二十六話

「んでさ、まぁ鈴木の言ってる内容は確かに誰がやってもそこまで変わらないけど。質の違いはあるだろ? 例えば外で商売をやっていてノウハウがあるとか」

「……そりゃそうだけど、わりとどうでもいい」

「んー、まぁ、じゃあ、若い子の前だし、頑張って説得してみるかぁ」

「いや、説得って言ってもなぁ」


 利益がいらないと言っている俺を相手に説得も何もないだろう。

 そう考えていると、水瀬は一瞬だけアメさんの方に目を向ける。


「多少のノウハウがあるから、客層を選べるぞ?」

「……客層」

「儲けに関しちゃ、ぶっちゃけ誰がやっても儲かる。競合店がいない。所得の多い若者が多い。運動の前後だから登山の売店に近い値付けが出来る。賃料がない。毎日イベントやっていて人が集まる。……けど、まぁ真っ当な場所ではない。そんなところで商売したがる奴なんてロクな奴じゃない」


 俺は水瀬の目を見て真っ直ぐに頷く。


「間違いないな」

「ヨルも、ヤのつく商売の奴らに居座られたくないだろ? 追い払えると言ってもさ」


 俺の隣にいるアメさんが「八百屋さん……?」と呟くが間違いなくそれではない。


「……教育には悪そうだ」

「まぁ元々が元々だから、完璧とまでは言えないが、俺達がやるならぱっと見健全っぽくする方法は考えてる」


 ……ツナがダンジョンを運営している以上はどうしても多少探索者を観察することになるし、その人がマトモである方がいいのは確かだ。


「……仕事場なわけだろ。居心地の良し悪しで決めるものか?」

「マトモな奴はマトモっぽい場所にいくし、ヤバそうな奴はヤバそうなところに行く。覚えはあるだろ? 現状、だいたいの奴は通いかホテル暮らし、完全に居住を決めてる奴は少ないから、まだまだ客層は固定化されてない」

「……まぁこっちに提供出来るものは分かった」

「それに、ヨル達のやりたい事は分かってるつもりだぞ。親友だからな」

「……微妙に信用出来ない理由だな」


 俺の言葉を聞きながら水瀬はへらりと笑う。


「このダンジョンの地下一階部分、もらってやってもいい」


 隣に座っていた鈴木は「はぁ!?」とばかりの表情を水瀬に向けて、それから青い顔をしながら俺の顔色を窺うような表情を浮かべる。


「み、み、水瀬さん! ま、まずいですよそんな無茶苦茶な……!」

「……なるほど。まぁ、それはそれなりに魅力的だ」

「だろ? ……そもそもダンジョンの違法性が気になるなら、合法のものにすればいい。一回「ダンジョンをダンジョンマスターから取り返した」ということにして、法律の中に再度放り込めばいい。日本だとまだ数は少ないけどいくらか例はあるしな」


 そもそも地下一階……今いる場所や、先ほど戦っていた場所や受付などはツナが意図的に放棄して探索者に管理させている場所だ。


 法律上ふわふわしているというか、本来モンスターまみれで店を営んで暮らすなんてことがあり得ない場所のため、そういう法整備がされていない……というのは、いいところもあるが問題も多い。

 どうにか出来るならどうにかしたい。


 特に……病院が入れる場所になるとありがたい。


「法的にどうにかなるのか?」

「法整備までする必要はない。もう実際にそうなってるんだから、自治体辺りにも存在を認めさせたら「そこで生活している人間」を追い出すのは国にも難しくなる。地方議員の知り合いならいるしな」

