第二話

「アメさん、そろそろ高速道路入るからコンビニとか寄ろうか? 飲み物とか」

「あ、はい。じゃあ、少しの間ですけど休んでてください。僕が買ってきます、欲しいものありますか?」

「あー、眠気覚ますようなのがいい」

「リンゴ」

「了解しました!」


 車を止めて、アメに財布を渡す。

 それから少し目を閉じようとしたそのとき後ろにゴブ蔵がいたことを思い出して軽く話しかける。


「あー、悪いな。別の場所で戦うことになって」

「いやそれは別にええんやけどね」


 唐突に流暢な言葉が聞こえてパッと目を開けて振り返るがゴブ蔵しかいない。


「……空耳か?」

「ワシが別のとこで戦うってのは別にええねん。そもそもモンスターや、自我なんて持ってへん」

「!?!?」

「でもな、夕長のお嬢、ええ子やろ。ワシのことに罪悪感抱く必要はないけど、あの子に対して雑な扱いするのはどないやねんって思うわけよ」

「!?!?」


 俺は疲れているのだろうか。

 ゴブ蔵が流暢な日本語で俺にダメ出ししたような気がしたが……ないよな? ゴブリンが日本語を話すとか。


「何ぼーっとしとるん。お嬢ええ子やろ」

「う、うわあ!? ご、ゴブ蔵がしゃべったぁ!?」

「何を驚いとるんよ。お前やってじゃべっとるやん」

「いや、俺は人間だし喋るだろ……」

「それならゴブリンが話してもええやろ。ちゃうか?」

「ちゃうやろ……」


 いや……話すんだ。ゴブリンって。

 まぁ、人間みたいに道具を作ったりするモンスターだし、発声器官もあるのだから話しても……。


「まぁええわ。ヨルはワシの弟分みたいなもんやしな、説明したるわ」

「俺、ゴブ蔵の弟分だったんだ……」

「あんなまずゴブリンってあんまり長生きせえへんわけよ。DPで出現するか、ちゃんと環境が整備されたダンジョンで産まれるか、どっちにせよ、探索者との戦いで命を落とすわけよ」

「……はあ」

「けれど、生き延び、学び、成長したゴブリンは違うんや。草木に花が咲くように、古き物に付喪神が宿るように、ゴブリンも美しく賢くなるんや」

「へー、絶妙にいやだな」

「何がや」


 いや……ゴブリンの生態が……。


「……いや、その、とりあえず、ダンジョンに引き返す? 自我あるなら、嫌だろ、別のダンジョンで戦い続けるみたいなの」

「ワシは自我なきキリングマシーンや、気にせんでええ」

「……そっすか。まぁ、本人が自我なきキリングマシーンというならそうなんだろうな。でも、なんで自我なきキリングマシーンが急に」

「弟分がな、優しい嬢ちゃんを相手にウダウダやっとるからやがな」


 す、すみません。


「あんな、夕長のお嬢はええ子や。何が不満なんや」

「いや、不満というか……」

「男がウダウダ言うな! ハッキリ言え!」


 自我なきキリングマシーンにめっちゃ怒られてる……。


「いや、アメさんは優しい人だと思うし幸せにしてやりたいと思うけど、ツナのこともあるから……」

「はあー、大の男がハッキリ選ぶことも出来ずに情けなくうじうじやっとるんか」

「すみません。いや、でも、どっちかをフればめちゃくちゃ傷つけることになるって分かってるんだから難しくないですか?」


 俺がそう言うと、ゴブ蔵は深くため息を吐く。


「ボスとお嬢、ふたりとも娶ればええことちゃうんか」

「いや……その、ゴブリンとは倫理観が違うんで」

「アホか。ゴブリンは一夫一妻や」


 ゴブリンって一夫一妻なんだ。


「ワシが言いたいのはな、罪を被るならちゃんと被れってことや。「悪い奴」になりたくないというのは分かるで、けどな「いい奴」「優しい奴」で、お前が助けたい人は助けられるんかっちゅう話や」

