第四話

「……ツナを除くと、彼女はいたことがないな。ツナも婚約者ではあっても彼女というと少し違うが」


 俺が答えるとアメはパッと顔を明るくする。


「じゃあ、あんまり恋愛経験はないんですね!」

「……まぁ、うん」


 マトモな恋愛経験がないことを、ちょっと気にしてるからあんまり言わないでほしい。


「アメさんは……いたことないんだよな」

「はい! 初恋もヨルさんです!」


 ……初恋と言われると少し嬉しくなってしまう。


「ヨルさんの初恋は……ツナちゃんですか?」

「……まぁ、一応、そうなるな」

「一応?」


 アメは俺とツナの仲に関してはもう割り切っているのか、気にした様子もなく首を傾げる。


「……自分の半分くらいの年齢の女の子が初恋と自白するの、すごくメンタルにくる」

「あ……へ、平気です! 僕、ヨルさんの趣味は受け入れてるので!」

「俺は受け入れられてないんだよ……」

「元々ロリコ……小さい女の子がタイプだったんですか?」

「ロリコンじゃないが……」

「……?」


 とりあえず否定しただけである。


「……僕、ヨルさんのこと、もっと知りたいです。……どんな人か、教えてくれませんか?」

「……嫌われたくないからあんまり自分のことは話したくないな」

「嫌ったりしませんよ。ぜったい」

「絶対か。……なら、話すか」


 嫌ったりしないという言葉を信じたわけではない。ただ、俺はまっすぐ見つめられるのに少し弱いというだけの話だ。


「……自分のことを話すというのは少し難しいな。…………俺がダンジョンにスカウトされた理由は、当然強かったからだ。なんとなく分かってると思うが、俺は生まれつき筋力が強く、運動神経に優れていた」

「はい。すごいです」

「すごくない。……努力をしていないんだ」


 目を逸らして息を吐く。

 それから頭をガリガリと掻いて、言葉を続ける。


「スポーツ……。俺がやれば勝てるんだ。例え相手が全国レベルの競技者でも、単純な身体能力と動体視力と反射神経でどうにでもなってしまう。……だから、やる気にならなかった」

「はい」

「人の夢を潰すって分かりきっていた。傲慢だけど、事実として、俺がやればどれだけ努力をしても無意味になってしまう。……俺はその重荷を背負いたくなかった」


 アメはジッと俺を見ていた。


「応援してくれる人もいない。勝って喜んでくれる人もいない。勝てば相手や相手が応援している人が悲しむ。そんな状況でやる気にはなれなかった。……そんな風に才能に蓋をしてだらだら生きていたのが俺だ」

「……勝負事をするには、優しすぎたんですね」

「単に面倒くさがりなだけだ。……まぁ、そんな感じの人生だな」

「ご両親はどうなんですか?」

「あー、まぁ、普通。悪い親じゃなかったと思う。……俺はそんな感じで、そんなやつだ」


 才能はあった。才能しかなかった。

 だから何者かになりたいとは思っていたのに、けれども誰かを蹴落としてまで活躍しようとは思えなかった。


「……だから、わりと、今は充実してる。自分の力を発揮する場と、それを必要としてくれる人がいて」

「ツナちゃんと相性が良かったんですね」


 まぁ、そうだな。……なんかアメさんからそう言われると少しビビるが。


「そういえば、アメさんはどうやってツナを説得したんだ? あれからツナの様子が明らかに軟化したし、事情はあるにせよこうやって二人で外泊させてるし」

「あ……んー、知りたいですか?」

「そりゃ、気になるけど」


 アメはベッドの上でカチコチに緊張した様子で俺に目を向ける。


「い、いつも、ツナちゃんにしてるみたいなことをしてくれたらいいですよ?」

「……いや、その、大したことしてないぞ?」


 アメは緊張と期待の表情を浮かべる。

 ……これは、誘惑されているのだろうか。


 アメがそういうことが下手で少し安心する。これなら、たぶん耐えられる。


 軽く頭を撫でると、アメは顔を赤くして俯く。


「……んっ」

「だいたい、これぐらいだ」

「そ、そんなはずないです。ヨルさんはエッチなんだからエッチなことをいっぱいしてるはずです」

「……そういうことをしてほしかったのか?」


 アメが恥じらって否定することを期待してそう言う。

 ほんの少し間が開く。アメの少しあどけなくも凛々しさと可愛らしさのある綺麗な顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。


 小さな手がきゅっとベッドのシーツを握る。


 俺が「じゃあこれで終わりな」と言おうとしたその時、羞恥に潤んだ瞳が俺を捉える。


「……は、はい。……してほしいです。その……そういうこと」


 振り絞るようにその言葉を口にしたアメは、俺に触られることを期待するように身を捩る。


 ……思考が止まる。


 ベッドの上で横になっているアメの小さな身体から目が離せない。スカートの端が少しめくれて、白いふとももがちらりと覗く。


 アメの手を握る。ピクリとアメの身体が震えて頬が赤ばむ。


 かわいい。俺のものにしてしまいたいと思ってしまった。

 俺よりも若いがツナほど大きく歳の差があるわけではないこともあり、好意を示されるとどうしても恋愛の対象として見てしまう。


 その小さな膨らみに手を伸ばしかけ……ツナを思い出して手を止める。


「……ヨルさん? そ、その、さ、触らないんですか?」

「…………触らない」

「手、伸ばしてますけど……」

「…………触らない」

「……秘密にしますよ?」

「だからこそだ」


 触ろうとしてしまう右手を左手で止めて、ベッドの上でごろりと転がる。


「そりゃ、俺も男だ。そういう欲求は当然ある……が、ツナに隠れてそういうことはしない」


 ゴブ蔵の言葉を思い出しながら、それからゆっくりとスマホを手に取る。


「正直なところ、俺は倫理観とか道徳心には欠けている。ダンジョン側に立ってる時点で当然だけどな」

「そんなことはないと思いますけど……」


「正直、普通に二股したいし、ツナともアメともエロいことをしたい」

「……す、すごいことを堂々と」

「出来たら両手に華の状態で出来たら最高だと思ってる……! が、隠れてしたらダメだ。バレたとき、決定的な亀裂になりかねない。人と仲良くなるのが苦手なツナに、トラウマを与えることになりかねない」


 俺の言葉にアメはしゅんとする。


「……だから、ツナに許可を取ろう!」

「……! なるほど!」


 アメは「その手があった!」とばかりに目を輝かし、俺と共にベッドの上に座ってツナに電話をかける。


『あ、もしもし、ヨルですか? どうしました?』

「ああ、ツナ……。今、どうしてもアメさんの胸を触りたいんだけど……触ってもいいか?」

『ダメです。……すごく文句は言いたいですが、報告して許可を得ようとしたことは評価して罰は勘弁してあげます』


 ツナは電話越しに呆れたように息を吐き、それから少し緊張したような声色に変わる。


『そ、その、女の子の体にどうしても触りたいなら、帰ってきたら触らせてあげますので。我慢してください』


 それだけ言ってぷつりと電話が切れる。


 ……一週間後ぐらいか……。いや、流石にツナの年齢には手を出せないけど。

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