「……やたら顔が広いな。つまり、国有地ではあるものの普通の地下街としての扱いになるのを目指すのか」

「そうそう。なかなかアリだろ?」


 ……最終的な判断はツナがするだろうが、それはおそらくツナの望むところではあるだろう。


「……水瀬の話は分かった」

「いいだろ?」

「が、こちらの都合もある」


 水瀬は面白そうに「ほーん?」と俺の顔を見る。


「似たような話は元々考えていた。……話しても?」

「ああ、こちらの人員は口が堅い」

「そうか。近くに、というか隣のダンジョンに影の寄り道ってあるだろ。そこと合併するという話がある」

「行ったことあるな。宴会楽しかった」


 ダンジョンで宴会するな。


「あー、よかったですよね。人がいないので騒げますし、疲れたら近くの家で寝れますし。時々ダンジョンの外に出ることになるのが問題ですけど」


 踊り子のやつも行ったんかい。

 そしてダンジョンの外に出るってモンスターに殺されてない? 大丈夫?


「まぁ、こちらとしてはそのダンジョンを吸収して、そっちにも人を集めたいと思っている」

「あー、なるほど。確かに練武の闘技場よりも住み心地は良さそうだ」

「そこの都市計画をハッキリと立てて、見通しを持った上でならその話に乗れる……と、思う。練武の闘技場に直接住むのはなしだ」

「理由は?」


 水瀬は面白そうに俺の顔を見る。


「話せない」


 まぁ理由としてはDPの話だ。


 アメさんはダンジョン側になってから死んでもDPが発生しなくなった。


 俺に対して強い好意を抱きながらダンジョン探索していたときには問題なく発生していたことを考えると、定住あるいは所属意識が問題の可能性がある。


 そうなると、うちのダンジョンに本格的に棲みつかれるとその探索者からはDPが得られなくなり採算が合わなくなる恐れがある。


 影の寄り道に住むのなら、三店方式のような感じでセーフの可能性が高いだろう。


「……よし、分かった。その方針で調整しよう。で、こっちで今まで通り商売をするのは」

「俺の名前……というか、あだ名を出す分には構わない。けど、別に問題が起きても出張ったりはしないぞ」

「もちろん。じゃあ決定ってことで。あ、これから飯でもどうだ?」

「行くわけないだろ。ほら、帰った帰った」「あいあい。んじゃ、またなんか決まったら連絡するからな」

「ああ」

「あと、なんか気分が乗っても連絡するな」

「それはするな」

「人恋しくて寂しくなったときも電話するな」

「さっさと帰れ」


 水瀬を追い出すと、後に続いて白木と鈴木も帰っていく。

 まぁ変な集団だったけどそれなりに意味はあったな……。水瀬の顔の広さが気持ち悪いけど。


 と、考えているとタクヤが残っていることに気がつく。


「おーい、水瀬。タクヤも連れて帰れよ」


 そう言うと水瀬は不思議そうな表情を浮かべる。


「えっ、そっちの仲間じゃないのか?」

「……えっ」

「えっ」


 二人してタクヤの方を見る。


「えっ、水瀬の仲間じゃなくて、もちろんこっちの味方でもないし……じゃあ、なんなのコイツ……」

「タクヤです」

「それは知ってるけども」


 えっ、じゃあ誰なの? ……バリバリ機密情報話したんだけど。……誰なの? えっ、大丈夫なのこれ。


「な、なんで水瀬、一言も突っ込まなかったんだ!?」

「いや……だって、ほら、ヨルのハーレムメンバーの一人かと。変人だし」

「そんなわけないだろ……! 男じゃん……! あとわざと変人を集めてるわけじゃないし、なんなら俺の仲間はこの世界の平均値よりもだいぶマトモよりだ……!」

「ヨルの仲間が……マトモ!?」

「うるせえ! 平均よりかは普通だろ……!」

「お前……どんな地獄を生きてきたんだ?」

「お前が会議を主導してタクヤが急に混じるような世界だよっ!」


 頭を抱えて、それから水瀬と二人でタクヤの方を見る。


「ヨルのハーレムメンバーじゃないなら……タクヤはいったい何者なんだよ……」

「タクヤです」

「それは知ってるけども」


 水瀬すらツッコミ役に回させるな、タクヤ。

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