「……それは、まぁ」

「最悪なクソ野郎ぐらいなれってワシは言いたいねん」

「……ああ。……けど、それはそれとして、話せるなら普通に話せばよくない?」


 ゴブ蔵はゆっくりと息を吐き、首を横に張る。


「ゴブリンのイメージとかの問題でな。マスコットの着ぐるみとかも話せるけど話したりせん、それと同じや」

「同じではなくない?」

「夕長のお嬢の夢を壊したくないんや」

「アメさん、別にゴブリンに夢を見てないと思う」

「ほんまはリンゴジュースやなくて緑茶が良かったんや」

「……好きなもん頼めよ」


 でも……まぁ、「悪い奴」になるからこそ守れるものもあるというのは……分からなくはない。


 俺が上手いことアメとツナのふたりを騙せていたら、確かに傷つけずにいられるのかもしれない。


 ……俺が守ろうとしているのは「ふたりの幸せ」なのか、それとも「自分は悪人ではない」という言い訳なのか。


 なんでゴブリンの説教をこんなに真面目に考えているのだろうと思うとアメがパタパタと小走りで戻ってくる。


「お待たせしました。えっと、これがゴブ蔵さんのリンゴジュースで、こっちがヨルさんの目が覚めそうなものです」


 アメに渡されたのは手のひらサイズの小瓶に入っているもので、ラベルには「ギンギン」と大きく書かれていた。


 ……いや、これ、目がギンギンになるやつじゃない。別のところがギンギンになるやつ。


「あ、ありがとう」


 まぁ……うん、勘違いは仕方ないか。

 俺としてはコーヒーとかで良かったけど……まぁ、うん。


 目も覚めるだろうし、眠くなったら飲むか。


 ゴブ蔵の方を見ると「ゴブゴブ」とかわい子ぶって手振りでアメにお礼をしていた。


 ……そもそも……ゴブリンって、鳴き声「ゴブリン」じゃないだろ……!


 なんか他のダンジョンのゴブリン、普通に「キシャー!」とか「グギャギャー!」って感じだろ!


 なんでウチのゴブリンは流暢にしゃべるし、ゴブリンの鳴き真似が「ゴブリン」とか「ゴブゴブ」なんだよ……っ!


 そういうのはなんか、国民的な子供に人気の作品のかわいい生き物がやることだろ。

 ゴブリンがやるなよ……!


「あれ? ヨルさん、どうしました?」

「ああ、いや、そういや宿とか取ってないなと思ってな。完全に忘れてた」

「ゴブ蔵さんはどうするんですか?」

「ゴブ蔵はダンジョンに慣れてもらうためにダンジョンで寝泊まりしてもらう」

「ゴブ!?」


 だからゴブリンなのにゴブリンの真似のクオリティが低い……!


 車を発進させて高速道路に入る。


「アメさん、寝てて大丈夫だぞ。ゴブ蔵も」

「んー、でも、ヨルさんにだけ任せて寝てるというのは」

「気にしなくていい。……そもそもこの遠出自体がこっちの都合だしな」


 俺がそう言うと、アメは首を横に振る。


「いえ「こっちの都合」の「こっち」には、私も含まれていますから」

「あー、悪い。そう言えば、もう身内だったな」

「はい。もう家族のようなものです」

「それは違う……とも言い切れないか。一緒に住んでるわけだしな。あー、じゃあ、ネットで宿を探しておいてくれないか? 値段は気にしない……いや、せっかくだし少しいいところがいいな。金を使う機会もないし」

「りょ、了解しました。……ダンジョンの近場で探してみますね」


 両手で不慣れな手つきでスマホを操作しているアメを横目に車を走らせる。


「む、むむ……す、すみません。混んでるみたいであんまり当日予約出来るホテルはないみたいで……」

「今の時期でそんなに……ああ、元々宿が少ない上に紅蓮の旅団とかの影響か……」

「あ、ここなら一部屋だけ空いてるみたいです。少しお高いですけど……」

「一部屋か……まぁ、高いところなら平気か、今のうちに予約しといてくれ」


 いいところなら一部屋と言っても寝室だけではなくリビングみたいな部屋もあるだろうし、必ずしも同じ部屋で寝なければならないわけでもないだろう。


 そんなことを考えながら長い運転を終えて、ゴブ蔵を【極夜の草原】においてから予約していたホテルの前に来る。


「……」


 手にはギンギンになるタイプの栄養剤。

 目の前のホテルは、なんというか……こう、デザインに落ち着きがない雰囲気のある建物だ。


 ……ここ16歳のアメを連れて入っても許されるタイプのホテルなのか……?


 どちらのホテルも泊まったことがないので、判別がつかない。

 アダルトなホテルなのか、普通のホテルなのか……。どっちだ、どっちなんだ、これは。


 「どうかしましたか?」と不思議そうにしているアメに連れて行かれて、ホテルに入る。


 ホテルの廊下で仲良さそうな女性がふたりで歩いているのを見てホッと胸を撫で下ろす。……よかった、多分、普通の方だ……。


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