために……でしかない。


 けれども……俺なんかが、幸せに出来るのだろうか。

 迷いながらベッドに寝転がる。


 アメは気恥ずかしそうに笑い、それからやる気を見せるように手をぐーにする。


「僕ヨルさんの役に立てるように頑張りますね」

「……ほどほどにな。とりあえず休むか」

「はい。……その、少しお話ししませんか? えっと、ヨルさんのこと、もっと知りたいので」

「別にいいけど……」


 と、俺が答えるとアメはメモ帳を取り出して書いてあった文字を読み上げる。


 ……用意周到だな


「では、まず……ツナさん以外に、恋人はいたことありますか?」


 用意してきた質問なのに距離の詰め方がすごい。

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